『Believe Be:leave』

「よお」


 彼は、いつも、こんな感じで声をかけてくる。


「今日は、外回りか?」


「屋内回りよ。仕事やめるから、その挨拶に」


「そうか」


 社内を歩き回って、今までお世話になったひとに手当たり次第、挨拶していく。


「すげえな」


「人望は徳よ」


 こちらから声をかけるひと。わたしに声をかけてくれるひと。みんな、わたしを心配して、励ましてくれた。


「はい。大丈夫です。たぶん」


「そればっかだな」


「だって、本当に大丈夫か、分からないんだもの」


 一通り挨拶を終えて、社長室に。

 社長。昼間から肉とワイン。


「あ、ごめん。出前が届いちゃって」


 これだけ食べても、社長は綺麗なボディラインだった。


「今日まで、お世話になりました」


「うん。まあ、いちおう。肩書き上は顧問として社内にあるから、いつでも好きなときに顔を出してよ。うん。お肉食べる?」


「食べます」


「ワイン」


「呑みます」


 社長と並んで、肉とワイン。


「おいしい?」


「おいしいです。でもこれ、高いんじゃないですか?」


「480円」


「え」


「ワインは500円だね。合わせて980円。安いでしょ?」


「びびってます」


「まあ、次会ったら、場所教えてあげる。じゃあね。またね」


「はい」


 肉とを詰め込めるだけお口につめこんで、ワインをぐいっと呑んで。会釈をして社長室を出る。


 終わった。


 さあ。


 どこへ行こうか。


「退職しちゃったな、おまえ」


「あなたのせいよ」


「俺のせいか」


「あなたが死んだから」


 目の前にいる彼は。本物じゃなかった。


「あなたは、ずっとそのままなの?」


「分かんないんだよな。死んだのかどうかすらあやしい」


「じゃあ、まずはあなたを探しに行きましょうか」


「そうしてくれると助かる。生きててほしいなあ俺」


「そんな他人事みたいに言って」


 わたし。そして、実体のない彼。


 たのしい旅が始まる。

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