第344話 飛んで火に入る夏の虫、だったかしら?

 ジェシカが屋敷の正面に蜥蜴車リザードカーを停めると、エリザベスを先頭に全員が車内から素早く降りる。


「屋敷の中で待ち構えてるのかしら?」


「そうだと思うわ」


「ヘレン、慌てて這い出てきたところを狙って」


「わかったわ」


 エリザベスが何をしでかすつもりなのか、ヘレンはすぐに悟って矢を放つ準備をした。


 それを見たジェシカ達もすぐに戦闘態勢に入った。


「【連鎖爆発チェインエクスプロージョン】」


 エリザベスが技名を唱えた瞬間、屋敷全体が連鎖する爆発によって包み込まれた。


 初手ぶっぱ、これが怒れるエリザベスのやり方である。


 爆発の度に屋敷が壊れ、ガラガラと瓦礫になっていく。


 しかし、それでは足りないと言わんばかりにエリザベスは追撃に移った。


「【地獄炎ヘルインフェルノ】」


 その瞬間、灼熱の業火が半壊した屋敷を包み込み、屋敷はそのまま焼け落ちていく。


 だが、ちょっと待ってほしい。


 屋敷を爆破して業火で包み込んでも悲鳴の1つも聞こえないだなんて、あまりにも不自然ではないだろうか。


「そこ! 【竜巻矢トルネードアロー】」


「「「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」」」


 違和感を覚えたヘレンが素早く周囲を見渡し、焼け落ちた屋敷に呆然とするあまり隠れるのが疎かになった団員達を吹き飛ばした。


「囲まれてるぞ! 【拳撃乱射フィストガトリング】」


「わかってます! 【聖断ホーリーサイズ】」


「【輝拳乱射シャイニングガトリング】」


「【輝斬撃巣シャイニングスラッシュネスト】」


 ヘレンに気づかれたことで、自分達を囲む敵に気づいたローランドとアルバス、イルミ、ジェシカが蜥蜴車リザードカーを庇うように展開して広範囲に攻撃できる技を発動した。


 それにより、あっという間に団員達は力尽きるか吹き飛ばされることでこの場から強制退場させられる。


 奇襲は不可能だと判断したのか、一瞬でやられた者達よりも強そうな8人が現れた。


「飛んで火に入る夏の虫、だったかしら? 【円陣業火サークルフレア】」


「「「・・・「「ぐぁぁぁぁぁっ!」」・・・」」」


 人を人とも思わぬ目で狙いを定め、自分達を取り囲む8人の位置を狙って円状に業火が発生する。


 ゴォォォッという音が消えると、炭化した6人の死体がその場に残り、エリザベスの【円陣業火サークルフレア】を避けた2人が冷や汗をかいて立っていた。


業炎淑女バーストレディー、なんて奴だ。あれは人に向ける目じゃないな」


「完全に同意。まったく、この盾がなかったら俺も丸焼きだったぜ」


「てめえら、怪盗トリックスター呪騎士カースナイトだな? 死使ネクロム拳執事クロードはどこ行きやがった? それと、親玉ノーフェイスもいねえじゃねえか」


 警戒したまま、ローランドが情報を引き出そうと2人に話しかけた。


「俺達が敵に話すとでも?」


「俺の口も堅いぞ。騎士だけに」


「黙れよ呪騎士カースナイト


怪盗トリックスターなら堅いこと言うなっての」


 呪騎士カースナイトにはジョークを飛ばす余裕があり、怪盗トリックスターにもそれにツッコむ余裕があった。


 怪盗トリックスターは中肉中背のちょび髭を生やした男だ。


 一般的な団員が黒ローブをユニフォームのように着ているのに対し、黒いシルクハットを頭に乗せ、黒いマントで身を包んでいる。


 呪騎士カースナイトは大柄かつスキンヘッドの男だった。


 右手に剣を、左手に盾を持っており、サイズ以外は普通の黒いローブを身にまとっている。


「ローランドとジェシカちゃんは呪騎士カースナイトをやって。アルバス君とイルミちゃんは怪盗トリックスターをお願い。私はエリザベスと周囲を警戒するわ」


「ドゥネイル、やれるな?」


「勿論です!」


「アルバス君、やるよ!」


「はい!」


 ヘレンが指示を出すと、4人は頷いてそれぞれが2対1となるように素早く動いた。


 エリザベスを戦わせないのはMPを回復させるためだ。


 大技を連発したエリザベスを一旦や済ませ、いざという時に再び戦えるように今は休ませるべきだろう。


 ヘレンが戦わないのは、そんなエリザベスの護衛をしつつ周囲を警戒するためだ。


 また、このように指示を出せば怪盗トリックスター呪騎士カースナイトもヘレンは戦わないと油断するかもしれない。


 逆に、油断せずにヘレンに注意を払ったとしても、それならそれで常にヘレンに警戒しなければいけないから、2人の動きが鈍って対峙することになる両ペアの助けとなるだろう。


 つまり、ヘレンが敢えて加勢しないと宣言したことで、どっちに転んだとしても味方に有利に働く訳だ。


 そこまで考えて宣言するあたり、ヘレンはやはり策士である。


 さて、アルバスとイルミは怪盗トリックスターと対峙していた。


「俺の相手は君達か。2対1とか卑怯だとか思わないか?」


「どの口が言うんだ腐れ外道共め」


「【輝手刀シャイニングナイフ】」


 怪盗トリックスターの問いにアルバスが答え、その隙にイルミが攻撃に出る。


 しかし、怪盗トリックスターは難なくイルミの飛ばした斬撃を躱した。


「危ないじゃないか、拳聖モハメド


「普通に躱してるじゃん」


「そりゃ警戒してるからな」


 そう応じた瞬間、怪盗トリックスターのマントの中から煙玉が転がり落ち、怪盗トリックスターの体を煙が包み込んだ。


「【輝啄木鳥シャイニングウッドペッカー】」


 今度はアルバスがフリングホルニの石突で煙の発生した辺りを連続して突くが、手応えは全く感じられなかった。


 アルバスの【輝啄木鳥シャイニングウッドペッカー】が煙を雲散させる。


 しかし、その時にはそこに怪盗トリックスターの姿がなかった。


「どこ行った!?」


「アルバス君、あそこ!」


「遅い! 【隕石雨メテオレイン】」


 イルミが民家の屋根の上にいた怪盗トリックスターを指差した時には、怪盗トリックスターが技名を唱え終えていた。


 それにより、アルバスとイルミの頭上に隕石の雨が降り注ぎ始めた。


「【輝拳乱射シャイニングガトリング】」


「無駄無駄ァ! 細かく砕こうが完全に消える訳じゃない!」


 イルミの拳から光の散弾が放たれて隕石の雨とぶつかり、隕石の雨が細かく砕かれる。


 ところが、細かく砕かれても完全に粉砕された訳ではないので、アルバスとイルミの頭上に現在進行形で墜落中なのは変わらない。


「無駄なんかじゃねえ! 【輝旋風シャイニングワールウインド】」


 アルバスは怪盗トリックスターに異を唱えると同時に、その場で体を回転させて輝く旋風を放った。


 すると、イルミの【輝拳乱射シャイニングガトリング】で細かくなった隕石が旋風に乗り、怪盗トリックスターが足場とする民家を襲う。


「なんだとっ!? とでもいうと思ったか? とうっ!」


 シュワッチという擬音が聞こえてきそうなポーズで跳躍すると、怪盗トリックスターの体は重力に負けることなく跳んだ高さから落下することなく止まった。


 怪盗トリックスターは空中にガラスの板があるかのように立ってみせたのだ。


「それがお前の呪武器カースウエポンの効果か」


「ふん、見ての通りだ。人は空を飛べない。ゆえに、空を制する者は戦いを制する。空を飛べぬ者が勝てると思うなよ! ハーッハッハッハ!」


 その言葉を聞いた瞬間、アルバスとイルミがピクッと反応した。


「イルミさん」


「アルバス君」


 2人はほんの僅かの間見つめ合うと、お互いに何をすべきか言葉を交わさずともわかり合えたために頷いた。


「何をするつもりか知らんが死ね! 【範囲岩棘エリアロックソーン】」


「アルバス君ジャンプ!」


「頭上関係ねえ!」


 イルミが跳びながら指示を出し、アルバスがそれに従ってジャンプすると、怪盗トリックスターがニヤリと笑った。


「ふっ、馬鹿め。この状況を作りたかっただけだ。【隕石メテオ】」


 先程は小さめな隕石を雨のように降らせたため、イルミとアルバスの連携技によって防がれてしまった。


 であれば、純粋な物量で勝負だと怪盗トリックスターが巨大な隕石を2人の頭上に創り出して落とし始めた。


「【輝闘気シャイニングオーラ】【聖壊ホーリークラッシュ】」


 イルミの丹田から聖気が一気に放出され、体を強化するように包み込んでいく。


 そして、力を漲らせたイルミが渾身の一撃で隕石を打ち砕いた。


 その反動により、イルミは地面へと叩きつけられる。


 だが、イルミが視界をクリアにしてくれたチャンスを無駄にせず、アルバスが怪盗トリックスターに攻撃を仕掛ける。


「【聖断ホーリーサイズ】」


「甘い!」


 怪盗トリックスターがひらりとアルバスの放った斬撃を躱し、こんなものに当たるはずがないだろうと余裕の笑みを見せる。


 ところが、その笑みは固まることになる。


 何故なら、地面に叩きつけられたはずのイルミが怪盗トリックスターの頭上の位置に来ていたからだ。


 スカイウォーカーの効果を使い、イルミは空を駆けて油断した怪盗トリックスターの上を取ったのだ。


「【聖腕槌ホーリースレッジハンマー】」


 イルミは両手を組み、そのまま怪盗トリックスターの脳天目掛けて全力で振り下ろした。


 怪盗トリックスターは咄嗟のことで抵抗することもできず、まともにイルミの攻撃を喰らって地面に叩きつけられた。


「【聖裁刃雨ホーリージャッジメント】」


 アルバスが追撃すると、地面と勢い良くキスした怪盗トリックスターの体に無数の聖気を纏った刃の雨が降り注いだ。


「ぎぃゃぁぁぁぁぁっ!?」


 イルミの攻撃で既にまともに動けなくなっていた怪盗トリックスターは、アルバスの追撃によって切り刻まれて出血多量で事切れた。


 怪盗トリックスターの死体から少し離れて着地したイルミは、筋肉痛に対して冷湿布を張って一言。


「ふぅ~。湿布がひんやりして気持ち良い~」


 筋肉痛で呻かずとも、やはりイルミが全力で戦った後は締まらないのはお約束らしい。

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