カラオケ

 俺は今、カラオケボックスに来ている。

 小さな部屋に何人かで集まって歌う。そんなストレス発散の場で、事件は起こる。

「うらぁぁぁぁ!」

 友人の一人が、歌ってる人に合いの手を入れる。灰皿で。

 カンカンカンカンとただうるさいだけで迷惑以外の何物でもない。

「セィ!」

 今度は別のやつがアイドルソングに合いの手を入れる。フリ付きで。こいつガチのファンやったんか。

「先日、岡山でトークショーを開いた際——」

 イントロが長い曲で、別のやつが「曲の合間にどうでもいい情報をねじ込んでくる昭和歌謡番組」のモノマネをぶっこんでくる。クオリティ高いのが逆にウザイ。

 このように、誰もが何かしらのネタを、誰かが歌ってる間にぶち込んでくるので、地獄だった。

 だが、一番の地獄は。

「俺の、番か」

 静聴されること。

 俺のターンでのみ、全員が静聴する。

 いや、上手かったら良いんだろうね。こういう場合ね。良いことなんだろうね。

 ただね。俺、カラオケの採点で80前後のビミョーな点数しか出ないしね。笑えるほど下手でも、驚くほどうまいわけでもない何とも言えないレベルだからね。

 おいそこ、90以下は音痴っていうな。そんなレベルで争ってねぇ!

 そのレベルで、静聴されるとね。嫌がらせだよね。

 なんも言わねえの。スマホいじったりもしねぇの。ただただ聞いてるの。

 心、ここにあらずって顔で聞いてるの。無心なの。

 さっきまで灰皿鳴らしてたやつが、無心なの。

 隣のやつはサイリウム取り出してたりしたんだけどね。

 次に出番のやつが曲入れたり選んだりしてりゃいいのにね。それすらしない。

 っていうかまぁ、もう終わってんだけどね。選曲。俺のが入った瞬間に奪われたからね。コントローラー。すぐ入れてたの見たよね。天城越えだったね。なんでかね。

 マイクをそっとテーブルの上に置く。拍手も何もない。ただの無。

 曲が終わると、次のやつがテーブルの上のマイクを手にする。

「石川さゆりさんは先日、デパートに買い物に行った際、かわいいワンちゃんを見てほっこりしたそうです」

 どうでもいいネタにキレがあんじゃねえか。本当にどうでもいいわ。

 しかも歌う奴、天城越えうめぇじゃねえか。こぶしすげぇな。

 その後、なんだかんだで二時間が経過した。そろそろ終わりか。ようやくこの地獄から解放される。助かった。

 その時、壁に設置された電話が鳴った。これで終われる。そう思って俺が電話に手を伸ばしたのだが。

「あ、一時間延長で」

 隣から伸びてきた手が、電話を奪った。

「お、お前……」

 今、歌ってたじゃねえか。それなのに、なんで電話を取れ……歌ってる奴が変わってやがる!

 そこまでして俺を地獄に閉じ込めたいってのか!

「いいや、俺はここから出る! 限界だ!」

 カバンを掴もうと振り返るが、そこに俺のかばんはなかった。

「っな!?」

 カバンは、野郎どもの間に移っていた。いつの間に……!

「返せ、俺のカバン!」

「おっとぉ、今はカラオケ中だぜ。おとなしくしておきな」

 さっきまでオタ芸してたやつのセリフとは思えないぜ。

 誰より激しく踊っていたくせに。

「そうだぜ。うるさくするとかマナー違反も甚だしい」

 お前は灰皿カンカンやってんじゃねえか。今はタンバリン持ってきてるじゃねえか。その隣にあるカスタネットはなんだ。次のネタか!

 カバンを人質に取られては動けない。おとなしく延長するしかねえのか。

 いや、俺にはまだ手段がある!

「ちょっとトイレ——」

 スマホを手に外に出ようとした時だった。

「はい」

 マイクを握らされた。え、どういうこと。トイレ行くんだけど。

 なんでモニターの前に立たされるんだよ。歌詞見なきゃ歌えねえよ。いや、歌わねえけど!

 入り口は……固められとる。入り口に背中を預けて立ってやがる。チクショウ、逃げ道が塞がれた!

 う、歌えっていうのか。この空気の中、イントロが始まっちまった!

 ま、また虚無の時間が訪れ……なんだこの曲、10分もるじゃねえか!

 っは!?

 す、すでに全員が虚無だと。感情が、消えてやがる! やめてくれ。そんな顔で俺を見ないでくれ!

 俺は、歌った。延長が終わるまで、歌った。一人で歌わされた。

 シンと静まり返る会場。一人立って歌わされるという地獄を乗り越え、排気ガスと暴走チャリと、杖を振り回す老人が闊歩する街へ、天国へ到達したのだ。

 長かった。あまりにも長い地獄だった。よし、帰るか。

「それじゃ——」

 俺の肩を掴む手。笑顔の仲間たち。手には『カラオケ喫茶』の文字。

 たのむっ……、二件目はやめてくれっ!

「行こうか」

 やーめーてー!

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