気力なくして友人に拾われたら友人がVtuberだった

目白一重

第1話  愚かな私は拾われる

 県内であれば至る所で見かけるチェーン系の喫茶店。発展した街の中心から離れた所にあるその店舗は、過剰に込み合うことが珍しく、店内も広々としていて、比較的落ち着ける、悪く言えば遠慮せず長く居座れる事から、友人と会う際によく利用している場所で、例に漏れず、私達は今日もまた、その店で向かい合っていた。


「え、辞めたの?会社」

「うん」

「まじか、思いきったねもみじ


 以前、冗談交じりに辞めるかもしれない、と話した事はあったけれど、それでも恵は驚いた様子で、派手すぎない柔らかな茶髪の下で、猫の様な丸い目が一層大きく見開かれた。

 まぁ、自分でも少々、というか大いに馬鹿な選択をしたとは思うけれど。


 別に悪い会社ではなかった。福利厚生もしっかりしていたし、給与面でも大きな不満はなかった。

 実家に私を大学に通わせる余裕などなく、親にすすめられるままに入った専門系の高校から就職で狙える中では、これ以上はない位の大企業だった。

 一度辞めてしまえば、今後あのレベル企業に再度就職する事は不可能だろうし、高卒の私の先行きはどう考えても明るくはない。


 今にして思えば、普通科の高校に進んで、奨学金を貰い、バイトをしながらでも、大学進学や、自分のやりたい事を見付ける事に力を入れるべきだったのかもしれないが、当時も今も、私に正解等わからなかった。


 何にせよ、もう後戻りは出来ないし、あのまま働き続けていれば、生きる意味を見失って、私の心が死んでいた。遅いか早いかの違いなら、早い方が良い。


 そう思い込まなければ、ただ息をする事すら出来なくなる気がした。


「それで、これからどうするの?流石に考え無しって訳じゃないでしょ?」

「うーん」


 当然の質問に、けれど私は言い淀む。


 会社を辞める時というのは、当たり前だが、出来ることなら次の仕事を決めてから、というのが望ましい。そうでなくとも普通はある程度、こういうことをしよう、こういうことをしたい、という方針や計画を持って辞めるものだ。

 けれど、私の気力は会社を辞めるという行動を起こしただけで、既に底を突いてしまっていた。


「え?もしかしてノープランなの?」

「うん、我ながら馬鹿なことやってるなぁとは思ってるけど、今はなんにもやる気が出なくて。このままじゃ駄目だってわかってはいるんだけど」


 いっその事、死んでしまえたら楽になれるのに、なんて。

 そんな思いは口に出した所で、恵を困らせるだけだろう。


 心配そうに眉尻を下げる彼女に、ネガティブな言葉を吐き出す気にはなれなかったし、そうでなくても、他人に弱音を吐く事自体、あまり好きではなかった。


「まぁ、なんとかするよ。失業保険貰いながら仕事探して、それで駄目ならフリーターしながら仕事探して。貯金も多少はあるし、生きていくだけなら何とでもなるでしょ」


 だから、楽観論で見栄を張る。他人事の様に並べた今後の予定を、実行する気力は湧いてくるだろうか?

 いいや、こなければ今度こそ、そこで終わりというだけの話だ。そこが私の寿命なのだろう。割り切ったつもりになって、そう自分に言い聞かせた。


 そんな私を見透かすように見据えながら、恵が口を開く。


「おばさんには言ったの?」

「ううん」

「やっぱり。どうせ誰にも、相談もしてないんでしょ?」

「うん、良くわかるね」

「そりゃあ、伊達に付き合いは長くないですから」


 少し得意気にそういった後、拗ねた様子で、


「まぁ、ろくに相談もしてもらえない程度の付き合いみたいですけど」


 と続けた。


「いや、それは付き合いがどうこうじゃなくて、私が碌に相談もできない人間ってだけ。会社辞めたことだって、恵以外には言う気もないし」


 恵は私にとって最も親しい人間だ。幼馴染みとして共に育ち、気心の知れた彼女には、誇張抜きに家族以上の信頼を寄せ、私という人間の心の支えの一部でさえある。

 けれど、そんな彼女であっても、他の誰であっても、人生の大きな岐路となる選択に於いて、そもそも私に他人を頼るという選択は存在しないのだ。


 今の私があるのは流される儘に生きてきた所為だ。確固たる意思を持たず、目標もなく、苦労を背負ってでも何かを成そう等とは、微塵も考えてはこなかった。


 その末に、あまりの空虚さに耐えられなくなった今の私がある。自暴自棄でも何でもいいから、自分自身で決めたのだと、胸を張って言える選択をしたかった。

 例え青臭い、子供染みた行いだと笑われようとも、そうせずにはいられなかった。


「もう、ほんとバカ」

「身に染みてる」


 呆れた様子の恵に、否定なんて出来る筈もなく、頷いて返す。


 本当に、バカだ。

 無駄に心配を掛けるだけのこんな話を、そもそも恵にする必要があったのかと、早くも後悔し始めている程に、後先考えない底無しのバカだ。


「けど、そっか」


 それは、多分私に対しての言葉ではなくて、虚空に向かって呟く様に恵はそう言って、何がある訳でもない窓の外を眺めている。飲みかけのアイスティーをストローで回して、氷とグラスがカランコロンと音を立てた。


 流石の恵も呆れ果ててしまったのだろう。当たり前だ。自分自身でさえそうなのだから。


 そう自嘲を重ねた私に、けれど再びこちらを向いた恵が掛けてきたのは、まるで予想もしなかった言葉。


「それならさ、決めた後なら、私が首を突っ込んでも良いんだよね?」

「え?」

「だから、自分で決めたい事は決めて、行動して、もう良いと思ったから、私に話してくれたんでしょ?ならこっから先は、私が勝手にお節介焼いても、文句言わないんだよね?」


 心做し身を乗り出した恵の瞳が、覗き込む様にじろりと私を捉えた。


「いや、私としては恵に迷惑かけるのはちょっと」

「そんなの知らない」

「えー」


 抗議するようにじとりと睨みつけてみても、何らこたえた様子はない。


「私が迷惑と思うかどうかに関係なく、椛が心苦しく思う気持ちは分かるよ」


 私の気持ちに理解を示そうとする恵に、じゃあなんでと、問いかける間もなく、


「でも、そんなの知らない」


 語気を強めてそう繰り返した。


 あぁ、意固地にさせちゃったか。

 想定以上に心配させてしまったらしい。いつもは私の意思を尊重して自重してくれているが、恵は元来世話焼きな質だ。彼女からみて私はもう、放っておける段階ではないらしい。

 こうなってしまった彼女を翻意させるだけの気力は、少なくとも今の私にはなかった。


 諦めて受け入れ態勢になると、恵は少しだけ間を置いて、


「……椛には、私の家で暮らして貰うから」


 断固たる口調でそう言った。

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