第314話 駒だよな!? 駒って言おうとしたよな!?

 金曜日、アルバスとジェシカはテレスの操縦する蜥蜴車リザードカーでドゥネイルスペードの北門から20分程度離れた所を移動している。


 ドゥネイル姉弟が揃って出かけているのは、呪信旅団の目撃証言があったからだ。


 ただの団員であれば、アルバスやイルミが出張る必要はないのだが、遭遇した守護者ガーディアンパーティーがほとんど全滅し、生きてドゥネイルスペードに戻って来た生き残りも二言だけ敵の特徴を告げると意識を失った。


 今も治療院で意識不明の重体の守護者ガーディアンが気絶する前に残した言葉とは、「妖艶」と「だが男だ」である。


 もっと他にも武器の特徴や服装、顔の特徴や背の高さ等伝えることはあるだろうと思わなくもないが、パッと伝えられる特徴はその2つだったらしい。


 逆に言えば、それ以外の特徴を記憶に残させないということになり、その団員が優秀なのかもしれない。


 それはさておき、移動中の車内ではアルバスが口を開いた。


「なあ、姉上も来る必要があったのか?」


「愚弟、必要がなければ来るはずがないでしょう?」


「そりゃそうだけど、領主自ら行かんでもって思うけどね。俺の他に誰か付けてくれれば良かったのに」


「相手は油断を誘うのが上手そうですからね。愚弟の抜けてるところは私がカバーします。それと、私の仮説が正しければ、敵は蜘蛛スパイダーの教えを受けた者です。蜘蛛スパイダー呪武器カースウエポンを引き継いでる可能性があります」


「その根拠は?」


「『妖艶』と『だが男だ』という生き残った守護者ガーディアンが気絶する前に言った言葉です。愚弟、蜘蛛スパイダーは女性と見間違う中性的な男性だったんですよね?」


 それを聞いた瞬間、アルバスはジェシカの仮説を理解した。


「呪信旅団の幹部は似た特徴や職業の者を部下にする。そういうことか」


「そうです。やられた守護者ガーディアンパーティーについて調べましたが、パーティーメンバーのレベルは全員45を超えてます。討伐したアンデッドの記録を見ても、デスナイトが3体同時に現れても倒せる実力はありました。そんなパーティーを呪信旅団のただの団員が倒せると思いますか?」


「思わねえ。姉上の予想通り、蜘蛛スパイダーの後継者がドゥネイルスペード近辺に現れたと考えて良いと思う」


「だったら、私が一緒に来た理由もわかりますね?」


「ああ。蜘蛛スパイダーも俺1人だけじゃ倒せなかったんだから、今度の敵ももう1人いた方が良いってことだろ?」


「その通りです。愚弟、貴方は替えが利かないこ・・・弟です」


「駒だよな!? 駒って言おうとしたよな!?」


 ジェシカのうっかり口にしかけた断片から、何を言いたいのか察せてしまったアルバスはツッコミを入れた。


「細かいことを気にするんじゃありません。イルミに嫌われますよ?」


「大丈夫だ。イルミさんにはライトっていう出来の良い弟がいたんだから、これぐらい全然余裕だ」


「・・・そうでした」


 そんな雑談をしていると、御者台からテレスが声をかけた。


「ジェシカ様、アルバス様、前方に手ぶらの女性がおります。蜥蜴車リザードカーに乗っておらず、周囲にもそれらしきものがありません」


「車を停めなさい」


「かしこまりました」


 ジェシカの命令に従い、テレスは蜥蜴車リザードカーをその者から十分距離を取った所で停めた。


 アルバス、ジェシカの順番に降車した途端、その女性が嬉しそうな表情をした。


「その家紋、ドゥネイル公爵様ですよね!? 助けて下さい! 行商の旅の途中にアンデッドと遭遇して逃げて来たんです!」


 女性の声はアルトの領域の高さであり、その見た目からして不自然さはなかった。


 服装は確かに行商人と言われれば納得する者であり、逃げて来たという言い分に納得できる程度には汚れていた。


「どこから来たのですか? それと、自分を証明できる物はありますか?」


「アルジェントノブルスから来たグラスと申します。証明できる物は、壊された蜥蜴車リザードカーの中なのでありません。ですが、どうか信じて下さい! ドゥネイルスペードで商いを行ったこともあるんです!」


「【輝蜂巣シャイニングネスト】」


「なっ!?」


 アルバスは突然攻撃したジェシカに驚くが、グラスはそれらを危なげなく躱した。


 グラスの顔に観念した笑みが浮かんだ。


「気づかれてましたか」


「バレバレですよ、呪信旅団。グラスも偽名でしょう?」


「その通りですが、どこでバレました? 後学のために教えて下さい」


「私はドゥネイルスペードの人の出入り記録をこまめに確認してます。しかし、グラスなんて名前の行商人はいませんでした」


 そこまでジェシカが言うと、グラスの顔が引き攣った。


「嘘でしょう? ドゥネイルスペードは大陸東部で最も大きな領地ですよ? まさか全て記録を覚えてると言うのですか?」


「私、物覚えが良い方ですから」


「そういう次元じゃないでしょうに。まあ、それは良いとして根拠はそれだけですか?」


「背中に隠したタランフランを抜いたらどうです? 背筋の伸ばし方に矯正したような違和感があります」


「フッ、そこまで見抜かれてるならば油断を誘うのは無理でしょうね。であれば名乗りましょう。私は化粧師コスメティシャン。そこの無冠貴族ハイメ拳聖モハメドに殺された蜘蛛スパイダーの後継者ですよ」


グラス改め化粧師コスメティシャンと名乗った男を前に、アルバスが言葉のジャブを放った。


「オカマ野郎の部下か。じゃあ、イルミさんにぶっ飛ばされた雑魚Aだな」


「誰が雑魚ですって?」


 その瞬間、化粧師コスメティシャンがアルバスと距離を詰めていつの間にか手に持っていたタランフランでアルバスを刺そうと突き出していた。


「【幻影歩行ファントムステップ】【輝旋風シャイニングワールウインド】」


 化粧師コスメティシャンの攻撃を残像を生み出しながら躱し、その足捌きを利用して体を回転させたアルバスが【輝旋風シャイニングワールウインド】に繋げる。


「【流水歩行ストリームステップ】」


 アルバスの連携技に対し、化粧師コスメティシャンは余裕を持って回避した。


 最小限の動きで躱してカウンターを仕掛けることもせず、自分の安全を優先して回避に専念したのだ。


「油断してくれないんですね。残念です」


「お前よりも防ぎにくい攻撃を受けたことがあるからな」


「そういえば、ノーフェイス様と対峙して生き残ってましたね」


「そうさ。ノーフェイスと戦って生還した俺をお前が倒せると思うなよ」


 呪信旅団の中では、ノーフェイスが信仰の対象ではなくともその実力にあこがれを抱く者が少なくないだろうと言う考えから、アルバスは言葉で化粧師コスメティシャンのマウントを取ろうとする。


 化粧師コスメティシャンがそれに言葉を返そうとしようとした時、彼の死角からジェシカが距離を詰めて技を放った。


「【輝昇突シャイニングジャンパー】」


「くっ」


「【輝降突シャイニングダウン】」


「ぐぅっ」


 ジェシカが跳躍しながら突きを放つと、化粧師コスメティシャンはどうにかタランフランを自分とジェシカの間に差し込み直撃を避けた。


 しかし、STRの値でジェシカに負ける化粧師コスメティシャンは、STRの差によって上空にかち上げられる。


 そして、ジェシカはその勢いが止まる前に前方宙返りの要領で体の向きを変え、地面に化粧師コスメティシャンを串刺しにするようにクルーエルエンジェルを操った。


 その攻撃もタランフランで防ぐが、化粧師コスメティシャンは力負けして地面に叩き落された。


 化粧師コスメティシャンは倒れることなく着地できたものの、着地した瞬間に足に衝撃が集中して僅かに痺れてしまった。


 それがチャンスだと思わない者はここにはいない。


「【輝啄木鳥シャイニングウッドペッカー】」


「くそっ」


 アルバスが自身の手持ちの技の中で発動が速くて威力のある技を放つと、化粧師コスメティシャンはその全ての攻撃を躱すことができずに一撃だけ脇腹を掠めた。


「あれ、おかしいな。<蜘蛛スパイダー>ならこれじゃ掠りもしなかったんだけど、もしかして弱い?」


 その言葉を聞いた途端、化粧師コスメティシャンの顔から表情が消えた。


「私を蜘蛛スパイダーよりも弱いと思いましたね?」


「まあな。蜘蛛スパイダーにあの技を放った時は簡単に弾かれたぜ。それなのに、避けるしかできないし避け切れずに1発掠るとは大したことないな」


「【幻影刺突ファントムスタブ】」


「【幻影歩行ファントムステップ】【脚刀レッグナイフ】」


 化粧師コスメティシャンがアルバスの死角から突きを放つが、アルバスは【幻影歩行ファントムステップ】でどうにか躱してそのまま【脚刀レッグナイフ】で反撃した。


 しかし、化粧師コスメティシャンが最小限の動きで躱してすぐにアルバスと距離を詰めてタランフランを最短距離で突き出す。


「【輝蜂巣シャイニングネスト】」


 ジェシカがアルバスを囮にし、化粧師コスメティシャンの注意が自分に向かなくなった所を狙うものだから、不意打ちを避けた化粧師コスメティシャンは苦虫を嚙み潰したような顔になった。


「なかなかどうして面倒ですね」


 1人ずつなら化粧師コスメティシャンのAGIの前にやられる可能性があっても、お互いがお互いを囮として攻撃するスタイルであれば結果的にやられるリスクが減る。


 そう理解したジェシカとアルバスの戦いもまた、1つの信頼の形なのだろう。

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