第372話 伯母さん嫌いって言われちゃうよ?

 4月3週目の土曜日、ライトが執務室で手紙を書き終えたタイミングでアンジェラがノックして室内に入って来た。


「旦那様、失礼いたします。今月のダーインクラブ調査報告書をお持ちしました」


「ありがとう。掻い摘んで内容を教えて」


「かしこまりました。まず、死亡者数は先月は13人でした。いずれも老衰による死亡で、アンデッド絡みで死亡した者はおりません」


「老衰か。それはどうしようもないな。守護者ガーディアンのランク制度はしっかり機能してるようだね」


「はい。実力に見合わない依頼を受ける守護者ガーディアンがいなくなり、仮に実力に見合わない敵と遭遇してしまった時は情報を持ち帰ることを優先するように教会が徹底させてます。ランク制度の効果はあると言えるでしょう」


「それは良かった。ユグドランζも徐々に流通し始めたから、そっちも効果があったのかな?」


「おっしゃる通りです。怪我の治療をその場でできるようになったことで、ランク制度と併せて死亡率の低下に繋がってるようです」


 ランク制度が導入されてから半年以上経過し、導入前後の守護者ガーディアンの死亡率を比較すると確実に導入後の死亡率が低下している。


 それに加え、アンジェラが教会支部で耳にした話からライトがユグドランζを作り、ケニーの手を借りて徐々に増産されたことで今となっては多くの守護者ガーディアンが買えるようになった。


 これも守護者ガーディアンの死亡率低下の一助となり、今に至るという訳だ。


「そっか。じゃあ、死亡率低下については順調だね。次は出生率について教えて」


「承知しました。こちらは今月も前月比5%UPとなっております」


「こっちも順調か。衣食住、医療、雇用で問題視されてることはなかった?」


「今のところ問題ございません。どれも水準が上がっており、領民からの不平不満の声は上がっておりませんね」


 領民の生活水準が上がれば、ダーインクラブの出生率は当然ながら上がる。


 子供を産めるだけの環境が整い、貯蓄も十分ならば子供を欲しがる夫婦が増えるのも当然だ。


 ライトの領主としての目標は、ダーインクラブの人口を増やすことだ。


 しかも、移民に頼ることなくダーインクラブの人口を増やす必要がある。


 別の領地から移民が増えても、移動元の領地で人口が減れば国内の人口は増えないから意味がない。


 人口の純増を目指すならば、国内の死亡率を低下させて出生率を上げる必要がある。


 ダーインクラブがモデルケースになれば、他の公爵家の領地でも実践され、やがては国内全土で実践される。


 そこまでに至れば、ライトはヘルの役割期待の半分は達成できる。


 残りの半分は、人類がライトに頼らずともアンデッドを狩れるようになることだ。


 現状でもジェシカ達がライトの手を借りずに特殊個体ユニークを倒せたことから、進展がない訳ではない。


 守護者ガーディアンのランク制度で守護者ガーディアンが実力を付けてくれれば十分実現可能だと言えよう。


 そう考えると、ライトには手を出すべき問題があった。


 呪信旅団の殲滅、正確にはその指導者であるノーフェイスの討伐だ。


 呪信旅団はユミル家当主のノーフェイスさえどうにかすれば、存在意義がなくなって瓦解する。


 エフェン戦争で団員の大半が討伐され、残る二つ名持ちは爺、もしくは拳執事クロードと呼ばれる老人と死使ネクロムだけだ。


 この2人を倒せば、ノーフェイスと戦うことを邪魔する者はいない。


「よし。だったら、この手紙を書いといて正解だったよ」


「手紙ですか? どなたに宛てたものでしょうか?」


「アルバスとイルミ姉ちゃん、それにジェシカさんだよ」


「・・・いよいよ呪信旅団の討伐に踏み切るんですね?」


 誰への手紙か聞いたことで、アンジェラはライトが何をするつもりか理解した。


 ライトが1を言えば10を理解する。


 それがライト専属のメイド、アンジェラである。


「その通り。ヘル様のおかげで、僕の<鑑定>が<神眼>に上書きされたのは説明したと思う。このスキルには、探す対象の位置がどこにあるか教えてくれる効果がある。ノーフェイスがどこに潜んでようが、絶対に探し出して追い詰められるよ」


「ヘル様にご助力いただいた以上、今回の戦いは征伐なのですね」


「うん。今この時から本格的に旅団征伐に向けて動く。アンジェラ、この手紙を送ってもらえる?」


「かしこまりました。直ちに送るようにいたします」


 アンジェラが頭を下げた時、執務室のドアをノックする音が聞こえた。


「ライ君~、お客様が来たよ~」


「誰が来たの?」


 ライトが訊ねた瞬間、執務室のドアが勢い良く開けられた。


「お姉ちゃんが来た!」


「マナーはどこに置いて来たの、マナーは?」


「こ、細かいことを気にしちゃ駄目だよ。お姉ちゃん、久し振りに実家に来たんだし、大目に見てくれても良いと思うの」


 ジト目を向けられたイルミは、久し振りに実家に帰って来てテンションが上がり、マナーガン無視でやらかしたことに気づいた。


 ライトにこれ以上怒らないでと態度で訴えるイルミに対し、ライトは大きく息を吐いた。


「頼むから、トールやエイルの前で恥ずかしい真似はしないでね? 伯母さんなんだからさ」


「お姉ちゃん、甥姪の前ではしっかりしてるって定評あるから大丈夫」


「誰に?」


「アルバス君」


「はい、アウトー」


「そんなぁ」


 身内、しかもイルミ全肯定のアルバスの評価程当てにならないものはない。


 それゆえ、ライトは即座にアウト判定を突き付けた。


「それよりも、今日はなんでここに? 来るなんて聞いてないけど? アルバスは一緒に来てるの?」


「アルバス君はアザゼルノブルスにいるよ。そんなことよりライト、お姉ちゃんに隠し事してるでしょ? 白状して」


「隠し事・・・? なんのこと?」


 心当たりがなかったライトは、イルミの言い分に首を傾げた。


「とぼけても無駄だよ。お姉ちゃん知ってるんだからね。ライトがお姉ちゃんの食べたことのない美味しい食材を手に入れて食べたってことを」


「ん? どれのこと?」


 イルミがダーインクラブを出てから今日までの間、色々な料理を食べていたのでライトはイルミがどれを指しているのかわからなかった。


「どれ・・・だって・・・? ま、まさか、お姉ちゃんの食べたことない美味しい物をいっぱい食べたの!?」


「いや、アルバスと結婚したんだから、イルミ姉ちゃんに新しい料理を作る度に1つずつ紹介とかしないよ?」


「そ、その件については継続して教えてほしいの。でも、今日ここに来たのはそう、お米の話を聞いたからだよ!」


 (田植えの話がアザゼルノブルスに? 情報届くの早くない?)


 イルミにいよいよ米の存在がバレたかと思うと、ライトは苦笑するしかなかった。


 田植えを済ませたのは1週間前で、今年はダーイン公爵家以外でも米を食べれるようにとライトが選定した農家に稲を試験的に植えてもらうことにした。


 米の生産が進めば、小麦や芋、トウモロコシに次ぐ主食が流通することになる。


 ライトが選定した農家には、錬金魔法陣で用意した稲の苗を渡しており、ダーイン公爵家は去年の収穫時にキープしていた稲の苗を植えている。


 ということで、イルミが稲の苗を欲しいと強請った場合、新たに錬金魔法陣で用意しなければならない。


 ライトからすれば、稲の代わりに大量のウィークが必要になるので用意するのは面倒だと思っている。


 それが理由でライトは手短にこの話題を終わらせることにした。


「今あげられるお米はない。以上」


「なんでぇぇぇっ!?」


「食べたからに決まってるじゃん」


「でもでも、ライトのことだから<道具箱アイテムボックス>の中にすぐ食べられるように料理した物をストックしてるでしょ?」


 (チッ、食べ物に関することだけ無駄に鋭い)


「非常食だから渡せないよ」


「そこをなんとか!」


「ならないって。トールだって楽しみにしてるんだ。まさか、イルミ姉ちゃんはトールの好きな食べ物を取らないよね?」


「ぐぬぬ・・・」


 理性と食欲の狭間で揺られてイルミは唸った。


 これはあと一押しでおとなしくなると判断し、ライトはダメ押しした。


「伯母さん嫌いって言われちゃうよ?」


「・・・今日は我慢する。でも、お姉ちゃんはお米を食べることを諦めた訳じゃないからね」


 (米に対する執着が日本人の僕並なんだよなぁ)


 そんなことを思いつつ、ライトは真面目な表情になって話題を変えた。


「それよりもイルミ姉ちゃん、大事な話があるんだ。アルバスに手紙を渡して。それと、帰り道にドゥネイルスペードを経由するだろうから、ジェシカさんにも手紙を渡してほしい。呪信旅団関係の話だよ」


「わかった」


 呪信旅団と言う言葉を聞くと、米が食べたいとごねていたイルミの表情が真剣なものになった。


 手紙の内容を説明されると、イルミも旅団征伐に参加することを表明した。


 アンジェラが持っていた手紙を受け取ると、イルミは手紙を届けるためにすぐに屋敷を出発した。

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