黄泉竈食ひ《ヨモツヘグイ》

つばきの。

【一】

 よも-つ-へぐい【黄=泉×竈食ひ】

  死者の国のかまどでつくられたものを食べてしまうこと

 「吾すでに―せり」〈神代じんだい紀〉

 「吾は―しつ」〈古事記〉


     ◆


 バレンタインデーは昨日だった。

 ひとり暮らしの部屋に同じ大学に通う恋人を呼んで、船戸ふなど絵奈えなは手料理と手づくりのガトーショコラをふるまった。ふたりで過ごす二度目のバレンタインデーだ。揃って二十歳を迎えていたから、テーブルには去年はなかったお酒も並んだ。

 帰り際、彼は「ホワイトデー楽しみにしててよ」といたずらっぽい目で笑い、絵奈もとろけるような笑顔でうなずいた。

 イベントはそれで終わったはずだった。



(まったく、うっかりしてた)

 

電車から降りるなり、絵奈はホームのゴミ箱に向かう。誰も自分に注目していないことを確かめてから、かばんの口を大きく開いた。

 中にはお財布やスマートフォンを覆い隠すように、色とりどりの包みが入っている。アルバイト先のアパレルショップでもらったチョコレートやクッキーなどだ。

 スタッフのあいだで交換されたバレンタインの贈り物が、当日休みをとっていた絵奈のぶんまで、わざわざ用意されていたのだった。


(こういうのが嫌だから、大学でも親しい友達をつくらないようにしてるのに)


 本当は、甘い香りを立ちのぼらせる包みをかばんに入れることさえ苦痛だったのだ。既製品きせいひんはともかく、手づくりのものは触れるのもおぞましい。

 けわしい顔をした絵奈は爪の先でつまむようにして、お菓子を次々とゴミ箱の底へと落としていった。

 絵奈は、自分を知るひとが、自分の見ていないところで調理したものが食べられない。

 それが奇異きいなのは十分にわかっている。だから、にこにこ笑ってありがたくもらっておいて――躊躇ちゅうちょなく捨てる。

 

 原因は、絵奈が中学三年生のときのできごとにあった。

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