第348話 アンジェラですね、わかります

 9月1週目の金曜日、ライトを訪ねてパーシーがやって来た。


「父様、お久し振りです」


「久し振りだね。この屋敷に着くまでに思ったけど、ダーインクラブは俺が運営してた頃よりも確実に活気があるよ。俺よりもライトの方が領主に向いてるんじゃないか?」


「そうですかね? そう言ってもらえると頑張ってる甲斐があります」


「いやいや大したものだよ本当に。それでだ、ダーインクラブの運営も好調なライトに知恵を借りたい」


 相手を煽ててその気にさせてから頼み事をする手法は、貴族の中でもメジャーなやり口だ。


 人によってはそれをすることで相手に不快感を与えるが、パーシーの場合は腹の中で企むことがないので不快感を与えることがない。


 だから、ライトも自然にパーシーの相談に乗っている。


「なんでしょうか?」


守護者ガーディアンの生還率を高める方法を思いつかないか?」


「それはまた大きな相談事ですね」


「まあね。ライトの死亡保険を導入することで、セイントジョーカーでも守護者ガーディアン達が死んだ後のことを気にせず戦えるようになった。でも、それはあくまで死んだ後にその家族の助けになるものだろ? 俺はそもそも死ぬ守護者ガーディアンの数を減らしたいんだ」


 パーシーの言うことはライトも常々思っていたことだった。


 死亡保険はあくまで被保険者の死亡時に効力が発生するのであって、そもそもの死亡率を減らすものではない。


 無論、死亡保険が制度化されたことで、見舞金という情勢によって支払額が変動する不安いっぱいの慣習は過去のものになり、衛兵や守護者ガーディアンも死亡保険を発案したライトに感謝している。


 衛兵や守護者ガーディアンが亡くなった時の備えができたのなら、今度は死なないように手を打つべきだ。


 そういう考えがあって、パーシーは忙しい中ライトを訪ねたのである。


「そうですね・・・。今までは管轄外だったから口出しできませんでしたが、父様が教会のトップなら試しても良いかもしれません」


「流石はライトだ。もう思いついたなんて。聞かせてくれ」


「わかりました。僕が考えたのは格付けです。貴族だって格がありますよね? 守護者ガーディアンにも格付けがあって然るべきではありませんか?」


「格付けか・・・。つまり、教会からこの依頼なら優れた格の守護者ガーディアンに発注できるという感じで依頼のレベルをコントロールするんだね?」


「その通りです」


 ライトが提案しているのは、よくゲームやラノベに乗っているようなランク制度である。


 例えば、剣と魔法の世界で冒険者ギルドなる組合があったとして、冒険者がランクで実力を区切られている。


 その実力により、依頼の受注権限を制限することで無駄死にを減らせるし、新入りが少しずつ力をつけていくこともできる。


 それをライトはニブルヘイムでも実現させようとしているのだ。


「具体案はあるのかい? 格付けするのか知りたい」


「F~A、その上にSランクの7段階に分けます。Fランクが見習い、Eランクが見習い卒業、Dランクが半人前、Cランクが一人前、Bランクが熟練者、Aランクが達人、Sランクが英雄というところでしょうか」


「ふむ・・・。確かにそれぐらい分けるべきか。ちなみに、どうすればランクが上がるとかも決めてるか?」


「依頼の達成率、その者の評判、実力で判断すれば良いのではないでしょうか」


 ライトがこの3つを取り上げたのは以下の理由からだ。


 依頼の達成率は、依頼を受注する者が自分に見合った依頼を探せるか、受注した仕事を責任をもって果たせるかがわかる。


 評判には日常のふるまいや人柄が映し出され、人格的に問題ないかがわかる。


 実力はレベルやスキル、技術だ。


 強さが伴っていない勇み足は無駄死にという結果を招くから、外す訳にはいくまい。


「良いじゃないか。依頼の達成率と評判の基準は置いとくとして、戦力はどう区分する? それぞれのランクが戦うのに妥当なアンデッドはどんな想定だい?」


「まずはCランクまでですが、Fランクはゾンビ系統の小動物、Eランクは骸骨系統の小動物、Dランクはゾンビ系統と骸骨系統の小動物以外の雑魚モブと幽体系アンデッドの雑魚モブ、Cランクはデスナイト1体です」


「デスナイト1体か。まああれを倒せれば確かに一人前だよね」


「でしょう? 続けますが、Bランクはデスナイト10体もしくはネームドアンデッド、亜種1体、Aランクはネームドアンデッドもしくは亜種5体以上、Sランクは4人以下で特殊個体ユニークでどうでしょうか? どの系統にも属さないアンデッドはひとまず抜きにしましたが」


「そう考えると、戦力だけで考えるとライトはSランクで俺はAランクだな」


「そうですね。Sランクを頂点とするならば、特殊個体ユニークぐらい倒せねば駄目だと思いますがどうでしょうか?」


 ネームドアンデッドや亜種と特殊個体ユニークの間には超えられない壁がある。


 ネームドアンデッドや亜種ならば、名前がついていないアンデッドが存在するから倒すための情報が質量を考慮しなければ蓄積されている。


 だから、レイドを組めば倒せないこともない。


 しかし、特殊個体ユニークは情報が全くない。


 遭遇して生還できる者はほとんどいないからだ。


 仮に情報を持ち帰った者がいたとしても、その確度は高くないものが大半だ。


 ライトのように、強者が<鑑定>を所持していない限り確度の高い情報が持ち帰られることはないと考えた方が妥当である。


 また、確度の高い有効な情報があったと仮定しても、それを活かせる実力がなければ情報が無駄になる。


 そう考えると、ライトの提案した線引きは妥当と言えよう。


「妥当だね。それにしても、区分が決められると改めてライトに追い越されたことを痛感したよ。俺は確かにAだ」


「僕だってヒルダやアンジェラがいなければ駄目です。<法術>にとどめ以外で僕単独の攻撃をできる技はありません。ヒルダ達が一緒に戦ってくれるからこそ、僕は特殊個体ユニークを倒せたんです」


「誰だって1人で特殊個体ユニークやネームドアンデッド、亜種を倒せたりはしないさ。とりあえず、Sランクはライトとヒルダちゃん、イルミ、アンジェラの4人か」


「あくまで実力面ですよ」


「何を言ってるんだ。依頼の達成率や評判も・・・、うん、評判も一部以外は大丈夫だ」


 評判という言葉を口にした瞬間、パーシーが言い淀んだ理由に気づいた。


「アンジェラですね、わかります」


 その瞬間、応接室のドアをノックする音がした。


「アンジェラです。お呼びでしょうか?」


「呼んでない。ハウス」


「突然の冷たい命令ありがとうございます!」


 (これだもんなぁ・・・)


 自分の名前を呼ばれた瞬間にやって来て、呼んでないと塩対応したら喜ぶ変態なのだから、評判の面でアンジェラが他3人よりも劣るのは否めない。


 だが、変態であることを除けば礼儀作法に問題はないし、人格に問題はない。


 本当にライト専用の変態じゃなければ、文句なしの評価である。


 大事なことだから2回言うレベルだ。


「まあ、依頼の達成率と実力が群を抜いてるからSランクだろ、アンジェラも」


「そうですね」


 パーシーが苦笑しながら言うと、ライトも同感なので頷いた。


「ちなみに、感覚で構わないけど、ライトの判断でAランクとBランクの境目は誰と誰だい?」


「僕が知る限りギリギリBランクなのがオットーで、逆にAランクにどうにか届いてるのがカタリナでしょうか」


「どっちもライトの同級生だね。なるほど、確かにオットー君はBランクだ。だが、それは無謀な挑戦をしないがゆえの結果だね。逆にカタリナさんの場合は、死霊魔術師ネクロマンサーとして使役するアンデッドを考慮しての判断かな?」


「おっしゃる通りです。とは言え、オットーも機会さえあればAランクになれると思いますが」


 ライトの身近な人を脳内で分けると、AランクとBランクは次のようになっている。


 Aランクは4公爵家当主とアルバス、ローランド、ヘレン、カタリナ。


 Bランクはアザゼル辺境伯家を除く3辺境伯家とオットー、ザック、エルザ、アーマ、ソフィア。


 余談だが、ライトの中でノーフェイスはSランクだ。


 極東戦争でイルミが勝てないと判断して撤退したことから考えると、それが妥当だと考えられる。


「俺もそう思う。よし、後は依頼の達成率と評判だ。ここでまとめちゃって、セイントジョーカーに戻ったらすぐに全国展開するよ」


「わかりました。ランク制度の公開はお任せします」


 その後、ライトとパーシーは小一時間程話し合ってランク制度の内容がまとまった。

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