雨と怪異。(GL)

街頭の灯りだけが頼りの夜道。降りしきる雨の中家路を急ぐOLの前に、赤のロングコートに身を包んだ長身の女性が現れた。土砂降りにも関わらず傘を差さない女。赤いハットの大きめなつばは雨粒を吸い、重く垂れ下がり女の顔までを隠している。


「なんですか?」


当然のように傘を差すOLの行く手を遮るように、赤に染まった女はゆっくりと灯りから外れるようにOLに問いかけた。


「私…きれい?」


夜道の常套句。あまり打開策が見込めないこの状況ではあるが、OLは特に驚いたり焦る素振りを見せない。


「きれいですよ」


淡々とした声で自らの帰路を塞ぐ女の問いかけに答える。分かりやすい流れに全く乗ろうとしない目の前の獲物に若干の恐怖感を抱いたのはもはや女の方だった。


「…えっと」


動揺を見せながらも女はびしょ濡れになったマスクに手をかける。そしてぺたりとくっつきそうな布を顔から引きはがした。


「これでも?」


明らかに怖がらせる目的の声色で女はお得意の台詞をOLにぶつける。しかしここで女はあるミスを犯してしまったのだ。


「外出中にわざとマスク外すのはマナー違反ですよ」

「え?」

「最近は感染症流行ってるんですし、そもそもいくら傘を差してても濡れちゃうからって傘を差さないのは風邪ひいちゃいますよ?」

「あーっと…」


先ほどまでの淡々としたクールさはいったいどこに行ったのか。カツカツとヒールが女に近づいてきたと思えば、いきなりOLは女の手を掴んだ。驚きのあまり女が手に持っていたマスクが落ちて足元の水たまりが僅かに波打つ。


「とりあえず私の家に行きますよ」

「え?」

「お風呂入れてあげるんで」

「え?え?」


突然すぎる事態に動揺してしまったせいで女はずるずると引っ張られていく。普通前例のない事案に困惑するのは人間のはずなのだが。


「ちゃんとお風呂入ったらね…へへ」

「私より不気味にならないでくれない!?」


若干鼻息が荒くなりOLがキャラ崩壊したところで、初めて女が大声で抗議する。しかし、すっかり自分の世界に入ってしまったOLには叶うはずがなかった…。



(暗転)

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