第327話 デスクワークができないってレベルじゃない。でも、そこが良い!

 1月4週目の水曜日、アザゼルノブルスの屋敷でアルバスはデスクワークをしていた。


 日曜日の夜にティックノブルスでアルバス達とセイントジョーカーの教会から派遣された監察官達が合流し、ティック侯爵家は取り潰しになった。


 翌日の月曜日に、ティック侯爵家の罪状と取り潰しが公開され、アルバスがアザゼル辺境伯家を興すと共にティックノブルスがアザゼルノブルスへ変わったのだ。


 同日にティック侯爵家とエフェンの輸入に関わった者全てが監察官達によってセイントジョーカーへと連行されて行った。


 余談だが、代替わりしたティック侯爵の妻は今は亡きパイモン辺境伯の次女だった。


 パイモン辺境伯家の直系家族は、この時をもってケチのつかない者はいなくなってしまった。


 ティック侯爵家の使用人だった者達については、昔から雇われていた者達は連行されたが、代替わりに伴って雇われたばかりの使用人達は無罪だったため、そのまま屋敷で働くことになった。


 そこにドゥネイル公爵家からアルバスに同行を希望した者が6名、パーシーがコネで派遣した6名、全部で15名の使用人によってアザゼル辺境伯家の屋敷は運営され始めた。


 15人の使用人のトップは、テレスの従弟で執事のキンバリーだ。


 キンバリーが使用人達を上手く回せるかでアザゼル辺境伯家の屋敷の今後が決まる。


 執務室でアルバスがペンを走らせていると、コンコンとノックする音が聞こえた。


 昨日、ジェシカとテレスについてはドゥネイルスペードに一旦帰ったので、誰が来たのかとアルバスは相手が名乗り出るのを待った。


「アルバス君、イルミだよ~」


「どうぞ!」


 イルミの声が聞こえた途端、アルバスの表情が今までの死にそうなものから元気に満ち溢れたものへと変わった。


「アルバス君、会えて嬉しい?」


「はい! めっちゃ嬉しいです!」


「エヘヘ、私も嬉しいよ」


 執務室が一瞬にして甘ったるい雰囲気に包み込まれた。


「イルミさん、到着が早かったですね」


「だって、アルバス君が辺境伯になったんだよ? 結婚するから仕事辞めて駆け付けたの」


「イルミさん、俺としては嬉しくて堪らないんですが、護衛の引継ぎは大丈夫なんですか?」


 自分と結婚するために仕事を辞めて駆け付けたと言われ、アルバスは天にも昇りかねない気分だった。


 しかし、それでクローバーの護衛という大役に穴が開いてしまうのはよろしくない。


 それゆえ、辞職の際の引き継ぎについて心配になって訊ねた。


「大丈夫! スカジにちゃんと説明したから!」


「スカジさんがイルミさんの後任なんですね。それじゃ、アーマさんとスカジさんの2名体制ってことですか?」


「そうだよ!」


 イルミからの説明を聞き、アルバスはアーマとスカジならばクローバーの護衛として十分だろうと判断した。


「それなら良かったです。イルミさん、書類が多くて散らかってますが、そこのソファーにでも座ってて下さい。この山が片付けば、俺が急いでやるべき仕事は終わりますんで」


「手伝う? 私、自信はないけど頑張るよ?」


「・・・そう言ってくれるだけで俺が頑張れます。少しだけ待ってて下さい」


「わかった。仕事してるアルバス君見て待ってる」


 短い間だったが、生徒会でイルミと共に働いたことがあるアルバスは、イルミがデスクワークを苦手としていることを重々承知していた。


 生徒のお悩み相談であれば、イルミは得意としていたがそれはデスクワークではない。


 書記の経験を活かして書き写す作業ならば手伝ってもらえるとしても、今アルバスが取り掛かっているのは書き写す作業ではなく、計算や分析を必要とする作業である。


 そうなると、イルミには正直荷が重い。


 だからこそ、アルバスはやんわりと自分だけでやると言った訳だ。


 手伝ってくれる気持ちだけで十分という小さい子が親に手伝うと言った時の躱し方と全く同じだろう。


 作業を再開して30分程すると、アルバスは残っていた仕事を完了させた。


「イルミさん、終わりましたよって寝てるや」


「アルバスくぅん・・・。もう食べられない」


「夢でも何か食べてるんですね、流石です」


 それは流石なのだろうか。


 ツッコミ不在である。


 イルミを起こすべきか寝かせたままにするか悩んでいると、キンバリーが書類の回収にやって来た。


 キンバリーはできる限り静かに書類を移動させていたが、イルミは目を覚ました。


「むぅ、寝ちゃってたよ」


「移動で疲れたんですよ、きっと。無理もないです」


「移動はへっちゃらだったんだけど、置かれてた資料を見てたら眠くなっちゃったの」


 (デスクワークができないってレベルじゃない。でも、そこが良い!)


 文章を見て寝てしまうイルミを受け入れられるのだから、アルバスがイルミと喧嘩して冷え切った関係になることはないだろう。


 キンバリーは書類を運び終えると、アルバスとイルミに紅茶を用意した。


 勿論、茶菓子付きである。


「わぁ、お菓子もある!」


「この屋敷には料理の腕を磨かせた料理人コックもいますから、そこそこ期待して下さい」


「そこそこなの?」


「ライトの味は超えられませんから」


「アルバス君、良いんだよ。こういうのは自分のために用意してくれたのが嬉しいんだから。ライトに聞いたよ。私と結婚することを見据えて、ドゥネイル公爵家の料理の水準を上げてたんでしょ? それだけで私は満足だよ」


「ライトめ、言わなくて良いことまで言ったな・・・」


 自分の努力をイルミに理解してもらえて嬉しい反面、それを知られて恥ずかしくもあるアルバスは顔が赤く染まった。


「まあまあ。私が鈍感だったから、ライトは仕方なく言ってくれたんだよ。紅茶が冷めちゃうしいただこうよ」


「わかりました」


 恥ずかしさはあっても、イルミの言う通り紅茶が冷めては勿体ないから、アルバスは頷いてお茶の時間にした。


 紅茶と茶菓子を楽しみつつ、アルバスとイルミは結婚式当日の流れについて相談し始めた。


「結婚式は土曜日だよね?」


「その通りです。既に招待すべき人には案内状を送ってます。何か当日の流れで希望はありますか?」


「ライトとヒルダみたいな結婚式が良いな」


「教会じゃなくて屋敷で挙げるんですね? 別に構いませんが、どうして屋敷が良いんですか?」


 反対するつもりはないが、それでもどんな理由があって屋敷で式を挙げたいのか気になったのでアルバスは訊ねた。


 すると、イルミは真剣な表情で答えた。


「アルバス君、ライト達のを見てわかったんだけど、結婚式っていうのはお祭りなんだよ」


「確かに、あれはお祭りでしたね。そういえば、極東戦争が始まる前に参加された結婚式は全然違ったんですか?」


「全然違ったよ。形式ばってて退屈だった。それにね、これはアザゼルノブルスに対して私達をアピールする良い機会なんだよ。私達がオープンに振舞うことで、領民に親しみやすいって思ってもらうの」


「なるほど。イルミさん、なかなかに策士ですね」


「フフン。伊達にライトのお姉ちゃんじゃないんだよ、アルバス君」


 アルバスに褒められてイルミがドヤ顔をかました。


 戦闘以外で頭を使うことは苦手でも、人当たりの良いイルミならば貴族と領民の関係性を向上させられるアイディアだって提案できる。


 イルミの頼れる一面を知って嬉しく思うアルバスと、アルバスの力になれたとわかって喜ぶイルミだった。


「じゃあ、教会の支部長にその旨を伝えないといけませんね」


「神父役だけど、ライトじゃ駄目?」


「ライトならできそうな気もしますし、俺達の予想を超えるお祝いをしてくれるかもしれませんが、やめておいた方が良いと思います」


「どうして?」


「ここの教会の支部長からの印象が悪くなります。ダーインクラブでは支部長が大変名誉な役を担えたのにと事あるごとに言われたくありません」


「むぅ」


「次に、ライトも長くダーインクラブは空けられないから前日か当日に着くはずです。神父の役割を練習する時間がありませんよ」


「そっかぁ。そうだよねぇ・・・」


 あまり期待していなかったものの、改めてアルバスに厳しいと言われるとイルミは落ち込んだ。


「うん。無理は言えないよね。アルバス君、ごめんね」


「良いんですよ。これから夫婦になるんですから、できる限り相談して決めましょう」


「そうだね。夫婦になるんだもんね。わかった!」


 しょんぼりしてたのも束の間で、イルミはすぐに笑顔になった。


 アルバスと夫婦になると言葉にして元気が出たらしい。


 その後、2人は夕食までの間ずっと結婚式当日の流れについて相談しながら決めていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る