第370話 構いません。私は借りを返しただけに過ぎませんから

 夕方、ダーインクラブの屋敷の応接室にはライトとパーシー、ジェシカの3人が揃っていた。


 アンジェラも部屋の隅に待機しているが、用事を申し付けられるまでは壁の花になっているつもりらしい。


 集まった理由は、2ヶ所で行われていた特殊個体ユニーク戦の報告会を開くためだ。


「ライト、ジェシカちゃん、まずはお疲れ様」


「「お疲れ様です」」


「両方とも目立った外傷を受けた者はおらず、無事に討伐できたってことで良いかな?」


「はい」


「大丈夫です」


 会の進行は教皇のパーシーが担い、ライトとジェシカが訊かれたことに答えた。


「じゃあ、ライトから倒した特殊個体ユニークの共有を初めて」


「わかりました」


 ライトがリビングミノスについて説明すると、ジェシカの顔が引き攣った。


「聞いた限りでの感想ですが、私達が討伐した特殊個体ユニークよりも格上ですね」


「そうなんですか? ちなみに、ジェシカさんはどんな特殊個体ユニークと戦ったんでしょうか?」


「私達が戦ったのは、リビングエリートよりも少し豪華な鎧の上半身と鎧で覆われた馬の下半身が接合したアンデッドです。<鑑定>持ちがいなかったので、種族名もレベルもわかりません」


「僕達が倒したのがリビングミノスでしたから、リビングケンタウロス、いや、リビングタウロスと呼ぶのが妥当でしょうか」


「リビングタウロス・・・。どうしてかわかりませんがしっくりくる響きですね。呼び名がないと困りますから、これからはリビングタウロスと呼ぶことにします」


 ライトが思い付きでリビングタウロスの名前を当てると、ジェシカはその名を読んでみて納得がいったらしく頷いた。


 報告を残す上で、討伐したアンデッドの名前がないのは締まらない。


 それが特殊個体ユニークだとしたら尚更である。


「僕の方もジェシカさんの方も、ニブルヘイムに存在しない動物を象ったアンデッドが現れたようですね。他の共通点で言えば、特殊個体ユニークがリビングアーマーの上位種で、取り巻きにそれらがいたところでしょう」


「もしも今日の戦いを後世に記録として残すのならば、差し詰め鎧の饗宴でしょうか。もっとも、もてなす方ももてなされる方もる気満々でしたが」


「良いんじゃないかな、鎧の饗宴。そのフレーズは戦勝報告のスピーチに使わせてもらうよ」


 ジェシカのネーミングセンスが気に入ったようで、パーシーは国内全体に向けた戦勝報告の際に今回の月食で起きた2つの戦いを鎧の饗宴とすることに決めた。


「その呼び名で良ければぜひ使って下さい。ところで、ライト君に調べてほしい物があるのですが構いませんか?」


「良いですよ。なんでしょうか?」


「こちらです。リビングタウロスが使っていたメイスなんですが、聖水を浴びたことで聖銀ミスリル製の呪武器カースウエポンになったみたいなんです」


 そう言いながら、ジェシカは浄化石の箱から銀色のメイスを取り出した。


 そのメイスの先端にはリビングタウロスのヘルムと思しきものが付いており、軸の部分には鎧をイメージした赤い線が浮かび上がっていた。


「このヘルムがリビングタウロスの頭部ですか?」


「その通りです。元々はトロフィーが付いたメイスでした」


「わかりました。では、調べてみますね」


「お願いします」


 (ホヴズ。これも北欧神話の武器だけど、こっちじゃメイスなのか)


 ライトが知っている北欧神話では、ホヴズは剣として取り上げられていた。


 しかし、ライトが<神眼>で調べたホヴズはメイスだった。


 その効果は、ホヴズで攻撃した相手に30%の確率で暗闇と幻聴の状態異常を与えるというものだ。


 暗闇とは視界が真っ暗になることで、幻聴は本来聞こえるべき音が聞こえず聞こえないはずの音が聞こえる状態異常である。


 効果だけを要約するならば、ホヴズで殴られるとお化け屋敷を体感する可能性があると言ったところだろうか。


 その代償として、使用者自身の感覚が過敏になる。


 視覚や聴覚が鋭くなるせいで精神的に疲れやすくなるし、熱湯や氷水に触れた時に今まで以上に反応する羽目になる訳だ。


 デメリットの弊害は厳しくはないものの、地味に嫌なところを突いて来ると言えよう。


 ライトがホヴズの効果とデメリットを説明をしたら、ジェシカは悪くないと微笑んだ。


「デメリットとしては許容範囲でしょう。鈍感な人が使えたなら、感覚が一般人並みになると言うことですからね」


「そうですね。元々鈍感な人であれば、実質デメリットなしで使える呪武器カースウエポンと言っても過言じゃないです」


「調べて下さってありがとうございました。それと、これなんですが思念玉というんですかね? イルミの説明では要領を得ないので、ライト君に説明していただきたいのですが」


「わかりました。ちなみに、イルミ姉ちゃんはなんと説明しましたか?」


「イルミの言葉をそのまま伝えますと、ダーインスレイヴに吸収されたすっごい玉だと言われました」


「・・・イルミ姉ちゃんがすみません」


「いえ、元々イルミに細かい説明は期待してませんから」


 ライトも同感なので、ジェシカの言い分を聞いて大きく息を吐いた。


「思念玉ですが、一部の聖銀ミスリル製の呪武器カースウエポンを強化できる道具アイテムです」


「その一部にダーインスレイヴが含まれるんですね?」


「正解です。後はヒルダのグラム、アンジェラのグングニル、父様のティルフィングです。強化できる呪武器カースウエポンとそうでない物の見分け方は、宝玉の有無だと思って下さい」


 ライトにそう言われ、ジェシカはライトのダーインスレイヴとパーシーのティルフィングを順番に見た。


「確かにリジルにはない宝玉がありますね。思念玉が使える使えないの違いはどういったものでしょうか?」


「ヘル様から聞いた話では、聖銀ミスリル製の呪武器カースウエポンに込められた思念の深度の違いが、思念玉を使えるかどうかの違いを生むそうです」


「思念の深度、ですか? 新しい概念ですね。詳しく訊ねても構いませんか?」


「勿論です。呪武器カースウエポンって根幹を突き詰めると生物の思念が影響した物なんですが、呪武器カースウエポンをドロップするアンデッドはどうやって発生するでしょうか?」


「死んだ生物の負の感情が瘴気と融合して発生するのがアンデッドです。そして、アンデッドが強い負の感情を抱いたまま倒れると、近くにある武器が呪武器カースウエポンになるか、呪武器カースウエポンがドロップするという認識です」


「その通りです。先程話していただいた負の感情とは、思念の1つなんです。例えば、他者への復讐心を糧に努力することも、他者を見返してやると思う悔しさを糧に努力することも思念をエネルギーに行動するという点では同じですよね?」


 そこまで聞くと、ジェシカは皆まで言わなくても大丈夫だと頷いた。


「つまり、ダーインスレイヴ等の呪武器カースウエポンには多くの人の思念が込められており、それが他の聖銀ミスリル製の呪武器カースウエポンとは違うということですね」


「理解が早くて助かります。グラムが4つの呪武器カースウエポンを1つに融合した結果と言えば、思念の深度の差もおわかりいただけると思います」


「4つですか・・・。それでは私のリジルやここにあるホヴズ、イルミや愚弟の聖銀ミスリル製の呪武器カースウエポン単体では足りません」


「残念ですがそうなります」


 ライトの説明を聞き終えると、ジェシカは少し考えてから決断した。


「借りを返す時が来ました。ライト君、こちらの思念玉はお譲りします」


「良いんですか?」


「ええ。私が持ってても宝の持ち腐れのようですし、愚弟とイルミ、スカジさんから思念玉の処分を任されてますから。ライト君に差し上げることで、遅くなったEウイルスの時の借りを返させて下さい」


 ライトはジェシカから思念玉を受け取ると、アンジェラの方を向いた。


「わかりました。いただきます。アンジェラ、こっちに来て」


「かしこまりました」


 アンジェラはこの後の展開を察してライト達に近寄った。


「グングニルを強化するから出して」


「承知しました」


 アンジェラがグングニルの宝玉をライトに見えやすい位置に固定すると、ライトは思念玉をそこに近づけて吸収させた。


 すぐにライトが<神眼>を発動し、グングニルの何が強化されたか確かめ始めた。


 すると、グングニルには新たにLUKが1.5倍になる効果が追加されていた。


 ライトがアンジェラに追加された効果の説明をすると、ジェシカが感心したように頷いた。


「こうやって強化されるんですね」


「はい。アンジェラ、ジェシカさんにお礼を言って」


「ジェシカ様、ありがとうございました。これでまた旦那様のお役に立てる機会が増えることでしょう」


「構いません。私は借りを返しただけに過ぎませんから」


 こうして、鎧の饗宴に関する報告会は終了した。


 その後、ライトが前もって準備させていた晩餐会が開かれた。


 今までは別室にいたヒルダやトール、エリザベスも加わり、その夜は楽しいものになった。


 一方、同時刻のアザゼルノブルスではイルミが美食を食べ損ねた気がすると反応したがそれはまた別の話である。

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