誰かが見ている。(NL未満)
「ふぁ…ねみぃ…」
早朝に虫を見つけた母の叫び声で目が覚めてしまった俺は、いつもよりかなり早い時間に部室へと向かっていた。
「たかがカメムシぐらいであんなに騒がなくてもいいよなほんと」
今日は全体での合わせ練習の日。俺含めいつもは集まりの悪い軽音楽部メンバーもあの狭い空間に所狭しと集まる…が。
「こんな時間まだ誰も来てねぇよ…」
頭を掻いて鉄製の重たい扉を開く。すると俺を出迎えたのは暗闇じゃなく…
「あれ、もう来てたんだ」
同級生で同じ軽音楽部の畑山さんだった。
「あっ水…島くん…おは…よ…」
「そんな驚く?」
まるで悪い物でも見たかのように目をかっぴらいてから何かを体の後ろに隠した畑山さんに思わず笑ってしまう。
(まぁ不思議でもないか)
かたや無遅刻無欠席で成績優秀な彼女と、かたや平然と遅刻と追試共に常習犯の俺。同級生であり軽音楽部ではあるものの、部活の業務連絡以外に話すことなんてまずない。
「何隠したの?」
話題を見つけるためにとりあえず手っ取り早い手段に出る。まぁ隠したものが気になるっていうのもあるが…。
「えっ…あ…」
「そんなにやばい物なの?」
あくまでも明るく純粋に。唐突の男子を怖がらせないようにを心がけて彼女の後ろをひょっこりと覗き見る。
「あれ?」
彼女の手元に握られていたのは一枚の透明なポリ袋。そしてその中には飲み終えたペットボトルやお菓子のゴミが入っていた。それはそれは、彼女一人で食べ終えられる量じゃないほど。
「これどうしたの?」
とりあえず気になって聞いてみる。食べ終えられないとは言ったが、もしかしたら彼女はかなりの大食いの可能性だってある。
「あー…えっと」
少し気まずそうに彼女は視線を泳がせた後、小さな口をおずおずと開いた。
「…ゴミ…捨てておかないとって」
「え?」
「いつも朝来たらゴミがいっぱいになってるからその…また怒られちゃうし…片づけとかないと…」
「まじ!?」
彼女が先生に怒られている様は想像がつかなくて思わず大きな声が出る。その声にびっくりした彼女が目をぱちくりとさせていた。
「ごめん」
「ううん、大丈夫…」
「あれ、でも先輩たちあんまり部室に来ないよね…じゃあなんでこんなにゴミが溜まるんだ?」
「それが…」
彼女は少しだけ言い淀みながらもこうなった原因をぽつりと話し始めた。
どうやらこの部室は時折軽音楽部以外の人間のたまり場になっているらしい。きっと教室を勉強組に追い出され、別の教室もきっとうるさくて他の部に入っている生徒たちに追い出されたんだろう。そして最後に行きついたのがこの軽音楽部の部室。まぁ確かに唯一防音のために締め切られていて、なおかつ部員があまり部室にいないこの部屋はたまり場にするのに最適だ。
さらに彼女は門限が早いらしく、いつもたまり場にしていた生徒達よりも早く帰っていたらしい。そして次の日、部室に入ろうとしたときに先生にゴミが散らかっていることを咎められた。
「なるほどね…」
畑山さんの言葉を整理して呟くと彼女はこくんと首を前に倒した。
「本当は私が注意できればよかったんだけど知らない子ばかりで言えなくて…」
「畑山さんは悪くないよ…というか先生も酷いよな!畑山さんがそんなことするように見えるかねぇ!」
「先生も怒りたくて怒ったわけじゃないだろうし…私がゴミを捨てておけば済む話だから」
彼女はそう言いながらも少し寂しそうに視線を落とす。ポリ袋を持っている手が僅かに赤らみ震えているのに気が付いて、俺も少し寂しい気持ちになった。
彼女は何も悪くないのに。
「じゃあ俺が言ってやるよ!」
「え?」
気付いた時にはそう言葉を発していた。
「そもそもここは俺たち軽音楽部の部室なんだから、俺らが我慢する必要ないだろ!」
「でも…」
正直に言えば怖い。いつも追試とか反省文で部室に来れてないような人間が説得力ねぇんだよと言われたらおしまいだ。もしかしたら喧嘩になるかもしれない。
それでも、自分の知らないところで誰かが…畑山さんだけが嫌な思いをしているのに我慢している現状が続くのは耐えられない。
「もしそれでもダメだったらさ、俺も一緒にゴミ捨て行くから」
我ながら頼りない言葉だと心の中で自分を鼻で笑う。でもいくらダサくても、一人で我慢していた彼女の味方になれるならそれでいいと思った。
「…とう」
「え?」
何か言われた気がして目を開く。少し赤くなった目元、きゅっと閉じられた口。なんか…今にも泣き出しそうだ。
「あっごめん嫌だった?」
慌てて彼女に謝罪の言葉を入れる。しかし次の瞬間彼女は閉じていた口を開いてにこりと微笑んだ。
「ありがとう…水島君」
その笑顔に、少しだけ胸がざわついたのは。俺だけの秘密。
「あ…じゃあ…」
「っなに!?」
「追試受けないように頑張って…?」
「あ…うん」
(暗転)
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