スナイパー

 俺は一流の狙撃手。

「わんわんわん!」

 たとえどんな場所でも、どんなターゲットでも一撃で——。

「わんわんわん!」

 っちょ、邪魔。犬邪魔。なんだこいつ。どこから入った。ここは屋上だぞ。

「わふっ」

 腹を見せてる……なでて欲しいのか?

 はっはっはじゃない。

「わふぅー」

 悲しそうな声を出すんじゃない。ええぃ。

「わっふ。はっはっは」

 こいつめ。これがいいのか。よーしよしよしよしよし。

 ひとしきり撫でてやった。よし、これで集中でき——。

「くぅーん」

 なんで近づいてくるんだ。顔が近い。嗅ぐな。においを……お前そこはダメだ。薬きょうが出るところだから。触らないの。

「きゅーん」

 悲しそうな顔してもダメ。危ないから触っちゃダメだから。もうあっち行きなさい。

「わん」

 抗議してもダメなものはダメです。良い子だからちょっと離れてて。ターゲットがもう少しで来ちゃうんだよ。準備しなきゃいけないんだよ。

 おじさんお仕事なんだよ。ほら、あっちにいきなさい。近くにいたら危ないでしょ。

 あーもう、顔をなめない。ぺろぺろしない。くすぐったいから。

 ほら、引き金に近づかない。危ないから。これパァーンなる奴だから。パァーンなるからね。ちょっと離れてなさい。良い子だから。そうそう、そっちにね。

 よし、ターゲットを……。え、犬?

「手を上げろ」

 振り向くと子供がいた。なんで屋上に犬と子供が。俺、カギ閉めたぞ。

「手を上げるんだ。じゃないとエルメスがお前の股間をもてあそぶぞ」

 もてあそぶってどういうことだよ。いろんな漫画とかの見過ぎで言葉混ざってんのか?

 それにスナイパー相手に丸腰で手を上げろって——。

「俺の言う通りにしないとお前は死ぬ」

 っは。大人をからかうにはもう少しリアリティが必要……おい、なんだどうしたエルメス君。股間を見つめるな。

「さぁ、両手を頭の上にのせてかがめ。そして足を前へ出すんだ。交互にな」

 コサックダンスをさせる気か。アホか。

「早くしないとエルメスがお前の股間へストライクするぞ」

 大人をバカにしやがって。お前なんぞ一瞬で——。

「わふ」

 やめなさいエルメス君。股間に顔を近づけるんじゃありません。ほら、下がるから。一歩下がるから。

「さぁどうした。出来ないのか」

 なめやがって。サブウェポンが無いとでも思っているのか。仕事がしにくくなるが、まぁサイレンサーついてるから大丈夫ってことにしておこう。もう何もかもがめんどくせぇ!

「わふ」

 どうしてエルメス君が俺のサブウェポンを咥えてるのぉぉぉぉぉぉ!

 あ、待ちなさいエルメス君。そっちに行っちゃだめ!

「エルメス、ダッシュ!」

「わぅん!」

 っく。さすがに犬にはかなわない。子供の手に渡ってしまった。

「おじさん。これどうやって撃つの?」

 ……聞くなよ、俺に。

「おじさんに向けて引き金を引けばいいんだね?」

 セーフティーが外れてないから出ないけどな。

「わふ」

「エルメス? あぁ、ここか。うん。で?」

 なんでエルメス君が知ってるのぉぉぉぉぉ!

 あ、セーフティー解除しやがった。撃ち方まで教えてやがる!

 っていうかエルメス君とお話出来るんですか君! ずるい!

「ということで、おじさんはコサックダンスをするしかなくなったわけだけど」

 なんでコサック。どうしてコサック。

「どうする?」

 はぁ。バカらしい。付き合ってられるか。

 もういい。ターゲット始末してさっさと帰ろう。えっと、ターゲットの位置はと。

「エルメス、アタック!」

「わふぅ!」

 っちょ、エルメス君やめなさい。股間を殴らない。今スコープ覗いてるんだから、引き金引いちゃったらどうするの。もう!

「どうするんだい? エルメスは僕の言うことしか聞かないよ?」

 そうかい。エルメス君で妨害してくるってことか。拳銃使えよ!

 仕方がない。始末するか。

「おっと、妙な真似をするな。コサックさえ踊れば見逃してやる。さぁ、どうするんだ!」

 拳銃を構えた子供の周りを、エルメス君がぐるぐる回ってる。かわいい。

 というか、そうだな。エルメス君が飛び出してきそうだな。子供狙うと。

 ……必然、エルメス君のために従わなきゃいけないってことか。人質とは卑怯な。

「さぁ、エルメスが飛び掛かるまで、時間が無いぞ!」

 なんでコサックなんだ。まぁいい、エルメス君のためだ。

 屋上で、ターゲットを狙いもせずコサックダンスを踊る。悲しいことに昔、教官にさんざんいびられたので体が覚えている。

 はぁ。何が悲しくてこんなことを。

「よし!」

 よしじゃねえよ。エルメス君も飛びついてきちゃだめだよ危ないから。

 よしよし。しっぽフリフリだねぇー。元気だねぇー。

「以上。パパからの命令でした!」

 タァーンという、狙撃音が響いた。どこだ!?

「パパからの伝言です。『屋上を狙撃ポイントに選ぶのは常とう手段だが、そりゃ敵からもよく見えるってことだ。遮蔽物があるとはいえ狙撃ポイントが限られてるうちはまだまだ半人前だな』だそうです」

 ……まさか、教官の子供か、この子。

「いこ、エルメス」

「わふ」

 子供たちが帰っていくのを見送った後、念のためスコープを覗いてみたら、ターゲットが倒れていた。

 俺の端末には任務完了見届けたとか入ってくるし、教官から鬼のようなチェーンメールが届くし、非通知で電話が鳴りっぱなし。

 半人前で悪かったなチクショウ!

 もういい。今日は犬カフェ行って癒されてやる。仕事終わり!

 その後、行きつけの犬カフェにエルメス君がいたのは言うまでもない。

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