逆高校デビューでも青春はできる?

枯れ尾花

第1話始まりからもう終わり


「高校生になったら変わろう。」

 そう思って見た目だけでなく、性格や雰囲気まで変わる人は多い。

 そういう人たちのことを「高校デビュー」と呼びばかにする。

 俺はしたい奴は勝手にすればいいと思っていた。

 だが今になって、なぜ「高校デビュー」しなかったのだろうと思う。

 いや、実はしていたのだ。

 「逆高校デビュー」を。






 中学生の頃俺は自分で言うのは恥ずかしいが順風満帆な生活を送っていたと思う。

 サッカー部に入り、女の子にもチヤホヤされ、友達もたくさんいた。彼女と呼ばれるものはいたことがなかったが・・・・。

 仲良しグループでワイワイガヤガヤする日々。

 時には1線を超えてしまい先生に怒られたり。

 そんなことがあっても次の日にはまたワイワイする。

 怒られたことが楽しい思い出に変わる。

 そんな生活は高校に入っても変わらないだろうと思っていた。






 高校入学初日、席について周りを見渡す。

 やはり、入学初日だけあって男女ともに気合いが入っている。

 男はバチバチにワックスを、女はバチバチに化粧を。

 まぁ俺は入学初日だからといって変に気合を入れるつもりもなく、いつも通りの格好で登校していた。

 そんな感じでボーっとしていると、3人組の男どもが話しかけてきた。

 「君なんて名前?」

 積極的な奴もいるもんだと思いつつ「陰堂陽太だよ。よろしく。」と満面の笑みで答えた。

 至極真っ当、当然の返答だ。むしろ笑顔のサービスまでつけてやった。

 お釣りが来てもおかしくない。

 だが、帰ってきた返事は俺の返事とは真逆で思ってもみないものだった。

 「えっ、君つまんないね。」一人の男がつぶやく。そして、もう一人の男が大きな声で「名前聞かれて普通に答えてんじゃねーよ。」と叫ぶ。

 なんでだよ!意味がわからない。

 入学式の日は普通に名前を答えてはいけないのか。

 『自分の当たり前を当たり前と思うな』とはよく言うが、これに関しては万国共通で当たり前だと思うんだけど。

 こんな感じで強がっているものの、内心焦っていた。

 周りの人間は俺がからかわれているのを見てゲラゲラ笑っている。

 このままハハッと苦笑いを浮かべて事を済ますことは簡単だ。

 でもなぜかそれだけは嫌だった。

 男の意地というものだろうか。舐められたままでは終われない。

 俺はさっき話しかけてきた3人組の男どもの1人に「君なんて名前?」と聞く。

 すると、そいつは満面の笑みで「スティーブ・ジョブズ。」と答える。

 あっこれ自信あるやつなんだろうなー。まぁ人選もなかなか悪くない。

 だがここで負けたら一生の恥だ。

 「つまんねーんだよ。お前はあの有名なアッ〇ル社の社長なのか。残念だったな、俺は〇ーグル社派なんだよ!」と叫びながら机を蹴り上げて帰宅した。

 ゲラゲラ笑っていた人たちから笑顔は消えていた。

 机を蹴り上げる必要はなかったかもしれない・・・・。

 でもまぁ、やるなら徹底的にだ。

 俺は入学式に参加できず、さらに担任の先生とも顔を合わせる事ができなかった。

 まあ、すぐにみんなに俺のことを理解して話しかけてくれるはずだと強がるものの、内心は後悔と不安で泣きそうだった。

 そんな気持ちを隠しながら家に帰った。






 俺の家は高校から歩いて15分ぐらいのところにある。

 誰もが想像できるいたって平凡な三階建ての一軒家だ。

 まあ、友達が出来たらこの家がたまり場になるだろう。友達ができればだが・・・・。

 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか家についていた。

 「ただいまー。」

 いつも通りそう言ってドアを開ける。

 思春期真っ只中である高校生はなかなか「ただいま。」なんて言えないだろう。

 だがしかし、俺の家には神が妹おりている。

 そう、略して神妹かみまいしている。

 そんな神妹に「おかえり、お兄たん。」と言われるのなら恥なんて捨てる。

 この気持ちは全国の神妹がいる兄なら間違いなく理解できるだろう。

 こんなことを考えながら「おかえり、お兄たん。」を20分近く待っているのだが・・・・返事がない。

 玄関には妹の中学校用の革靴があるし、微かに妹のか・お・りがするので家にいるはずなのだが・・・・。

 返事がないままリビングの扉を開ける。

 やはりそこには妹はいた。

 艶やかで滑らかな黒髪を両サイドで結ぶ、いわゆるツインテールという髪型で、目鼻立ちもとても整っている。動物で例えるならまるでウサギのようにふわふわした見た目をしている。

 クレオパトラ、楊貴妃、小野小町そして俺の妹、この四人の美女のことを世界四大美人という 。これは世界の常識である。

 「ああ。今日も可愛いなー。」そんなことを考えながらリビングにいる妹に声をかける。

 「陽奈たん。今日は『おかえり、お兄たん。』って言ってくれないの?」

 「はぁ?うちがいつ『おかえり、お兄たん。』なんて言ったんだよ。きもいんだよ。ほら、うちの気分害したんだから出すもんだせよ。」と言いながら、まるで借金を取りに来ているヤクザのような顔をして俺のポケットの膨らみを指さしている。

 「今日も陽奈たんは怖いなー。まるで黒うさぎだね。」そう言いながら財布からをお金出し、陽奈たんに手渡す。

 いつもなら手元から一瞬で消えるお金がずっと手元にある。さらに、陽奈たんがプルプル震えている。

 「陽奈たんどうしたの?」そう言い終わる前に、陽奈たんがまるで赤子を見守る母親のような心配そうな顔をして問いかけてきた。

 「お兄たん、これ諭吉さんだよ。いつもは顔を引きつらせながら野口さんだすのに・・・・。『ただいまー。』の声もいつもより500ヘルツ小さかったし・・・・。首の角度も3度低い。今日学校で何かあったの?」

 えっ怖っ。なになにいつもより声が500ヘルツ小さいって!3度って何!具体的すぎない! 

 ほんとに陽奈たんはおれのこと好きなんだなぁー。

 そう思いつつ「妹に心配させるとはお兄たん失格だな。」そう思い俺は必至で笑顔を作り「なんでもないよ。そんなことより、久しぶりに陽奈たんの『お兄たん。』が聞けて俺は幸せさ。」そう言いながらリビングを出た。手元の諭吉さんをさりげなくポケットに入れながら。 

 「噓つき・・・・。」

 陽奈たんが何か言った気がしたがよく聞こえなかった・・・・。

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