『there's no ending』

 生きてきた。

 そして、これからも生きていく。

 普通に仕事をして、普通に帰る。最近、恋人の帰りが遅い。恋愛の終わりを、何となく感じながら。日々を過ごす。

 どんな恋でも、いつかは終わりが来る。それが、早かっただけ。燃えかすのような、くすぶった気分だけを残して。恋は終わる。それだけ。


 駅前の電光掲示板。どこかの国で、戦闘が発生して、たくさん死者が出ているというニュース。きっと、その国にも、普通の生活があって。普通の人生があって。その中で、戦いがある。

 わたしの人生は。戦いもなく、争いもなく、ただ、好きな人に忘れ去られてしまうような、そんな軽い人生。恵まれているのか、恵まれていないのかも、自分では分からない。

 交差点。飛び込んでしまおうか、束の間、迷う。次の瞬間には、信号が変わって。普通に歩く自分。

 そう。

 これかも、生きていく。死にたいのに。


//


 生きてきた。

 そして、これからも生きていく。ただ、それだけのことなのに。生きていくのを許されないような人がいる。

 そういう人のために、生きる。

 電話先。延々と、戦闘の情況が入ってくる。具体的な指示を一つ一つ出していく。戦闘なのだから、犠牲は出る。爆弾も、無人機も、まるでそれが当然のことのように、人の命を奪う。何かが弾けて、誰かの命が消える。

 ぎりぎりの状況だった。1歩どこかを踏み外すと、全面衝突になる。死者数は百倍近く跳ね上がるだろう。その直前で。ぎりぎりのところで。なんとか踏みとどまる。

 駅前。普通の仕事をしている人間の波の中で。自分だけが、ひとり、人の命を奪い続ける。

 人混みは好きだった。自分も、普通でいられる気がするから。たくさんいる人の、その中のひとりでいられる気がするから。

 そう思うだけで。実際は、どこまでも血塗られた道。人を殺す仕事。

 恋人のところへは、もう何日も帰っていなかった。人を殺す人間は、殺した人間に敬意を表するために、幸せでなければならない。そういう部局の方針だった。ただ、自分には、合わないだけ。

 幸せでいることに、価値を感じなかった。どこまでも孤独で、どこまでいっても、ひとり。そのほうが、自分らしいと思う。そうやって、日々を過ごす。

 恋人のことは、どうしようもない。

 こうやって、交差点で。電話ひとつで人を殺して。戦争を回避していく。

 生きていくことを、諦める気になっていた。この戦闘は、細い線だけど、なんとかなる。自分の能力と指示で、戦争は回避できる。

 これが終わったら。

 ひっそりと、ひとりで死のう。

 恋人だけには、予め教えておかないと。いつまでも自分を待つかもしれないから。


///


 そして。

 交差点の信号が変わって。


 出逢う。

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