第23話

 タックルで巨漢の右膝も破壊した僕は、流れるようにマウントをとろうとする。

 このチャンスを逃すわけにはいかない!


 だが、強烈な右肘を頭部に喰らい、僕は折角掴んでいたチャンスを放してしまう。

 さらに、肘に追い打ちをかけるように放たれた左ストレートが、僕を捉えて吹き飛ばし、床の上を転がらせる。


 受け身も取れずにさんざん転がった僕が、《ヒール》をしながら立ち上がると、すでに巨漢は体勢を整えていた。


 破壊された両膝をたてて、両手を胸の前にあげている。

 巨漢のリーチは健在で、その大砲のようなストレートは依然として健在なのだろう。

 不用意に飛び込んだら、どんなダメージを喰らうか分かったものではない。


 僕は、左手と左脚を前にだしてガードを作りながら、反時計回りにステップを踏みながら、何周か巨漢の周囲を回る。


 前の圧倒的な高さはなくなったが、それでも目線はあまり変わらない。

 そして、後ろに回り込んで接近を図っても、裏拳を打たれて防がれそうなことも分かった。

 完全に待ちの姿勢をとられているので、足技をつかったら、かえって関節技に持ち込まれる危険性もある。


 リーチがあるだけ、巨漢の方が有利のように思えてきた。

 完全に待ち姿勢であり、僕は攻め手が無いことに恐怖を覚える。

 僕は思わずつぶやく。


 「お前、強すぎるだろ……」

 「お前こそな」

 男が言い返してきて、イラッとしてしまう。


 攻め手の無い恐怖で頭がいっぱいになる。

 僕は無駄なムーヴをしながら戦略を練ったが、決断までに数分を要した。



 そして決断した。

 

 正面突破しかない。



 

 守。

 射。


 僕は両腕を合わせて盾のようにして頭を守りながら、前傾姿勢をとり、巨漢に向かって進んだ。

 巨漢は、僕の意図を読み取ったのか、上体を反らしてナックルアローを放つ。


 僕は吹き飛ばされないように足の親指で地面を掴みながら、両腕とそれを支える頭部への強烈なダメージを《ヒール》で回復しつつ、距離を詰める。


 幾度となく放たれるナックルアローに意識が飛びそうになりながら、僕は自分の距離まで進み、相手の頭部を左手でとらえた。 

 奇しくも、巨漢も僕の頭を左手で掴んだ。


 そして、お互いの顔面への拳の打ち合いが始まった。

 

 ただひたすらに相手の顔面を拳で殴りつける。

 そこには技術もない、ただの喧嘩があった。


 僕は相手の拳に首が折れそうになりながら、拳をフック気味に放つ。

 巨漢はそれを受けるが、よろめくこともせず首の太さで耐え、お返しとばかりに僕の顔面に右こぶしを見舞う。

 僕は潰れた鼻から流れる血を気にせずに、腰を乗せたパンチを巨漢の顔に打つ。


 そんなことが延々と繰り返された。


 消耗した僕は、相手を突き飛ばすようにクリンチをするが、巨漢は巧みなボディや膝蹴りを返してくる。

 そして、僕がクリンチで呼吸を少しだけ整えたら、再び、お互いの顔面を殴りあう。

 そんなことをずっと繰り返した。


 初めて、僕は戦いが楽しいと感じていた。


 これほどの強者と出会うことは、もう二度とないかもしれない。

 そんな考えまで抱いてしまっていた。


 そのうち、《ヒール》で回復しつづける僕に対して、巨漢は精彩を欠いてくるようになった。

 双方ともに疲労をしているのは事実だが、先に限界が来たのは巨漢の方だった。


 もはや子供の喧嘩でもありえないほどの緩慢さではあったが、僕はクリンチから巨漢を押し倒すことに成功した。

 

 そして、マウントをとった僕は、緩慢な動作で、拳の底を巨漢の顔面に打ち込み続けた。


 そして……、

 「……俺の負けだ……。もう許してくれ……」

 顔面が血まみれになった巨漢は、ギブアップをした。


 僕は勝利をした。

 「こいつはここで殺した方が良いかもしれない」そう考える僕がいたが、もはやそんな元気は僕には残されていなかった。

 力尽きた僕は、床に顔面から倒れ伏した。 

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