第390話 フッフッフ。今宵のヤールングレイプルは血に飢えてるよ

 11月2週目の火曜日、ライトとヒルダ、アンジェラ、イルミはダーインクラブ東部にある廃墟に来ていた。


 いや、もうここを廃墟と呼ぶのは相応しくないだろう。


 相応しい呼び名を与えるならば、闘技場コロシアムではないだろうか。


「お姉ちゃんが知らない間に、廃墟の見た目が随分と変わったんだね」


「まあね。今月の戦闘のために、約2年半かけてこの闘技場コロシアムを作ったんだ。まだ仕上げは残ってるけどね」


 闘技場コロシアムは廃墟にあった瓦礫等全てを排除したうえで建設された。


 この工事はライトが特殊個体ユニークによる被害を出さぬよう、必ずここで戦えるようにするための仕掛けがあった。


 それは、闘技場コロシアムの周辺に刻んだ陣だ。


 各領地の安全を確保するために張られた結界は、人海戦術で陣を刻んでそこに聖水を張り、【祈結界プレイバリア】を使うことで用意された。


 その仕組みを利用し、闘技場コロシアム周辺の地面を聖気でコーティングしてセーフティーロードを延長して繋ぐ。


 そして、闘技場コロシアムだけコーティングせずに放置する。


 するとどうなるか。


 瘴気が聖気で覆われた場所に留まらなくなり、闘技場コロシアム内部に周辺の瘴気全てが集結するようになる。


 この工事を行った理由は2つある。


 1つ目は、廃墟自体が瘴気の溜まりやすい場所だから、守護者ガーディアンにとって戦いやすい環境を整えるためだ。


 元の廃墟は遮蔽物が多く、守護者ガーディアン達が不意打ちを受けて怪我をするという報告が教会ダーインクラブ支部経由でライトに上げられた。


 ユグドランシリーズの生産体制が整ったことで、怪我をしても回復できるようになった守護者ガーディアンは多かったのだが、それは対症療法に過ぎない。


 廃墟をどうにかしなければ、守護者ガーディアンがその周辺で負傷しないリスクは減らない。


 それを解決しようとしたのが1つ目の理由だ。


 2つ目は、その日暮らしの者に仕事を用意するためである。


 この2年余りでダーインクラブの人口が増え、仕事を欲する者が現れ出した。


 定職に就くにもその数には限界があり、仕事にあぶれたものに仕事を与えないとその者達がダーインクラブを出て行ってしまう。


 闘技場コロシアムの建設とそこに繋がるセーフティーロードの延長という大仕事を公共事業とすることで、少なくとも2年は安定した実入りを得られるという訳だ。


 さて、ライトはこれから仕上げをするのだが、それは陣を起動させることである。


「ヒルダ、お願いできる?」


「任せて。【創水クリエイトウォーター】」


 ヒルダが技名を唱えることで、地面に刻まれた陣に沿って創り出された水が流れていく。


 水位が十分な高さまで上昇して安定すると、今度はライトの出番だ。


「【聖付与ホーリーエンチャント】【祈結界プレイバリア】」


 その瞬間、ダーインクラブと闘技場コロシアムを繋ぐ街道が神聖な光を放ち、みるみるうちに帯状に結界を張っていった。


 それだけにとどまらず、闘技場コロシアムを中心に半径2kmの地面が聖気でコーティングされた。


 周辺が聖気で覆われるのと同時に、今までそこにあった瘴気が闘技場コロシアムの中心に圧縮されていく。


 屋根がない闘技場コロシアムだから、瘴気はあっさりとその中心で濃度を上昇させてアンデッドを出現させた。


 ライト達がわざわざ4人でここに来たのは、陣を起動した時にネームドアンデッドが出現する可能性があったからだ。


 圧縮される瘴気の量を考えると、その可能性は十分にある。


 闘技場コロシアムの効果で、聖気に触れることを恐れてアンデッドが外に逃げ出すことはないが、ネームドアンデッドを放置する訳にもいくまい。


「旦那様、想定通り闘技場コロシアムの中心にアンデッドが現れたようです」


「そうみたいだね。行ってみよう」


 闘技場コロシアムの外にいたライト達は、アンデッドが現れたらしい闘技場コロシアムの中へと移動した。


 移動した先でライト達を待ち受けていたのは、かつて戦ったことがあるフランケンのケイジをスリムにした人間大のアンデッドだった。


 継ぎ接ぎだらけの灰色の体だが、引き締まっていて現役の格闘家と言ってもなんら遜色ない様子である。


 とりあえず、ライトは<神眼>でステータスを確認し始めた。



-----------------------------------------

名前:ヴィクター 種族:フランケンファイター

年齢:なし 性別:雄 Lv:60

-----------------------------------------

HP:8,000/8,000

MP:4,000/4,000

STR:4,000

VIT:4,000

DEX:1,000

AGI:2,000

INT:0

LUK:500

-----------------------------------------

称号:なし

二つ名:なし

職業:なし

スキル:<格闘術><呪闘気カースオーラ><呪叫カースロア

    <剛力><鉄壁><物理攻撃耐性>

装備:なし

備考:なし

-----------------------------------------



 (素手喧嘩ステゴロ上等って感じだね)


 極端な物理特化である能力値とスキルから、ライトはヴィクターをそのように評価した。


「ライト、ここはお姉ちゃんのターンだよね。そうだよね?」


 見るからに近接格闘特化のヴィクターに対し、イルミは目を輝かせている。


「LV60ならイルミ姉ちゃんだけでやれるかな? ネームドアンデッドだけどやれる?」


「やれる!」


「じゃあ、簡単に説明するよ。名前はヴィクター。<剛力>と<鉄壁>、<物理攻撃耐性>持ち。ステータスも物理特化だよ。<格闘術>に瘴気を付与できるスキルがある。咆哮には気を付けて」


「わかった!」


「ライト、私達は見学で良いの?」


「良いんじゃないかな。ヴィクターぐらいならイルミ姉ちゃんだけでも倒せるはずだし、本人がソロでやりたがってるから」


「そっか。じゃあ見学しましょう」


 イルミだけに任せて良いのか訊ねたヒルダだったが、ライトの説明を聞いて加勢は不要だと判断した。


「行ってきまーす!」


「「行ってらっしゃい」」


「行ってらっしゃいませ」


 ライト達に見送られ、イルミはヴィクターの前に移動した。


「フッフッフ。今宵のヤールングレイプルは血に飢えてるよ」


 (まだ昼なんだけどツッコんじゃ駄目かな?)


 イルミの発言にツッコみたくなったライトだが、そうすることでイルミの集中を途切れさせてしまうかもしれないと思って自重した。


 そんなイルミに対し、ヴィクターは動き始めた。


「フンガァ!」


 ヴィクターが放ったのは、<呪闘気カースオーラ>で強化済みの【突撃正拳ブリッツストレート】だった。


「良いね! 【輝闘気シャイニングオーラ】【聖拳ホーリーフィスト】」


 イルミには避けるつもりがなかった。


 ヴィクターの力を自分の力で捻じ伏せてやるという気しか感じられないのだ。


 実際、ヴィクターに対して後出しでイルミの全身が輝き、そのまま強化されたイルミの拳がヴィクターの突き出した拳とぶつかった。


 一瞬だけ力が拮抗したようだったが、イルミが力を加えただけでヴィクターは拳から後方に吹き飛ばされた。


「ガァッ!?」


「ヘイヘイヘーイ! 【輝脚刀シャイニングレッグナイフ】」


 吹き飛ばされているヴィクターに対し、イルミは追い打ちを忘れない。


 ヴィクターは咄嗟に<呪闘気カースオーラ>で全身に瘴気を纏い、<鉄壁>でVITを強化してイルミの攻撃に耐えようとした。


 しかし、地面に着地していないせいで踏ん張ることができず、イルミの攻撃を弾き返すまでには至らなかった。


「え~、その程度なの~?」


 がっかりした表情のイルミを見て、体勢を立て直したヴィクターは吠えた。


「フンガァァァァァッ!」


 <呪叫カースロア>を発動して瘴気を拡散させるが、イルミは慌てずに対処する。


「【輝闘気シャイニングオーラ】【輝拳乱射シャイニングガトリング】」


 纏わせる聖気の量を増やした状態で、イルミが拳から聖気の散弾を放った。


 すると、拡散した瘴気がイルミの攻撃によってあっさりと塗り潰されていった。


「フンガァ!?」


 流石に自分の攻撃が全く通用しないとは思っていなかったらしく、ヴィクターは驚いて固まってしまった。


 その隙を見逃すはずがなく、イルミはヴィクターと距離を詰めていた。


「これでおしまい! 【聖壊ホーリークラッシュ】」


 パァンと派手な音が聞こえるのと同時に、ヴィクターの体が弾け飛んだ。


 肉片はすぐに光の粒子へと変わっていき、ヴィクターが立っていた場所には魔石とベルトがドロップした。


「ライト~、お姉ちゃん勝った~!」


「見てたからわかってる! 【範囲浄化エリアクリーン】」


 闘技場コロシアムごとまとめて浄化すると、ライト達はイルミに合流した。


 イルミは魔石とベルトを回収し、ベルトをライトに差し出した。


「調べて」


「わかった」


 (ヘイトベルト。戦闘狂垂涎の呪武器カースウエポンか)


「どうだった?」


「ヘイトベルトって名前で、効果は装備するだけでアンデッドのヘイトを一気に稼げるんだって。デメリットは装備した状態で敵の攻撃によって最大HPの半分を失った時、戦闘が終わるまで一切の回復ができないこと」


「経験値稼ぎにはもってこいだけど、強敵に群れられたらしんどいね」


「そうだね。少なくとも月食期間中に装備するのは自殺行為じゃないかな」


「う~ん、それならライトが今は預かっといて」


「了解」


 今月使うにはハイリスクな呪武器カースウエポンだったので、イルミはライトに保管を依頼した。


 その後、追加でアンデッドが現れることもなかったのでライト達はダーインクラブに帰った。


 屋敷に戻ってすぐ、ライトは廃墟が闘技場コロシアムに名称を変えて仕様が変わったことを宣言し、守護者ガーディアン達は腕試しに闘技場コロシアムへと乗り込むのだった。

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