第374話 やはり仕掛けてきましたか。鏖殺です

 水曜日の午後、ライトはヒルダ、ジェシカ、アルバス、イルミと共にアンジェラの操縦する蜥蜴車リザードカーでセイントジョーカー北西部に来ていた。


 <神眼>により、ライト達がやって来たこの場所がノーフェイスの居場所だとわかったからだ。


 ジェシカとアルバスも、イルミ経由でライトから呪信旅団を征伐する旨の手紙を受け取ると用意を整えてダーインクラブに集結した。


 ジェシカにとっては、極東戦争とエフェン戦争で勝敗は1回ずつだから、今回の征伐で勝って終わりにしてみせると気合が入っている。


 アルバスもノーフェイスと戦って逃げ帰ることしかできなかったから、今回はリベンジするチャンスが来たと気合が入っている。


 イルミにもアルバスと同じ理由があり、ライトから参戦してくれと頼まれなくても勝手に参戦する気でいた。


 手綱を握れるという意味では、ライトがイルミにも征伐に参加するように声をかけたのは正解だった。


 仮にイルミが勝手に参加したとして、好き勝手に動かれたらライトにとって不利益なことが起きるかもしれない。


 そう考えれば最初から声をかけておき、自分達の征伐を邪魔させず戦力とした方が良いに決まっている。


 それはともかく、ライト達が今いる場所には何もなかった。


 到着したのに何もなかったため、降車したイルミは状況を理解できずに首を傾げた。


「ライト、ノーフェイスどこ? お姉ちゃんにもわかるように教えて」


「ノーフェイスが拠点を堂々と構えるはずがないでしょ? イルミも少しは考えなよ」


 ライトが答えるよりも先に、ヒルダがやれやれと首を横に振りながらイルミに対してここに何もないように見える理由を説明した。


「ヒルダの言う通りだよ。アンジェラ、どこに入口があるかわかる?」


「・・・あそこですね。かなり丁寧に作業されていますが、人の手が加わった痕跡があります」


 <神眼>を使って調べることもできるが、既にここは敵地だ。


 それゆえ、どこからかノーフェイスに様子を探られている可能性を考慮し、ライトは<神眼>ではなく暗殺者アサシンのアンジェラに拠点の入口がどこにあるかと訊ねた。


 アンジェラ程の暗殺者アサシンならば、敵から身を隠そうとする工作を見破るのも容易い。


 あっさりと怪しい場所を指摘してみせた。


 アンジェラが指差した場所は、一見して程良く雑草が生えた地面のように見えた。


「そこだね! よし、行こう!」


「ストップ」


 元気に突撃しそうだったイルミの手首をつかみ、ライトは待ったをかけた。


「どうしたのさ? お姉ちゃん達これから突撃するんでしょ?」


「初見殺しの罠があったらどうすんの? ちょっと待ってて」


 イルミをおとなしくさせると、ライトは<道具箱アイテムボックス>から適当なサイズの石を取り出し、放物線を描くようにして投げた。


「【聖半球ホーリードーム】」


 何かしらの反撃があっても被害を出さないように、ライトは石が地面に落ちる前に光のドームを展開して備えた。


 慎重過ぎやしないかと思うかもしれないが、次の瞬間にはそうして正解だったとその場にいる全員が思った。


 何故なら、石が地面に触れた瞬間に爆発が生じて瘴気が辺り一帯を包み込んだからだ。


「お姉ちゃんが間違ってたよ。ライト、ごめんね」


「素直でよろしい。【範囲浄化エリアクリーン】」


 自分が考えなしに進んだ結果、どういう惨事になるか理解できたイルミは謝った。


 イルミが素直に謝ったから、ライトも謝罪を受け入れて自分達が先に進めるように処理した。


 辺り一帯の空気が浄化されると視界も回復した。


 そこには、マンホールの蓋を外した時に見える光景が広がっていた。


 片側の壁に梯子があるだけで地下へと筒状に穴が続いており、壁は見るからに頑丈な石でできていた。


 少し様子を見たが、何も起こらなかったことから入口について何か続けて起こることはないだろうとライト達は判断した。


 だが、ライトよりも用心深くなっている者がいた。


 ジェシカである。


「ライト君、私はここに待機することにします。もしかすると、全員が突入した後に移動手段を潰しに来るかもしれません」


「残るのでしたら、私が残りますが」


「アンジェラさんは侵入に欠かせません。私が残った方が良いでしょう」


 ノーフェイスと戦えるのはライトだけだろうから、ライトが残るのはもってのほかだ。


 ヒルダもライトの妻である以前にライトの剣なので、ライトから離す訳にはいかない。


 アルバスとイルミは守備よりも攻撃の方が向いている。


 イルミの場合はクローバーの護衛経験があるとはいえ、1人だけ残しておけば何をしでかすかわからない。


 そうなれば、自分がこの場に残るべきだと言うジェシカの判断は妥当だろう。


「・・・一理ありますね。雑魚モブアンデッドならば結界車がありますから近寄れませんけど、ノーフェイスが何か仕掛けてる可能性はあります。勝っても撤退することになっても移動手段が必要なのは変わりませんから、お願いしても良いですか?」


「任せて下さい。その代わり、私の代わりにキツい一撃をノーフェイスに喰らわせてもらえますか?」


「わかりました。では、行ってきます」


「ええ。行ってらっしゃい」


 先頭にアンジェラ、次にライト、ヒルダ、イルミ、アルバスの順番でライト達は梯子を下りて行った。


 それを見送ったジェシカにレックスが近づく。


「グルゥ」


「そうですね。私1人だけではありませんでした。私が危なくなったら援護は任せます」


「グルゥ♪」


 自分も仲間としてカウントされたことが嬉しかったようで、ジェシカに首を撫でられたレックスは頑張ろうと鳴いた。


 その時だった。


 ジェシカとレックスの視界に押し寄せるアンデッドの大群が映った。


「やはり仕掛けてきましたか。鏖殺です」


 自分達のいる場所に向かって来るアンデッドの様子から、これは入口を見抜いたことで作動する罠だろうと結論付け、ジェシカはレックスから離れてリジルを構えた。


 アンデッドの大群だが、フレッシュゴーレムとスカルウルフ、ミスト、ロッテンボアで構成されているらしい。


 結界車があるから近づけないかもしれないが、呪信旅団によって呼び寄せられたアンデッド達が逃走防止のためだけに現れたとは考えにくい。


 それゆえ、ジェシカは早速攻撃を始めた。


「【輝斬撃巣シャイニングスラッシュネスト】」


 遠距離からでも攻撃できる技を放つと、先頭にいたスカルボアとロッテンボア達が豆腐でも切るかのようにあっさりと切断された。


 ここに来るまでの道中で、ライトから支給されたユグドランεを飲んでおり、僅かではあるもののしっかりとSTRが上昇しており、レベルアップしてから伸びずにいた技の威力は上がっていた。


「どんどん行きますよ。【輝斬撃巣シャイニングスラッシュネスト】」


 先程の攻撃では宙を漂うミストの数を減らせなかったので、ジェシカは2撃目を前方空中目掛けて放った。


 ただ集まって来るだけのミストでは、聖気を纏った斬撃の乱れ撃ちに耐えられるはずもなく、一瞬で魔石と化した。


 残るは大群の中で行軍速度の遅いフレッシュゴーレムだけだ。


 数も3体しかいないので、ネームドアンデッドでもない限り脅威にはなり得ない。


「順番に潰しに行きますか」


 フレッシュゴーレム3体は横並びではあるものの、距離がそこそこ離れているので【輝斬撃巣シャイニングスラッシュネスト】1回で倒すのは難しい。


 そう考えたジェシカは、左側にいるフレッシュゴーレムから1体ずつ倒すために距離を詰めた。


「【輝蜂巣シャイニングネスト】」


 体が蜂の巣のように穴だらけになると、1体目のフレッシュゴーレムの体が光の粒子となって消えた。


「次。【輝蜂巣シャイニングネスト】」


 ただではやられまいと2体目のフレッシュゴーレムがジェシカに拳を繰り出すが、ジェシカは冷静に躱してフレッシュゴーレムを倒して魔石に変えた。


 最後の1体については、2体目がやられた時には既にジェシカを倒そうと行動に動いており、両腕を縦に回して突撃した。


 俗に言うグルグルパンチである。


「【輝昇突シャイニングジャンパー】【輝降突シャイニングダウン】」


 グルグルパンチするフレッシュゴーレムと一気に距離を詰めると、ジェシカは跳躍しながら突きを放つ。


 大振りなグルグルパンチには隙が大きく、ジェシカからすれば距離を詰めることは大した問題にもならなかった。


 空中に飛び上がったジェシカは、その勢いが止まる前に前方宙返りの要領で体の向きを変え、地面にフレッシュゴーレムを串刺しにするようにリジルを操った。


 突き刺されたダメージと落下ダメージによって残っていたHPも全損すると、フレッシュゴーレムの体は魔石をドロップして消えた。


「・・・後続はいませんか。これは戦力分断が狙いだったようですね」


 周囲に追加で敵が現れないことを確認すると、ジェシカは小さく息を吐いた。


 倒すこと自体は容易くとも、1人は必ず入口付近に待機させねばならない。


 一度敵が大群で現れた以上、もう一度来ないと断言することはできない。


 そう考えると、アンデッドの大群をどうにかできる戦力が拠点に入れなくなるのだからこれが狙いだと考えるのが妥当である。


 ノーフェイスの掌の上で踊らされている不快感はあったが、ジェシカは首をブルッと振るって気を取り直し、魔石の回収を始めた。

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