だいたい五分で読める(はず)短編小説

弱腰ペンギン

弁当箱

「いただきます」

 昼休み。弁当を食べる時間が、高校生活で一番の楽しみだ。

 うちの学校には学食がない。その代わり移動販売のワゴンが中庭にやってくる。

 色とりどりの弁当やパンが並ぶ……嘘だ。

 ほぼ茶色い、基本大盛りの弁当箱がずらりと並んでいる。

 パンはコッペパンにチョコレートを塗った奴。コッペパンにソーセージを挟んだ奴。

 コッペパンにポテトサラダを入れたやつ。コッペパンに焼きそばを詰めたやつ。

 そう。わりかし地獄だ。

 それでも安くて量が多くてある程度旨かったら学生にはありがたい。が。

「大抵は家から弁当を持ってくることになるんだよなぁ」

 今日のメニューは昨日の晩御飯の残りである唐揚げ。

 エビフライを入れたら多少はカッコが付くのだろうが、朝っぱらから揚げ物なんてやってられないので卵焼きにした。

 キャベツを敷物にして、その上に唐揚げと卵焼き。後はミニトマト……と言い張るための使い切りケチャップ。そしてレンチンしたジャガイモ。色どりは悪くないと自負している。

「うん。ウマイ」

 二段に分けた弁当箱の下の段。みっちり詰めた白米をほおばりながら下を見つめる。

 校庭では昼練なのか、生徒が声を張り上げて走っている。

 今日は日差しが柔らかいが、風が強い。包みが吹き飛ばないように注意しながら食べ進めなければ。

「姉さんたちからは不評だけどな」

 自分たちでは作らないのに、弟には『緑が足りない』とか『ミニトマトを入れないとか正気?』とか言われる。自分で作れよ。

 最後のからあげを口に入れると大事に、味わう。そして白米をおっつける。

 口の中で混ざり合う白米とからあげ。あぁ、至福。

 これが教室で、同級生と一緒に味わったりできたらもっと幸せなのに。

《はじめ君は何処! 今日こそからあげを分けてもらうんだから!》

《ちょっと、卵焼きは私のだかんね!》

《からあげはこっちのだから!》

 大丈夫。屋上へ通じる道は封鎖しました。だから俺の平穏は破られない。

 ドカンドカンと扉をたたく音が聞こえるが気にしない。

 昼休みが終わるまで、俺はここに避難し続ける。持ってきた小説でも読みながら暇をつぶそう。

 女子9対男子1。ここは元女子高、高嶺女子大学付属高校の屋上。

 初めて教室に入った時はほぼ女子しかおらずときめいたものだが、やがてときめきは幻想だと知り、肩身の狭い思いをしながら勉強している。

 唯一の癒しだった弁当も、初日にたかられ、すべてを失った。以後、女子から狙われるようになった。

 地獄の弁当屋は男子向け。女子には不人気。パンも非常食扱い。

 っていうかからあげ弁当はあるだろう、買えよ!

 いやわかってるよ。べっちょりしたからあげなんておいしくありませんよ!

 でも俺のからあげ狙うなよ!

 っていうか自分で作れよ!

「返して。俺のときめき☆スクールライフ」

 ラノベを読みながら、少しだけ目頭が熱くなった。

 今、ラノベの主人公が勝利を手にしたところです。弁当を掲げています。

「生徒会にでも立候補するかなぁ。公約は『弁当の質向上』とか」

 去年まではパンがメインだったそうです。今は男子が入ったからということで弁当が増えたそうです。楽なんだそうです。パンはコストがかかるとか言ってました。信じられません。大量に揚げて詰めるだけが楽なんだそうです。そもそも弁当屋なのに、なぜかパンを作ることになったので大変だったとか言われました。知ったこっちゃありません。高校の近くに店を構えてたのがいけないんじゃないでしょうか。

 そうこうしているうちにチャイムが鳴った。よし、そろそろ降りよう。

 封鎖を解くと、取っ手に手を添える。そして大きく深呼吸をすると。

「弁当は食べ終わったのでありませぇぇぇん!」

 食後の全力ダッシュで教室へと戻った。

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