第8話マジナウいね!
陽奈たんとのデートから2日経った。
今日からまたしても学校が始まる。
陽奈たんとのデートはうまくいったと言えるのだろうか。
俺の目的は果たせたが・・・・。
まぁ、とりあえず学校行くか。
俺は重い腰を上げ、平日だけは鉄の扉くらい重くなる玄関の扉を開けた。
休日はそもそも玄関の扉開けないんだけど・・・・。
30分くらい歩いただろうか。ようやく学校に着いた。
本来15分で着く距離にあるのだが、2日間の休みのせいか足取りがいつもより重い。
今日はどうやって休み時間を過ごそうかとか、授業での班活動どうしようかなど、いろいろ考えながらそのままの足取りで教室に向かう。
俺たちの教室である1年4組は3階にある。
3年生は1階、2年生は2階という感じだ。
いつもは割と余裕のある時間に教室に着くので、静かな廊下を歩けるのだが、今日は正直ギリギリで夏のセミより耳障りな廊下を歩くことになってしまった。
虫取り網持ってくるべきだったな・・・・。
そんな卑屈な思いのまま、我がストレスの巣である教室に着いた。
教室に着いてすぐに例の扉側のあの席を見る。
週初めの日はいつも見てしまっている。
というのも2日会えないとなんだかいなくなった気がしてしまう。
部活がない日は基本話さないし、休みの日に一緒に遊びに行くなんてありえない話だ。
だが、まぁ、案の定来ていなかった。
おそらく今日もいつもどうり遅刻ギリギリに来るんだろう。
俺は残念だという気持ちを押し殺し、そんな気持ちとは正反対に朝からガヤガヤうるさい席の隣に座る。
俺の席は窓側の端というぼっちにとっては好待遇な席なのだが、隣がリア充グループのリーダーである霞の席ということもあり、もはや罰ゲームに近い。
今日も今日とて霞に群がる男共の愚かさを半目で見つつ、寝たふりをした。
今日のお勤め(6限まである授業)が終わる。
休み時間は寝たふりや、トイレに籠るといったぼっちによる高校生活の処世術をフルに使って過ごした。
この処世術は高校生になって唯一学んだことで、入学したての頃はまだまだ未熟だったが、最近は自分でも技術が向上し板についてきたと思う。
これは喜んでいいのだろうか・・・・。
そんな俺にも学校に安らぎの時間というものがある。
それは放課後の部活動だ。
本当に萌衣には感謝しかない。
入学式からやらかした俺のことを快く?部活に入れてくれた。
しかも入学式のことをむやみに詮索したりせず、あたかも無かったことのように接してくれる。
なんて女神なんだ。
そんな言葉にはなかなかできない感謝の気持ちを心の中で唱えていると、心のオアシスである部室に着いた。
いつもどうり扉を開ける。
そこには、モデル顔負けの長く、スラっとした綺麗な足を組み、長く艶やかで、光沢感のある綺麗な黒髪を耳にかけ、読んでいる本に目を落としている美少女がいた。
そう、彼女こそが我が『読書活動研究部』の創設者である萌衣である。
俺はもはや挨拶かのように定番化した「少女漫画かよ!」というセリフを言う。
「・・・・。」
返事が返ってこない。
最近はこんな感じで無視されてしまう。
最初の頃は赤面して、いわゆる萌衣ちゃん化してくれたのに・・・・。
俺は萌衣の萌衣ちゃん化けっこう好きなんだが。
だがしかし、俺には秘策がある。
「なんてタイトルなんですか?」
思い切り睨まれた。
「これでもダメか。」この秘策が破られるともう手はない。
先週まではこれでいけたんだが・・・・。
「何が『これでもダメか。』なのよ。」
「いえいえ、こちらの話ですよ。」俺は悟られないように落ち着いている風に答える。
「ふぅーん。そんなことより、敬語は無しって言ったじゃない・・・・。」と今にも泣きそうな、そんな雰囲気が漂う。
「あっ、ごめんね、萌衣。どうにも慣れなくて。」
「どうしてなの!私のことが怖いの?」
「そんなことは無いよ!ただ、何でだろう、萌衣といるとすごい緊張するんだよね・・・・。今まで感じたことのない気持ちに・・・・。」
自分が何がを言っているのかわからなかった。
いや、言葉にできなかった。
こんな返事で萌衣が許してくれるはずがない。
俺はどやされるのを覚悟した。
だが、予想の斜め上、いや、もはや垂直のようなことが起こった。
萌衣ちゃんは顔を沸騰したお湯に入れたタコのように真っ赤にし、うつむきながら「何よそれ。つまり初めてってことじゃない。」と聞こえるか聞こえないかギリギリの声で言う。
どうやらどやされずに済むようだ。
まぁこんな気持ちになるのは初めてだが。
それにしてもなんで顔真っ赤なんだ?
でも、今日も萌衣ちゃんになる萌衣を見れたし、まぁいっか。
俺たちはその後も談笑していた。
教室ではあまり話さないから、話題に尽きることは無い。
なんで教室で話さないかって?
そりゃお互い気を使っているんだろう。
俺は言わずもがなクラスの腫物状態。
そんな俺が萌衣に話しかけでもしたら、萌衣も俺と同じ状態になってしまうかもしれない。
萌衣もそれを考慮してくれているんだろう。多分・・・・。
談笑しながらも俺はもう1人の部員を待っていた。
萌衣も待っているはずだ・・・・。
そうこうしているうちに、ドタドタと誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。
バンッと大きな音をわざと立てるかのように勢いよくドアを開け「今日はたまたま暇だったから来てやったわ。」と言い、いつもの席に座る。
俺たち?が待っていたもう一人の部員である霞が来た。
「暇なら家に帰って勉強でもしてなさいよ。」と早速萌衣が噛みつく。
あぁ今日も始まるのか。本格的になる前には止めよう。
俺は密に決心する。
が、その決心を打ち消すかのようなことに気づいた。
「霞、なんか今日の霞いいな。」
なぜだかわからないが、すごくいい。
出会った時から可愛いかったが、今日はそれを遥かに凌駕している。
「ふん!あんた察しがいいわね!実は昨日、黒染めしたの。しかも今日はママ・・・・じゃなかった、お母さんに教えてもらった『ナチュラルメイク?』ってのをやってるの!」
なるほど。あの化粧とは言えない残念な顔面のお絵描きを辞め、素材を生かした化粧をしたということか。
それに、染めたての黒髪はやはりマットな感じがして最高だ。
素晴らしい!ありがとう、霞のお母さん!
俺は思はずガッツポーズをしてしまった。
「何のガッツポーズよ。」
「いやはや、すまない。そんなことより急なイメチェンだな。なんかあったのか?」
「はぁ!あんたが素のままのほうが可愛いって言ったんじゃん!なに!あれは嘘だったの!」と今にも胸ぐらをつかみそうな勢いでまくしたてる。
「嘘なわけないだろ!今日が今までで1番可愛いよ!」
ついつい、必死に返事してしまった。
だって怖かったもん!
でもまぁ、嘘はついていないが・・・・。
「そ、そう・・・・。」そう言って霞は俯いた。
どうやら落ち着いたようだ。
はぁ、よかった。
なんだか、顔が熱いな・・・・。
なんやかんやで一件落着しそうだった状態の雰囲気に、さっきまですごい目つきで黙って聞いていた毒づき女が口を開いた。
「私は前の感じも良いとおもってたんだけどなー。」と満面の笑みで言う。
俺には分かる。これは本心から出た言葉ではない。
萌衣の満面の笑みから一瞬悪魔的な何かが見えた。
嫌な予感がする。
俺は萌衣を止めようとした。が、どうやら遅かった。
「そうよねー。やっぱわかってるじゃん。あのメイク教えてくれたのあんただったもんねー。やっぱ、あんたとは気が合うわー。」と今の自分の化粧を褒められた時よりも嬉しそうに答える。
やっぱり乗せられた・・・・。
てか、あの顔面お絵描き教えたの萌衣だったのか。
相変わらず悪魔の様なことするなー。
正直もう取り返しがつかない。
諦めて俺は空気になり2人の行く末を見守ることにした。
「ねぇ霞。よかったらまた新しいリア充メイク教えてあげようか。」
「えっ!いいの!なんか悪いねー、うちばっかりリア充になっちゃって。」
萌衣の眉間にしわが寄っている。
霞は時々無意識に嫌みのようなことを言う。
本人はおそらく気づいていない。
だが、この爆弾発言を萌衣は耐えた。
眉間のしわは寄ったままだったが。
「んんっ!今回教えるのは今流行りの『ヤマンバメイク』よ!」と言って携帯の画像を見せる。
俺も思はず自分の携帯で調べた。
『ヤマンバメイク』とは顔を真っ黒にし、ありえないくらい長いつけまつげを付け、目元を白くする、逆パンダのようなものらしい。
それに加えて、髪の毛を金やピンクなどとにかく派手なものにする。
正直俺は何がいいのかわからない・・・・。
黒髪ロングを何だと思ってるんだっ!
さすがの霞でもこんなバカな提案には乗らないだろう。
「なるほどねー。あえて顔を黒くし、その上で目元を白くすることで、目の存在感をより強めるということね。たしかに理にかなったメイクね。そりゃ流行るわけね!」と意味の分からない自己理解と分析をして納得してしまった。
ちなみにこのメイクは一昔前に流行ったものであり、今は衰退している。
「で、どうかしら?」
「もちろんやるわよ!」と2つ返事で了解してしまった。
15分くらい経っただろうか、ようやくそのメイク?が完成寸前というところまで来る。
メイク中、萌衣は終始今まで見せたことのない無邪気な笑顔を見せていた。
だが、その笑顔が無邪気に見えるのは事の経緯を知らないものだけで、すべてを知る俺から見るとそれは悪意にまみれた、もはや人には到底できないようなものに見える。
心の底から感じる敵に回したらヤバイという雰囲気。
霞ありがとう・・・・。
俺が心の底から霞に感謝していると、もうメイクが完了していた。
「できたわよ。」
「ありがとう!ねぇ!鏡無いの?早く見たいんだけど!」
「駄目よ!あなたのママに見せつけてやるのよ!『これが今の流行よ!』って。」
「た、たしかに・・・・。あと、お母さんだから。ママなんて呼んでないから。」
萌衣は笑いをこらえるのに必死だった。
「ねぇ!あんたはどう思う!」
空気だった俺に霞が感想を求めてくる。
こんなのなんて言えばいいんだ・・・・。
正直、俺が調べてみた『ヤマンバメイク』とは程遠いものだった。
鼻周りには年老いたおばあちゃんの様なしわが描かれており、眉間にもしわが描かれ、全体的に老けて見える・・・・。
ってこれ『ヤマンバメイク』やなくてほんまもんのヤマンバやないか!
ついつい関西弁が心の中で出る。
それにしても酷い。
そもそも『ヤマンバメイク』ですら今どき変なのに・・・・。
ハロウィンの仮装でも『ヤマンバ』なんてしないだろう。
そんなものに感想なんてと、しどろもどろしていると「もしかして、変なのか?」と今にも泣きそうな霞の声が聞こえ、「分かってるよな。」と言わんばかりの萌衣の視線を浴びる。
俺は意を決して「最高だよ!マジナウいね!」と親指を立てる。
「ナウい・・・・?まぁとにかく可愛いってことね!じゃあうち帰るね!マ・・・・お母さんに見してくる!」と言って全速力で部室を出た。
萌衣は俺に向かって親指を立てる。
それはまるで「私たち共犯ね!」と言っているようだった。
これだけは言いたい「俺も被害者だ」と。
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