愛と呼べない夜を越えたい

新吉

第1話 呼べない夜に愛を越えたい

 女は男を待っていた

 連絡せずに

 呼べない

 こちらから連絡はしない

 そんなルールはない

 重い女と思われたくない

 だけど待つのはやめられない



 毎日やっているわけじゃない。ただ今日は、今夜は会えそうな気がした。今夜会えたらきっと、何か今の関係が変わる気がした。そうどこか確信のようなものがあって、女は男を待っていた。もし今夜会えなかったら?やっぱりやめよう。気軽に呼べないような関係はやめよう。勇気が出ない、声が出ない、字が打てない、ペンが持てない、態度に出ない。こんなにも進まない関係ならやめてしまおう。彼に対してなにか伝えようとすると、途端になにもできない自分になってしまう。なにもかもがいつもの自分と違う。動けない。愛と呼べるのか。私はちゃんと彼が好きなんだろうか、彼女は待ちながら彼との思い出を浮かべては寒くなってきた手足をあたためる。ポケットにいれたり、すり合わせたり、ホットの飲み物を買ったり。



 女は待っていた

 連絡もせずに

 男が来るのを待っていた

 自分の気持ちを確かめるために

 ただただ立ち尽くしていた

 ただただ考えたいだけで

 本当は誰も待っていないのかもしれない



 缶コーヒーは体に取り込むことを目的とされず、手や頬や耳をあたためていた。



 彼女はついにコーヒーを飲み干した。熱々ではなかったが、飲み終わった息があたりに広がる。すっと体にしみ、なんてバカなことをしているのか。



 この広い駅で

 待ち合わせず会うことなんてできないのに

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