第392話 味もみておこう
【
テーブルの上に並べられたいくつもの材料を見て、ヒルダはライトに質問した。
「ライト、今日はどんな薬を作るの?」
「飲んでMPを回復する薬だよ。新しいユグドランシリーズだから、ユグドランηって呼ぶことになるかな」
「確かに初めて聞く薬ね。また元々不味い薬だったりする?」
「わからない」
「え?」
ライトが首を横に振ると、ヒルダは驚いた。
「今回に関して言えば、ダーインレポートにレシピは存在しないんだ。だから、1から作ることになる」
「でも、できると思ってるんでしょ?」
「うん。ユグドランζがHPを回復するなら、それにMPに関わる効能がありそうな材料を使って作成手順を変えれば何とかなると思う」
「なるほど。HPが回復できてMPを回復できない道理はないものね」
「そういうこと。だから、ヒルダとアンジェラの力を貸してほしい」
「私で良ければ喜んで」
「旦那様に求められれば私はなんでもいたします」
(アンジェラに言われるとなんでもやるがマジだから怖い)
「今、なんでもって言った?」なんてくだりは、結局のところなんでもはやらない者が勢いで吐いてしまうセリフだ。
しかし、アンジェラに関して言えば対象がライトに限定されるが本当になんでもやりかねない。
それゆえ、ライトはアンジェラの発言にどこか恐怖を感じたのである。
さて、MPを回復するユグドランηを作ろうとライトが考えたのは、昨日開発した【
強敵と戦う場合、ライトは必ずパーティーメンバーに【
【
だが、【
ライトが発動時に捧げた分のMPが尽きるまでの間、任意の者のダメージを肩代わりする光の盾が現れてその者を守る。
言い換えれば、やろうと思えばMP切れにならない限り際限なくMPを捧げることができるということだ。
ファフナーぐらいの強敵と戦うのなら、ヒルダとアンジェラ、イルミを守る光の盾はできる限り強固にしておきたい。
そうするにはMPを大量に消費する必要があるし、ライトが戦闘中に使うのは【
敵が瘴気を利用して攻撃しようとすれば、【
自分や【
パーティーメンバーが【
敵の足止めや拘束を狙う時は【
それに、とどめには【
正直、ライトはパーティーメンバーに万全の状態で戦ってもらうには、MPを使えるだけ使わざるを得ないのだ。
ダーインスレイヴの効果でMPの消費量を削減し、【
【
それができる余裕があれば話は別だが、【
以上の経緯から、ライトはユグドランηを作ることを決めたのだ。
「ありがとう。じゃあ、まずはヒルダから力を貸して。ドックダムに【
「わかったわ。【
ライトの指示通り、ヒルダはテーブルの端に避けられていたドックダムを干からびさせた。
ユグドランζを作った時にも行った作業だが、これはドックダムが臭うボーダーライン、つまりはドッグダムの水分を30%よりも下げるために行う。
形を維持できるギリギリまで水分を絞ることで、空気中の水分を吸収して臭いの発生するリスクを減らした訳だ。
「アンジェラ、乾燥させたドッグダムとヘビグチを擂って粉末状にしてもらえる?」
「かしこまりました」
この手順までは、ユグドランζの作成手順と全く変わらない。
ここまでは言わば基礎と呼べる部分だから、下手に手を加えない方が良いとライトは考えている。
手を加えるのはここからだ。
(アーマーチャヅルが体の強化に作用するから、アーマーチャヅルの代わりにメクラムと一緒に茹でる物を選ばないとね)
そう考えたライトは、<神眼>でMPに作用する2種類の植物を用意した。
1つ目の植物は、ガマンドコロという薬草だ。
葉の形が丸くて葉脈が渦巻状なのが特徴的で、そのまま口にしてしまうと幻覚と毒で発狂させられる。
<状態異常激減>以上のスキルを有していれば、うっかりそのまま口にしてしまっても問題はない。
そんな危険な薬草を何故そのまま口にしてしまう者がいるのかだが、厄介なことにガマンドコロは嗅いだ者の好物の匂いを発するのである。
イルミのような食いしん坊が見つけたら、良い匂いがするから食べてみようなんてことになって毎年何人かが治療院送りとなっている。
食べてしまった物を死に至らせる程ではないが、幻覚が心を抉って毒が体を麻痺させる質の悪い薬草だから、薬の材料として使う時には適切な処理が必要となる。
そして、その処理に使うのが2つ目に用意したキュクコである。
キュクコとは朱色の実が生る植物で、1粒は小さいが果汁たっぷりなのだ。
キュクコから搾った果汁をみじん切りしたガマンドコロの入ったボウルに投入して混ぜると、ガマンドコロの毒成分に果汁が作用して無毒化される。
ということで、ライトはガマンドコロに必要な処理を済ませ、キュクコの果汁の浸透したみじん切りのガマンドコロを清潔な布の上に乗せる。
それは一旦脇に置いといて、ユグドランζ作成時に使ったメクラムと一緒に茹でる。
ユグドランζを作った時は灰汁が大量に出たが、今回は灰汁が水面を覆っては掬う作業を3回もすれば灰汁が出なくなった。
灰汁が出なくなったメクラムを冷水に漬けて締め、それらの水分を拭き取ってみじん切りにする。
メクラムのみじん切りが終わったら、アンジェラが用意した粉末とガマンドコロの乗った布の上に乗せ、布の四隅を持ち上げて袋のようにして縛った。
鍋を【
「ヒルダ、この鍋に水を張ってもらえる? 今から使う水は綺麗なものが良いんだ」
「任せて。【
ライトに求められればヒルダは喜んで手伝う。
鍋に水が張られると、ライトはその中に袋を投入して鍋の中身を混ぜながら加熱した。
それにより、徐々に鍋の中の水に袋の中身から色が移って朱色へと染まっていく。
これ以上色が濃くならない段階に到達すると、ユグドランζの時のようにスプーン1杯分の蜂蜜を加えてかき混ぜてから火を止めた。
ヒルダに【
早速<神眼>を発動し、ユグドランηが無事に完成したか調べ始めた。
(・・・完成した。ユグドランηができた)
「味もみておこう」
鑑定結果はMPを回復すると出たので、ライトは鍋の中身をコップに少しだけ移して飲んでみた。
(これ、アセロラジュースじゃん!? どうしてこうなった!?)
ニブルヘイムではアセロラがまだ発見されていないので、ライトは感想をどうにか口に出さないようにした。
しかし、ライトの僅かな表情の動きから確信し、ヒルダとアンジェラは訊ねた。
「美味しかった?」
「美味しかったんですか?」
流石はライトをよく知る2人である。
ライトが言葉にせずともライトのを思考を読み取っていた。
そして、2人の顔には自分達も飲んでみたいと書いてあった。
それも当然である。
ユグドランηから甘い匂いがするのだから、飲んでみたいと思わないはずがない。
「ヒルダもアンジェラも一口ずつだよ」
コップに並々注いだら、それを一気に飲んでしまうと判断してライトは一口分ずつコップに注いで2人に渡した。
受け取ったヒルダとアンジェラはクイッとそれを飲み干した。
「ジュースだわ!」
「ジュースですね!」
「いや、ユグドランηだから。薬だからね? 常用するものじゃないんだよ?」
自分もジュースだと思ったが、これはあくまで
それを忘れないでほしいとライトは釘を刺した。
この日、ユグドランηは無事に完成したが、ヒルダとアンジェラがライトに羨ましそうな目線を向けていたのは甘いもの好きな女性として仕方のないことだろう。
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