第349話 大丈夫。策はあるよ

 9月2週目の火曜日、パーシーから全国の教会所属の守護者にランク制度を導入することが宣言された。


 新しい制度ということで守護者ガーディアン達の関心は高かった。


 だが、パーシーが参考として各領地ごとのBランク、Aランク、Sランク守護者ガーディアンも発表したことで、どの領地にどれだけの戦力が集まっているのかがわかった。


 そうなると、現在4人しかいないSランク守護者ガーディアンが3人もいるダーインクラブは保有戦力が圧倒的である。


 それに加えて、Aランクのカタリナもいることから戦力過多とも言える。


 もっとも、教会ダーインクラブ支部としてはカタリナがライトのお抱えという認識なので、いざという時にライトを通さずに依頼ができる守護者ガーディアンが欲しいところなのだが。


 それはさておき、このランク制度導入の知らせを聞いて、ダーインクラブは賑わっていた。


 自分の住む領地は安全だとわかれば、機嫌が良い人も増えて財布の紐も緩む。


 元々景気は悪くなかったが、ランク制度導入によって突発的に景気が良くなっている真っ最中である。


 この流れを商人として逃してはおけないと、クロエが屋敷にやって来た。


 今日は諜報部隊としてではなく、商人マーチャントとしてライトを訪ねている。


「ライト様、このビッグウェーブに乗りましょう」


「何かしたいの?」


「はい。時期も丁度収穫の季節に入りましたし、収穫祭を開いてはいかがでしょうか?」


「祭りか。良いね、開催しよう」


「即断ですね」


「別に渋る理由はないからね。景気が良くなるし、領民達も楽しめるなら一石二鳥だ」


 ライトはニブルヘイムに転生してから、本格的な祭りがないと常々思っていた。


 新年を祝う祭りは既にあるが、それも地球の祭りを知っているライトからすれば物足りないものだった。


 それならば、ここで本格的な祭りを導入しても良いだろうと考えた。


「ありがとうございます。一応、私の方で企画書を持参しましたので見ていただけますか?」


「わかった。見せてもらうよ」


 クロエがカバンから取り出した企画書を受け取ると、ライトはそれを早速読み始めた。


 飲食店は歩き食いできる商品の発売し、各種商店では色々と買い物が楽しめる企画となっていたが、ライトからすれば物足りない。


「クロエ、悪くはないけど足りない要素がある」


「足りない要素ですか? なんでしょう?」


「娯楽だよ。こういう祭りの時だからこそ、日常を忘れて楽しまなきゃ勿体ないと思わない?」


「なるほど。では、フレイさんの舞台でも開きますか?」


「それも良いね。後は、簡単にできる遊びがあると良いね。例えばこれとか」


 ライトはそう言うと、<道具箱アイテムボックス>を発動してボーリングセットを取り出した。


「これはなんでしょうか? 布でできたボールと筒ですか?」


「そうだよ。筒はピンと呼ぶんだけどね。これはトールのおもちゃでボウリングって言うんだ。本当はボールもピンも布製じゃなくて硬い物で作るんだけど、トール用に柔らかい素材で作ったんだ。こうやってピンを並べたら、ボールを転がすように投げる。2人以上で交互に投げて、ピンを倒した数で競うんだ」


「おぉ、全部倒れました。単純ですが楽しそうです」


 ライトが実演すると、クロエはボウリングを楽しめそうだと感じた。


「これ以外にも的当て、輪投げなんかも良いんじゃないかな。景品とか用意してあげると、子供達も楽しめるだろうから」


 的当てと輪投げはまだ作っていなかったので、ライトはこんな感じの遊びだと紙にイラストを描いて説明した。


「これは・・・、子供が喜びそうです。ライト様、大人向けの娯楽はどうしましょう?」


「だったら、戦略遊戯ストラテジーゲーム大会でも開いたら? 優勝者に金一封とか考えるよ?」


「それは燃えますね。ありだと思います」


「それで、祭りは僕の誕生日にやろうとしてるんだっけ?」


「はい。なんでもない日にやるよりも、ライト様の15歳の誕生日にやった方がめでたさがアップしますから」


 そう言われると、ライトとしては照れ臭く感じる。


 いつもは誕生日を家族で祝う訳だけど、その日に祭りも開くとなれば気持ちが弾むのもおかしくない。


「ありがとう。それで、ガルバレンシア商会が音頭を取って祭りを開くの?」


「私達がいきなり仕切ると地場のお店から嫌われますから、ちゃんと根回しして地場のお店にも協力してもらう手筈を整えてます。サクソンマーケットにも飲食面でまとめ役をお願いしてます」


「モナさんがいるからそれで正解だよ」


 サクソンマーケットに吸収合併されたが、モナは地場の八百屋として長い間営業していたから顔が広い。


 年齢の問題で1人でなんでもやるのは厳しいとサクソンマーケットに吸収合併されたことで、モナは野菜や山菜の仕入れとジャックの相談を受けるだけで済むようになった。


 モナがないがしろにされておらず、むしろ前よりも生き生きとしていることから、サクソンマーケットは地場の店からも温かく迎えられている。


 そんなサクソンマーケットが飲食面のまとめ役を担ってくれるならば、安心して任せられるというものだ。


「そういえば、ガルバレンシア商会はどんな出店をやるの?」


「私共は全国の物産展をやろうとしてます。行商人ですし」


「なるほど。ダーインクラブにいながら大陸各地の物を買えるのか」


「それこそが行商人ですから」


「確かに」


 クロエの言い分はもっともである。


 行商人が拠点とする土地の物だけ扱うのなら、それはもう行商人ではない。


 ライトに音響測距儀ソナー即時拠点インスタントポータルを支給してもらっているのだから、その利を活かして全国の情報収集と共に売れそうな物は常に仕入れている。


 こういうお祭りの時こそ、買い集めた全国各地の物を放出することで、行商人としてのプライドを示せるというものだ。


 そこに、ノックする音が聞こえた。


「ライト、私よ。入っても良いかしら?」


「どうぞ」


 ヒルダが許可を取ると応接室に入って来た。


 トールも抱っこされて一緒に来ている。


「まぁ、トール様! 今日も凛々しいですね!」


「あい!」


「トール様マジ天使です!」


 褒められて嬉しいらしく、トールはドヤ顔である。


 それがまたかわいいようで、クロエはすっかりメロメロのようだ。


 ヒルダが自分の隣に座ると、ライトはヒルダに訊ねた。


「ヒルダ、何か用事でもあったの?」


「アンジェラからクロエ達がライトの誕生日にお祭りを開こうとしてるって聞いたの。だから、その内容を聞こうと思って」


「・・・流石はアンジェラさんですね。領内の情報は網羅してますか」


「アンジェラは変態なことだけ目を瞑れば優秀だからね」


「そうですね。アンジェラさんもライト様やヒルダ様に並ぶSランクですから、私程度じゃ実力は計り知れませんし」


 アンジェラのことはさておき、クロエは収穫祭の企画書をヒルダにも見せた。


 その間、ライトはトールをヒルダから預かっていたので、トールもライトと一緒に居られてご機嫌である。


 ライトによる修正も加わった企画書を読むと、ヒルダは首を縦に振った。


「とっても面白そうね」


「ありがとうございます」


「ただ、1つ気になることがあるわ」


「なんでしょうか?」


「ライト考案の遊び、今から準備すると思うけど誰が準備するの?」


「簡単なものなので、生産者プロダクターに依頼しようと思います」


生産者プロダクターだって祭りなら作品を作ると思うの。ボウリングや輪投げ、的当てまで手が回るかしら?」


「それは・・・」


 言われてみればそうだったとクロエは言葉に詰まった。


 だが、そこでライトが口を挟んだ。


「大丈夫。策はあるよ」


「作ってくれる人がいるの?」


「こんな時こそ孤児院だよ。臨時収入を稼ぐチャンスだろ?」


「それは良いアイディアだわ。孤児達もお金を稼ぐ経験になるものね」


「その通り」


 ライトの考えを察し、ヒルダは賛成だと言った。


 孤児院でも年長組ならば、15歳になったら院を出なければならないので手に職を付けなければならない。


 専門職になるのは難しいから、将来の職業として孤児達は守護者ガーディアンを志望することが多い。


 しかし、ボウリングや輪投げ、的当てのような新しい娯楽を作る作業を覚えればそれだけで職に就ける。


 孤児達は学習塾に入塾しており、学ぶ環境は与えられているが物を作ったり商売をする経験は積めない。


 この機会に、ライトは孤児達に守護者ガーディアン以外の職の可能性を提示しようという訳だ。


「わかりました。では、私が孤児院に言ってソフィアさんに遊び道具の作成と屋台の出店を提案してきます」


「いや、これは僕が行くよ。発案者じゃないとわからないこともあるだろうから」


「かしこまりました。それではお願いいたします」


 クロエは収穫祭の準備のため、この後すぐに屋敷を辞した。


 ライトもクロエが出て行った後、アンジェラを連れて孤児院へと出発した。

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