第343話 これが貴族のやり方か?

 6月4週目の日曜日、ジェシカ達は蜥蜴車リザードカーでパイモンノブルス周辺まで来ていた。


 車は結界車で牽引するのはホーリーリザードの”貴種”だったため、ここに来るまでジェシカ達が雑魚モブアンデッドに襲われることはなかった。


 御者台にはアルバスとイルミが乗っており、アルバスが手綱を持ってイルミはその横に座っている。


 アルバスが御者台に1人なのはかわいそうだから、イルミが付き合っているのだ。


 辺境伯が御者をさせるならば、執事やメイドに御者をやらせるべきだと普通は考えるかもしれない。


 しかし、今から乗り込むのは呪信旅団が本拠地としているパイモンノブルスであり、実力的に劣る従者を連れて行けば、あっさりと死んでしまう可能性がある。


 その上、それぞれの領地に残した者達を補佐する役目もあるから、誰も従者を連れてくることはなかった。


「私、この戦いが終わったらライトにいっぱい美味しい物作ってもらうんだ」


「ユグドランεは強烈な味でしたからねぇ」


「うん。私は美味しい物だけを飲み食いしたいの。私の勘によると、ライトはまだ美味しい物を隠してる」


「是非とも食べたいですね」


 ナチュラルに死亡フラグを立てるイルミだが、アルバスは気にすることなく会話を続けた。


 なお、イルミの勘は当たっている。


 ライトはイルミに米の存在を教えていないからだ。


 いや、それも当然だろう。


 イルミが米料理の味を知れば、間違いなく気に入る。


 ライトにはそんな予感がしていたから、イルミに米の存在を隠している。


 それどころか、ダーイン公爵家以外には米の情報を隠している。


 現在、ロゼッタの力を借りて聖水も使って稲を育てている最中であり、市場に流通させるにはまだまだ時間がかかるからである。


 食べる機会がないのに美味しい物の情報が流れれば、余計な争いを生むかもしれない。


 だからこそ、ライトは市場に流通させられるぐらいの量を収穫できるまでの間は、米をダーイン公爵家で独占する気だ。


 それはさておき、アルバスとイルミは御者台からパイモンノブルスの防壁にいる呪信旅団の門番と見張りに見つかったことに気づいた。


「敵に気づかれました!」


「そのまま前進して。私がなんとかするわ」


「わかりました」


 アルバスが車内にそれを伝えると、エリザベスが有無を言わさぬ口調でそう言ったため、彼は頷くしかなかった。


「大丈夫。母様がなんとかしてくれるよ。それに、アルバス君は私が守るから」


 イルミが男前な発言をするものだから、アルバスは安心して手綱を握ることができた。


「敵襲!」


「見張り、攻撃しろ!」


「【雨矢レインアロー】」


「【火雨ファイアレイン】」


 防壁の上から、見張りの2名が遠距離攻撃を仕掛けた。


 だが、この程度の攻撃が蜥蜴車リザードカーに当たるはずがない。


「火力不足よ。出直しなさい。【炎腕フレイムアーム】」


 エリザベスが技名を唱えると、蜥蜴車の前方に巨大な炎の腕が出現して【雨矢レインアロー】と【火雨ファイアレイン】を握り潰して消えた。


「すげえ・・・」


「母様だもん。それじゃあ私も。【輝拳乱射シャイニングガトリング】」


「「がはっ!」」


「「ぶへっ!」」


 エリザベスに負けじと、イルミも拳から光の散弾を放って門番と見張りを倒した。


 蜥蜴車リザードカーが出入りする門は閉まっており、空いているのは門番が後退の時に使う小さな扉だけだった。


 アルバスが門の前で蜥蜴車リザードカーを停止させると、車内からヘレンが御者台に声をかけた。


「イルミちゃん、門を壊せる? 襲撃はバレてるから派手にかましちゃって」


「は~い」


 ヘレンの指示に頷くと、とうっと御者台からイルミが飛び降りた。


 そして、体を半身にして右腕を引いた。


「【聖壊ホーリークラッシュ】」


 戦闘中でもないから、イルミは力を蓄えられるだけ蓄えてから技を放った。


 イルミの拳が門に触れた瞬間、砂の塊が粉砕されるかのように門が防壁諸共粉砕された。


「イルミさんヤバいです。めちゃめちゃ強いです」


「ドヤァ」


 目の前の視界が一気に開けた原因のイルミを見て、アルバスは目をぱちくりさせた。


 そんなアルバスの反応が嬉しいらしく、イルミは渾身のドヤ顔を披露してみせる。


「ここに敵が来るかもしれないわ。アルバス君、蜥蜴車リザードカーを出してちょうだい」


「わかりました。イルミさん、行きますよ」


「うん!」


 イルミが御者台に戻ると、アルバスは蜥蜴車リザードカーを走らせた。


 パイモンノブルスの防壁内は、極東戦争の後何も手入れがされていないようで、すっかりゴーストタウン状態だった。


 結界がなかったら、瞬く間に瘴気が充満してアンデッドを増産していたことは間違いない。


 結界があればこそ、所々が破損している寂れた領地に留まっている。


 アルバスが屋敷を目指して蜥蜴車リザードカーを走らせていると、正面から蜥蜴車リザードカーがやって来た。


 その蜥蜴車リザードカーを目にすると、車内からジェシカが声を出した。


「あれはイッシーダ薬品と名乗る行商人の蜥蜴車リザードカーです」


「OK。【輝手刀シャイニングハンドナイフ】」


 エフェンをばら撒く存在を許さないと言わんばかりに、イルミが輝かせた腕から斬撃を飛ばして蜥蜴車リザードカーの車輪を切断した。


 その瞬間、蜥蜴車リザードカーは車輪がないせいで前傾し、ズザァと音を立てて停まった。


 蜥蜴車を牽引していたランドリザードは、イルミの攻撃のおかげで運搬用の道具が壊れて自由になり、この場にいたら殺されると悟って御者を置いて逃げ出した。


「待ってくれぇぇぇっ! カムバァァァック!」


 御者台にいた男が転んだ体勢から上半身を起こし、逃げてしまったランドリザードに行かないでくれと必死に叫ぶ。


 しかしながら、男の声に反応することなくランドリザードは前だけを見て全力で逃げて行った。


「とうっ」


「ふげっ!?」


 御者台からジャンプしたイルミは、置いて行かれた男を踏みつけるようにして着地した。


 男はイルミに踏まれただけだが気絶した。


 アルバスが蜥蜴車リザードカーを停めると、ジェシカが真っ先に車から降りてイッシーダ薬品の蜥蜴車リザードカーの中身を確かめた。


「これは粉末状のエフェンですね。腹が立つことに、塩の袋に紛れ込ませてるようです」


「どいて、ジェシカちゃん。燃やすわ」


「はい」


 どかねば自分も焼かれてしまうと思い、ジェシカはすぐにイッシーダ薬品の蜥蜴車リザードカーを降りる。


「燃え尽きなさい。【炎腕フレイムアーム】」


 蜥蜴車リザードカーを包み込めるような大きさの炎の腕が現れると、そのまま蜥蜴車リザードカーごとエフェンと塩を握り潰しながら焼き尽くした。


 その間に、ジェシカも気絶した男をイッシーダ薬品の蜥蜴車リザードカーの中から回収したロープでグルグル巻きにし、その先端を自分たちの乗っていた車の後ろに引っ掛けた。


「姉上、まさかこのまま走れと?」


「その通りです。エフェンで私達に手間をかけさせたことを、その身をもって後悔させます。御者を代わりなさい」


「うへぇ、痛そう」


「愚弟、代わりに引き摺られたいなら言って下さいね?」


「引き摺られたい訳ないから!」


 自分から痛い目に遭いたいはずがないだろうと抗議し、アルバスはイルミと共に蜥蜴車リザードカーに乗った。


 罰の与え方がジェシカ程過激なものを考えていなかっただけで、アルバスだってイッシーダ薬品を許すつもりはないのだ。


 その男が呪信旅団の一員だろうが、単に付き合いのある闇の商人だろうが関係ない。


 罪には罰を与えるべきという考えはジェシカもアルバスも変わらない。


 ずっとこの場にいる訳にもいかないので、ジェシカは蜥蜴車リザードカーを走らせた。


 気絶していた男は、蜥蜴車リザードカーで引き摺られる痛みのせいで目を覚まして叫び出す。


「痛い痛い痛い痛い痛い! お助けぇぇぇぇぇっ!」


「速度を上げてほしいんですか? 仕方ありませんね」


 男が叫ぶとジェシカはホーリーリザードの手綱を操って速度を上げた。


「ぎぃゃぁぁぁぁぁっ!?」


「自分の罪を数えてご覧なさい」


 男がどんなに騒ぎ立てようと、ジェシカはそのまま蜥蜴車リザードカーを走らせた。


 しばらくすると、男の叫び声のせいで呪信旅団の団員達が正面からやって来た。


 だが、団員達はジェシカの罰の与え方に顔を引きつらせていた。


「これが貴族のやり方か?」


「まさか。あれは貴族の皮を被った狂人に違いない」


「ああ、あれは狂人だ」


「呪信旅団に狂人扱いされるのは不愉快です。【輝斬撃シャイニングスラッシュ】」


 御者台で手綱を握ったまま、ジェシカは器用にクルーエルエンジェルを操って斬撃を飛ばした。


 蜥蜴車リザードカーの操縦と同時に攻撃してくるとは思ってもいなかったようで、やって来た団員達はあっさりと胴体が真っ二つになった。


 その後も正面に敵が現れようと同じことを繰り返し、ジェシカが操縦する蜥蜴車リザードカーは呪信旅団が待機すると思われる屋敷の目の前までやって来た。

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