百夜通い ―お前のせいで気になって眠れん何とかしてくれ―

琳谷 陸

第1話 夢路と現世の恋愛事情

「一目惚れしたんだが、輿入こしいれしてくれる条件を教えてくれないか」

「…………」

 オレの言葉にたった今、求婚プロポーズした相手の少女(人間の歳がこの時はよくわからなかったけど、後で多分十六くらいだったなと思い至る)は、無表情のまま固まった。

 辺りはオレの縄張りの美しい森だ。黒に近い濃い緑の葉は風にさわさわと揺れて心地よい音を立てる。そこにその少女は真っ白な衣を着て、何やら神輿のようなもの(多分あってる。この辺の村人が担いでここまで連れてきてた)に正座で乗っている。

 少女の顔は満月の明かりではっきり見えた。

 小さな顔は形が良くて、肌は白い(よく後で思い返すと、多分青ざめてた)し、髪は腰までのばして黒曜石みたいに黒かった。瞳は大樹の幹みたいな茶色。

 そして少女の瞳に映ったオレの姿は、同じくらいの背丈の大犬だ。ただの大犬じゃないぞ。ふっさふさの白い毛並みと尻尾はそんじょそこらの奴とは格が違う。

 自分で言うのも何だが、かなり男前だ。縄張りだってここらじゃ一番広いし、長生きして人間からは奉られてる。

 だが少女はそんなオレを前に微動だにしない。

 突然の求婚に緊張しているらしい。仕方ないな。

 オレは大丈夫だぞという意味を込めて、にっこり笑った。

「……――――」

「え?」

 オレの笑顔の甲斐あってか、少女はかすかに唇を開いて何かを――恐らく輿入れの条件を――呟いた。

 しかし小さすぎる。いくらオレの耳はピンとして形の良い三角だとしても、吐息めいた小ささで人間の言葉だとわからない。

 もう一度言って欲しいという思いを込めて少女を見つめると、伝わったらしく、もう一度言ってくれた。

「百夜通ってくれるなら」

 おお。これは人間達が時折行う方法。百夜通ももよがよいだな。

 わりと一般的メジャーな方法だ。やり方は簡単。結婚したい(もしくは付き合って欲しい)相手の所へ百回通う。この時代、男女の仲で通うのは夜が普通だから、必然的に百夜となる。ので、百夜通いと呼ばれるようになったんだ。

「わかった。他にはないか?」

「…………」

「何か、他に欲しいものはないか?」

 オレが通うだけで良いのかと問うと、少女は驚いたように目を瞠る。

「…………姿は、変えられます、か?」

「うーん……。練習すれば多分いける。…………そうか。人間だもんな。人間の姿の方が良いよな」

 オレはあんまり気にならないんだが、人間にとっては姿形が自分達と同じというのは大事らしいから、そこは気を遣うべきだよな。だって嫁の頼みだもん。

 オレが頷くと、少女はやっぱり驚いたように、でも少しだけ困ったように首を傾げた。

「あの…………ちなみに、姿を変えるのに、その、どうするのですか?」

「んー。集中して、成るべき姿を思い浮かべて、おりゃーって気力で」

「…………」

 何だろう。ちょっとだけ可哀想なもの見る色が浮かんでるような……。

「そう、ですか」

「こほん。ええと、他には? ほら、花とか果実とか、何でも言いなよ」

「…………」

 少女は再び押し黙った。何でだ。

「遠慮しなくて良いんだよ?」

 結局その後、少女は何かを言い掛けては口を閉ざし、それ以上の条件は出なかった。

 オレはそれ以上ないのだと思って、帰ることにした。

「じゃ、オレ帰るから。また明日から百夜通うよ」

 帰り際、オレを見送った少女の瞳に浮かんだ感情の色と、山の裾に見えた松明の列の意味を、この時のオレは知らなかった。考えも、しなかった。

「それじゃ、またな」


 百夜通うと、嫁に迎えに来ると、


 ――――果たせないものだとも知らず。




壱 夢路と現世うつつの恋愛事情




「……何て夢だ。くそ…………」

 目覚めは最悪。目覚まし時計のベルが鳴る一時間前に、過去の黒歴史で起床するのは、『あの時』から毎日の日課になっている。

 当然、このぼやきも毎日の変わらぬ日課に他ならない。

 朝陽が差し込む部屋の中、一人用のベッドから起き上がって、ペタペタと裸足で歩いて部屋を出る。

 雨戸を閉めている為に真っ暗な廊下を渡って、洗面所にたどり着く。

 バシャバシャとまだ冬の名残りで冷たさの残る水道水で顔を洗って、タオルで顔を拭く。

 鏡に映るのは、人間でいえば十六くらいの男。

 髪は黒く短め、顔はまあカッコいいよりは可愛い系か。色素が薄くて角度によっては金色に見える茶色の瞳のその下には、長年の黒歴史トラウマのよって形成された隈がくっきりはっきり、本日も手を振っている。

「はぁ…………」

 純和風の二階建て。田舎の大きめ農家を思い浮かべれば多分広さとか雰囲気はあってると思う。

 家の雨戸を開けて、軽く掃除機をかける。

 朝から掃除機かけようが、夜に洗濯機を回そうが、隣近所が山とか森とか畑なのでなんの気兼ねもない。

 寝間着の紺色浴衣から、本日入学する高校の制服へ着替え、脱いだ浴衣は洗濯カゴへ。今は洗える浴衣とか便利な時代だなとか、考えて古ぼけた柱時計を見やる。

「行くか」

 朝飯はテキトーに駅前のコンビニで買おう。今日は入学式だけだし。

 自転車を山の下まで押して、そこから乗って駅前まで。駅前までは自転車で大体十分くらい。

 電車に乗る必要はないけど、家の近所に何もないからここまで来ないといけない。

 コンビニの前で自転車を止めて、ガラスドアに映った姿はちょっと細めで平均よりちょい背の低い、ブレザー制服を着た普通の高校生だ。

 個人的には、どうしてこの身長になるのか納得いってないが。

(オレ、人間だとこんくらいの身長になんの? ウソだろ。何かの間違いだ……)

 しかし何年も何度も試してもコレから変わらず。納得はしていないが、諦めた。

 あの求婚から千年以上経った今、オレは何度目かも忘れた高校生になっている。

 転生? してません。100%あの時から生きてるオレです。

 何でこんな事になってるか? まあ色々あるけど、一番はあの黒歴史。

 約束って言うのは、人間はともかくオレ達には結構重い。

(いや、オレも気づくべきだったとは思う。思うがしかし)

 一言言ってくれても良いじゃんか。

(『今夜殺されるので無理です』って? ……それこそ無理だよな)

 けどせめて、求婚に否を返してくれていたら。そう思わずにはいられない。

 陰鬱なため息がこぼれそうになるのを堪えて、おにぎりと野菜ジュースのパック飲料をレジに持っていく。

 会計をして、店を出れば爽やかな春風に頬を撫でられる。

(オレ、何やってんだろ?)

 約束の場所にいない少女の匂いを辿って村までたどり着き、そこで目にしたモノに、愕然とした。

 そこらじゅうに、ほぼ全ての村人から、少女の匂いがした。女も子供も老人からも。性別は関係なかった。

 酒宴の後片付けをする光景と、村の祭壇と台所に一番残る少女の匂いに、何があったのか、わからない訳がない。

(だからって村を襲ったり、村人を根絶やしにしたりしてないけど)

 その風習が良いかどうかは別として。それよりも。

 もう会えない。

 約束は果たせない。

 その絶望が、胸を満たした。

 どうしたら良いのかわからず、半ば茫然自失でいない少女のもと(出会った場所と村)へ百夜通ったり。

 カミの集う宴会で他のカミにそれを酒の肴にいじられたりいじられたり……。

(ああ。そうだ。カラスに言われたんだ)

『よお。まーだふられた女の事ひきずってんの?』

『焼き鳥にするよ?』

『怒るなよー。そんなお前さんに良いこと教えてやろうと思ってんだからさ』

『良いこと?』

 聞かなきゃ良かったと思うのはいつだって後の祭りだ。

「カラスのウソつきめ……」

 かの同輩はこう言った。

『人間てのはな、現世で犯した罪が少なければ数百年で生まれ変わって戻ってくるのさ』

『だから?』

『察しが悪いねぇ。つまり、お前さんを袖にしたままトンズラこいた女も、生まれ変わってるかも知れないだろ?』

『!』

『そいつを見つけりゃ、今度こそお前さんのもんさ。何せもう百夜通いは終わってんだろ?』

 よくよく考えれば、例え墓に百回参ってもその人のもとに通ったことになんてならないけれど、その時はショックで動転して正常な判断なんて出来ない状態だった。だから、そのカラスの言葉にすがってしまったんだ。

 人間の姿になって、もう一度あの少女のもとへ。

(そんなおとぎ話じゃあるまいし。……無いよな)

 頭では冷静にここ数百年思っているのに、何で止められないのだろう……。オレ、まだ頭冷えてないのかな。




 恐ろしい夢を見る。

「……っ」

 一匹の白い大きな山犬が、目の前にいる。

 金色に光る眼と剥き出しの牙が、恐ろしい。

 その犬はいつも最後にこう言う。

『また――――』

 そして、『私』は『殺され』て、目が覚める。

「――っぁ!」

 数ヶ月前から毎晩、繰り返す。

 おかげで冬でも夏場と変わらず一日毎に寝間着を替えるはめになっている。

 これは、呪いらしい。

「さなえ」

「お姉ちゃん……ごめん。起こした?」

 二段ベッドの上から、姉が心配そうに声を掛けてくれた。

「いいよ。それより、また見たの?」

「うん…………」

 汗でぐっしょり濡れた明るい茶色の前髪をかきあげる。

 お気に入りの可愛いカラフルドットの寝間着は本日も洗濯に直行だ。

「はぁ……。しつこい。私が何したって言うのよ…………」

(これだから犬は嫌い…………とくに大きいの)

 一番嫌いなのは、何故ならばか幼い頃から必ず襲い掛かってくるカラス。奴らと私にはきっと前世からの因縁があるに違いないとしか思えないくらい必ず姿が見えると襲い掛かってくる。

 そして元々ちょっと苦手だった犬は、ここ数ヶ月で急激にカラスに追い付く嫌いランキング上位。

(しかも何で? 何であたしが――――)

 謝ってるの?

 夢の中、殺されるいまわの際でいつも思うこと。

『ごめんなさい』

 殺されるのはこっちなのに。

(わけわかんない……)


 汗と一緒に、さなえは涙を拭っていた事に気づかない。




「はあ……。阿保らし」

(そう思うなら止めろよ……なのに)

 オレは何を期待してるんだろう。

 花冷えの冷たい風が吹いて、正門から生徒玄関まで続く桜並木を揺らす。

 視界に入る学生は、女子は白のブレザーにシャツと学年によって色の違うリボン、紺地に白いラインが裾に一本入ったプリーツスカート。男は色彩は一緒でリボンはネクタイ、スカートはズボンに変わる。

(ここ、何度目だっけか……)

 いくつも家を各地の人里離れた場所に構え、あちらこちらで『高校生活』をする。そんな生活を何度繰り返したか。

 卒業したらそこから離れた所へ。ほとぼりがさめて、その時の同級生に会ったとしても似てるとか孫とか、そういう言い訳が通用するくらいまで間を空ける必要がある。

 そんな手間暇かけて、こんな不毛なことをオレはあとどれくらい続けるんだろう……。

 上履きに履き替えて、体育館で整列。校長やら生徒会長やらの話を聞いて、入学式は終わった。

(帰りにスーパーで特売品買って帰るの忘れないようにしないとな)

 確か家を出る時にチラシをポケットに入れたはず。

 ごそごそとポケットから取り出したチラシが、油断した所で風に持っていかれた。

「あ。割引券」

 ヒラヒラと舞うその隅に、切り取り線に囲まれた割引券が見え、思わず追い掛ける。

「だから、コレは地毛です。調子乗ってるわけじゃありません」

「はー? その態度がチョーシこいてるつってんの」

 うわー……。面倒臭い場面に。

 そしてチラシ、あいつらの近くに落ちてる!

「ねぇ、こいつマジムカつくんだけど」

 あ。このパターンヤバい。

(仕方ない……)

 チラシ諦めよう。

 代わりに……。一応、助け……。

「ああぁー!」

「え」

 助けようと思ったんだよ? なのに。

「あんた……やっぱりそうだ…………」

「は……?」

 何でオレ、助けようとした女の子に胸ぐら掴まれて睨まれてんの? てか、デカい!

 目線がオレより僅かに上!?

 く、首、しまっ!

「何してるの」

「うわ、生徒会長?」

「私の妹に何か?」

「いや、何もー。さ、帰ろー」

 そっちは片付いたけど、オレ、オレ!

「殺してやる……」

 何か怖いこと言ってるー!

「さなえ? ちょっと、何してるの?」

「止めないで。こいつが……」

「妹が人殺しになるのは止めるわよ」

 あ。意識…………。

 …………。

 で、次に目を開けたら。

「ハロー。マイフレンド」

「あ。死んだかな? オカマの死神が見える」

「失礼しちゃうわねー。親友に対して」

 保健室で目を覚ましたらしい。何でカラスが保健医のコスプレしてるかは謎だけど。

「コスプレじゃないから」

「オレ、言葉に出してた?」

「顔見ればわかるわよ」

 うん。片手を頬に添えてるのが超絶キモいな。

 何でこんな風になっちゃったのかな。数百年前は性格以外まともだったはずなのに。

 今のカラスは二十歳過ぎで、高……身長、それから確か何だっけ、ヴィジュアル系? な感じのバンドマンみたいな綺麗系の顔立ちで、スーツに白衣。

「あと、オカマじゃないから。強いていうなら、オネエ系にしてみただけ」

 起き上がって辺りを見回す。消毒液の匂いと沈む夕日。

「で。入学早々なにやらかしたの?」

「オレは何もしてない。いきなり胸ぐら掴まれてネクタイ引っ張られて頸動脈落とされただけ」

「わお。で、その犯人はどこの誰ー?」

「オレを保健室に連れてきたのは?」

「生徒会長が私を呼びに来たのよ」

「なら、その妹らしい。意識を失う前にそう言っていた」

「あらあら」

 鞄はあった。けど、やっぱりチラシはない。

「あの割引券、今日までだったのに」

「アンタ、私よりその言動の方がどうなの」

 何とでも。オレ達みたいなのが人間みたいに暮らす為には必要な事だ。

「世話になった」

「大丈夫ー? また殺され掛けないでよ」

 そう何度もあってたまるか。

 けれど、その思いはむなしく。

 生徒玄関を出た所で見えた光景。茜色の世界で、白と薄紅の花びらが赤く染まる。桜並木が燃えるようなその先に、あの女生徒が立っていた。

「オレに何か?」

「あんた、何なの」

「何、とは?」

「とぼけないで」

 オレより少しだけ高い背。色素の薄い髪はボブというのかとにかく肩より少し上で切り揃えられている。襟元のリボンの色は紺色でオレと同学年を示している。

 気の強そうな目をしていると思った。

「あんたが、あたしを苦しめてる」

「とんだ言い掛かりだな」

「その化けの皮、剥がしてやる」

 こいつ、大丈夫かな。

「あっそ。次は通報するから。それだけ」

 付き合っていられない。

 オレは歩いて行き、その横を通り過ぎた。


 この時、多分オレは…………。


「いつか殺す」

 女子高生が言う言葉ではない。

「あんたのせいで、眠れない」

「…………は?」

 何だと?

 振り返った時には、女生徒は校舎に入っていた。

「眠れない……?」

 ふざけるな。こっちは不眠の年季が違う。

 しかも何でオレのせいになるんだ。今日初めて会ったのに。

 わけのわからない頭のおかしな人間の小娘の暴言に、オレはスーパーでタイムセールの鶏肉を買い込んだ。

「今夜は鶏肉の煮込みだ」

 野菜と甘酸っぱく煮込んでやる。

 駅前スーパーから自転車の前カゴに買い物袋を入れ、少し走らせれば田畑の中を山に向かって延びるいつもの家路を自転車でひた走る。

 心なしいつもより早く山の下にたどり着くと、オレは自転車から降りて、自転車を押しながら家のある山の中腹を目指し歩き始めた。

「で。疲れて帰って来た家主より先になんでお前がいる」

「私、車だもの」

 家の前でにこやかに手を振るカラスを見た瞬間、スーパーで鶏肉を買い込む必要はなかったかも知れないと、一瞬だけ後悔したが、よくよく考えれば食えたもんじゃないからやっぱりスーパーの鶏肉の方が良い。

 ため息をつきながら玄関の引き戸を開けて、当然の如く後ろから続いて上がり込むカラスに退去勧告が喉元まで競り上がってくるのだが、どうせ言ってもムダだし、ムダなものに体力気力を使いたくないので、もう一度ため息をつくだけにしておく。

「何か手伝うー?」

「いらん。何もするな。歩き回るな」

 縁側の廊下から居間にカラスを押し込み、台所へ向かう。

 冷蔵庫に手早く買ってきたものを仕舞ってから、手洗いうがいをして、炊飯器がきちんと仕事をして炊き上がっている事を確認する。

「一合で問題無いか」

 冷凍庫にも冷凍したご飯はある。万が一、カラスがおかわりしても足りるだろう。

「あいつ、車だと言っていたからな」

 当然酒は出さない。なので酒で腹が膨らまない分、ご飯の量を心配したのだが、多分大丈夫だろう。

 ご飯と鶏肉の煮込みの他には何を作ろうかと考えながら、オレはひとまず淹れた茶を持って居間に引き返す。

「あら。ありがと」

「それで、用件は何だ。夕飯もどうせ食べていくつもりだろうが、先に聴いておく」

「せっかちねぇ。まあ、いいわ」

 ちゃぶ台を囲んで正座でムダに姿勢正しく茶を飲むカラスに、さっさと言えという視線を向ける。

「おめでとう。ようやく過去から解き放たれる刻が来たわね! もう親友として感無量というか」

「は? お前、何を言ってるんだ?」

 とうとう壊れるだけでなく沸いたのだろうかと、カラスの頭を見る。

 そんなオレに、カラスは信じられないという顔で固まっていた。

「え……。待って。もしかして、気づかなかったの!?」

 何を。余計わけのわからない事を言い始めたカラスは片手で顔を覆い、あげくちゃぶ台に突っ伏してさめざめと泣き始めた。

「わ、私の苦労……! 嘘でしょ? こんなに鈍いなんてっ」

「お前、本当に頭が沸いたのか?」

「違うわよ! もう! 何でわからないの? あの女の子がアンタの探してた娘でしょうが!」

 …………。

 はあぁ!?

「いや、どれだ。今日だけでどれくらいの人間に会ったと」

「ちょっとふざけないで。アンタの首絞めて意識落とした上で帰りに待ち伏せして啖呵きったあの子に決まってるじゃない!」

 こいつ、馬鹿なのか?

「ねえ? そのチベットスナギツネみたいな顔、何?」

「そう言えば一応お前も鳥だからな。しかし解せないのは、歩いていないのに自分が話していた事を忘れるのか?」

 鳥は三歩移動すれば忘れるというくらい脳が小さい。

「うん。わかった。表にでなさい」

 冗談じゃない。これから夕飯の仕度があるのに庭の掃除までやれるか。

「あり得ん」

「あり得ないとか言ってないで、現実見なさいよ」

「…………なら、本当にオレのこれまではムダだった」

「何でよ。生まれ変わりを見つけたのよ? アンタは妻問つまどいの条件だってとっくの昔に終えてるんだし、すぐにでも」

「オレは別に、生まれ変わりをめとりたくて探していたんじゃない」

 カラスが見たこともない顔をした。はっきり言ってアホ面だな。

「生まれ変わりは、生まれ変わりであって、あの少女『ではない』」

「じゃ、なんで……」

「聴きたい事があったんだ。…………しかし、生まれ変わりがアレだと言うのなら、無理そうだな」

 元から、本気で聴けるとは思っていなかった。それでもおとぎ話のような確率で、もしかしたらと希望も捨てられなかったから、今日まで……。

「そんなにまでして、何を聴きたかったのよ?」

「それはお前に関係無い」


 全て終わったこと。この時はそう、思っていた。




「…………まさか」

 いつも通り朝陽の射し込む自室。そのベッドの上で、オレは今しがた止めた目覚まし時計を手に呆然と呟いていた。

 昨夜ベッドに入って目を瞑った所までの記憶はある。

 そして、目覚ましの音で目を開けるまでの記憶は暗転。

 つまり、

黒歴史を見なかった……?」

 こんな事は、あの日から一度たりとも無かったのに。

「…………そうか。やっと」

 オレも心から諦めがついたという事だろう。

 そういう意味では、昨日の女生徒との一件も意味があったのだ。

「…………」

 目覚まし時計の文字盤を見つめ、オレはのろのろとベッドから出て仕度を始める。

「もう、こんな事をする意味は無くなったが……」

 現代ではいきなり消えると騒ぎになる。しかも入学して間もない高校一年生となればなおさら目立つ。

「当分は通うべきだな」

 頃合いを見てフェードアウトしよう。それには何か理由も考えて準備をしておかねばならない。

「この家もだが、他の地の家屋も処分が必要か」

 幾つかあったその時々で住みかにしていた家屋も売り払うなどして痕跡を消す必要もある。手間だが少しずつ片付けるとしよう。

 オレはそう決めて、一日を平穏に過ごし、翌日。

「…………なぜ」

 目覚ましが鳴る前に、黒歴史悪夢で目を覚ました。

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百夜通い ―お前のせいで気になって眠れん何とかしてくれ― 琳谷 陸 @tamaki_riku

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