つるつるいっぱい!

鈴木カプチーノ

第一話 「ざいごもん」

ミーンミンミンミーーー。


セミが鳴いている。時は梅雨の晴れ間。あっつい陽射しの下、国道158号を1台のロードバイクが走っていく。福井市から美山を通り大野市へと向かう登り道。


「はっ、はっ、はっ」


ごついディープリムのBORA ONEを履いたGIANTのエアロフレーム車、PROPEL。一瞥する限りでは登坂用ではないのは確かだ。


漕いでいるのは低身長の少女。ピンクと黒のサイクルジャージにヘルメット。陽射しと風から目を守るためにアイウェアをかけ、長い髪を結び一心不乱に道の先を見据えている。


少女は登りなのにギアをひとつ上げると大野市と書かれた標識の下を潜った。


第一話 「ざいごもん」


福井県は嶺北と嶺南で二分されており、福井市は嶺北に位置している。その嶺北でも坂井、市内、丹南、奥越の4つに分かれている。


私、水無瀬 りんが転校してきた羽水高校は市内にある公立高校で、そこそこ頭の良い高校の位置付けにある所らしい。


親の転勤で福岡から福井に引っ越してきたは良いものの、福井なんて全く分からないし、最初に話した嶺北と嶺南すらも私は先生に聞くまで知らなかった。多分概念的に北九州市と福岡市みたいなものだと思う…。


「きりーつ、礼」

「おねがいしまーす」


季節は梅雨。もう少しで明けようとしてる頃。

この時期から少し出遅れた私の高校生活が始まる。


私は友達というのがそんなにいなかった。というかあまり周りに馴染めるタイプでもない。そもそもそんなに友達とか要らないタイプだ。休み時間は外でご飯を食べ、残りを本を読んで過ごす一般的な文学少女キャラ。


「さって、帰ろかね」


りんが校舎を出て校門へ向かおうとした時、駐輪場の方へふと目をやると、そこに一際目立つ自転車と女の子がいた。


雨が降っている日は大体の生徒は親が送り迎えをしてくれるので駐輪場に止まっている自転車は放置されたママチャリか朝だけ自転車で来た子の自転車しかない、と思っていたのだが。


カッパを着た少女は、履いていたローファーを脱ぐと鞄から不思議な突起が付いた靴を取り出して履いた。そしてそれを穴の空いた不思議なペダルに音がするまでその突起を嵌め込む。


少女は走り出そうとして、じっと見ていた凛に気付きこっちへ近付いてきた。


「はろ!見ない顔やね?転校生の子?」

「そ、そう、昨日転校してきたばっかで。」


少女は可愛らしい顔立ちをしていた。ぱちくりとした目に小さい鼻、小動物のような雰囲気を醸し出す少女はびしょ濡れになるのもお構いなくりんに手を差し出した。


「自転車乗らない?」

「ーーーーえ?」



翌日、雨も上がり綺麗に晴れ上がった空の下、私はイヤホンで音楽を聴きながらママチャリを漕いでいた。ちなみにイヤホンは両耳付けてると警察に注意されそうなので片耳だけつけて走ってる。私の家は足羽駅の近くで、高校までは約4キロの道のり。


あっつい陽射しがあるので日焼けしないように一応の日焼け止めはバッチリだ。いくら雪降る北陸とはいえやっぱり夏はどこも暑いらしい。


ハンドルに付けてる100均で買ったドリンクホルダーから近所のスーパーで買った緑茶を取って飲む。このドリンクホルダーがまた便利で重宝してたりする。


もう少しで高校って時に後ろから声をかけられた。この声は昨日の自転車少女だ。


「はろ!君はこの時間に登校してるんやの!」

「あ、昨日の!そうですね…!大体この時間くらいに来てます」


自転車少女は相変わらずごつい自転車に跨っていた。自転車は平たくていかにも風を切りそうな形をしており、しかもそのタイヤの細いこと細いこと。こんなんじゃすぐバランスを崩してしまいそう。


「私は清水あい!よろ!」

「あ、はい」

「君の名前は?」


自転車に目を取られて彼女が自己紹介をしたのを気付かなかったりんは呆けたのちに自己紹介をした。


「水無瀬りんです」

「んなチャンリー、もうすぐ夏休みじゃん?自転車買おう自転車」

「…またですか」


この子は自転車の事しか頭にないのか、というか。


「チャンリーって…何?」


放課後、駐輪場へ向かうとりんのママチャリの隣にあいが立っていた。あいはりんを見つけると昨日のように駆け寄ってきた。


「チャンリー、今日ひま?家どこ家」

「一応暇ですよ。家は足羽駅の近くです。清水さんはどの辺に住んでるんですか?」

「私はね、門前とかあっちの方なんだけど知らないよね」


これまた知らない地名が出てきた。りんが把握してるのはいま住んでる稲津とか学校近くの羽水、板垣辺りだけ。まだ全然未知の世界なのである。後はショッピングシティベルだけ。


「足羽山ってあるの分かるけ?学校から見て裏側の方で、社とかの方なんやけど」

「分かんないです」

「分からんわな、ごめんの」

「はい。また明日」


とりあえず門前は稲津方面と逆ということはなんとなく分かったりんは、逆方向のあいと別れよう校門を出た。しかしあいも何故かこっち側に曲がってきた。家は逆方向なはずなのに。


「え?清水さん、家向こうなんじゃ…」

「ほや」

「どうしてこっちに…?」

「この後の、友達と産業会館前で待ち合わせしてるんや」


産業会館は確かにこっち側だ。りんは帰りにその道を通って帰ることもあるので位置関係はなんとなく分かる。


「鯖高の子での、そいつも自転車乗ってるんやて」

「そうなんですね」

「この後3人で成和のユトリやで」

「そうなんですね」

「私とそいつとチャンリーで」

「え?」


この後別になんの予定も無かったりんは親に少し遅くなると一報を入れ、結局ユトリ珈琲に行くことにした。


「こんにちは、君がりんちゃん?」


産業会館に着いて出てきたのは芯が丸くて細い印象の自転車に乗ったモデルさんだった。身長が高くてとにかくスタイルがいい。適度に膨らんだ胸部にしなやかな印象を与えるくびれのある腰回り。そして1番の印象は。


「なんて引き締まった脚」


そう絞りに絞られた筋肉質のふくらはぎ。そして筋肉質でありながら弾力のある太もも。


「ちょ、チャンリー、いきなりどしたの」

「ハッ…、す、すいません!つい綺麗で」

「いいよ、わたしはリコ。よろしくね」

「あっ、はい!」


リコはりんに向かって微笑みかけると自転車に跨った。それと一緒にあいも自らの愛車に跨る。詳しい話は喫茶店でするらしい。


「んな出発ー!喫茶店とか私ざいごもんやで久しぶりやわ」

「?ざいごもん??」

「"いなかもの"ってこと」

「それなら私もざいこものやん」


笑いながら3人の女子高生は放課後の喫茶店へ入って行った。

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