第313話 会いたくて会いたくて震えたんですわ
クローバー一行がダーインクラブに到着した日、ドゥラスロール公爵家の屋敷にはエルザがやって来た。
エルザが到着したと聞くや否や、スルトは自室から早足で応接室に向かった。
屋内では走らないように躾けられているため、許されたギリギリの速度で応接室へと急いだ。
ドアを開けると、紅茶を飲んでいるエルザの姿があったのでスルトはホッとした。
だが、すぐにキュッと表情を引き締めて口を開いた。
「エルザ、今出歩くなんて危ないじゃないか。呪信旅団が目撃されてるんだよ?」
スルトに注意されたエルザだが、カップを皿の上に置くと立ち上がり、そのままスルトを抱き締めた。
「スルト、会いたかったですわ~」
以前はスルトを様付けで呼んでいたエルザだったが、いずれ夫婦になるんだから様付けは余所余所しいとスルトに言われてタメ口に切り替えている。
それはそうと、スルトとエルザは5歳離れていてその背はまだ低い。
14歳のエルザは、160cmに届いており女子としては背が高い方だ。
そうなると、スルトの顔が丁度エルザの胸の位置に当たる。
ヒルダやイルミ程の大きさはないが、エルザの胸も十分女性らしさをアピールしている。
つまり、スルトはエルザの胸に顔を埋めている訳だ。
いや、正確にはエルザがスルトの頭を胸に押し当てていると言うべきだろう。
何が言いたいのかというと、スルトの抗議はエルザの胸で物理的に抑え込まれ、スルトは呼吸ができなくなって苦しいということだ。
現にスルトはエルザの体をタップし、息苦しいから離れてくれと訴えている。
「あ、すみませんでしたわ」
「ぷはぁ・・・。エルザ、僕を窒息させたいの?」
「スルトが可愛いのが悪いんですわ」
「可愛いって言わないでよ」
ぷんすかと膨れっ面になるスルトだが、それがエルザにとっては余計に可愛く思えてしまうらしく再び抱き締められてしまう。
もっとも、次は力いっぱい抱き締めず、スルトが呼吸できる程度の力加減はされているのだが。
スルトもエルザのことが好きだから、エルザに抱き締められるのは嫌いじゃない。
それでも、自分のことを可愛がって抱き締めるのはスルトが望むハグではない。
背伸びしたい年頃のスルトとしては、大人っぽいハグをお望みなのだ。
それが顔に出ているせいで、エルザが可愛く思ってしまってその望みから遠ざかってしまうことにスルトは気づいていなかったりする。
ようやく解放されたスルトは、仕切り直してエルザに注意した。
「エルザ、呪信旅団がこっちでも目撃されてるんだよ? オルトリンデノブルスでおとなしくしてなきゃ駄目じゃないか」
「あら、スルトは私に会えて嬉しくないんですの?」
エルザがしょぼんとした顔になると、スルトは眉をハの字にして困った表情になる。
「そりゃ嬉しいけど・・・」
「じゃあ良いじゃないですの。私はスルトに会えて嬉しいですわ」
「そうかもしれないけど、ただの団員じゃなくて
「会いたくて会いたくて震えたんですわ」
悪びれもせずに言い切られてしまい、スルトは大きく溜息をついた。
スルトとしても、別にエルザを相手に言い負かしたいだなんて思っておらず、ただ純粋にエルザの身を案じて言っているのだ。
その心配する気持ちよりも、エルザが自分に会いたいという気持ちの方が強いというのは、困ってしまうけれど嬉しくもあるので複雑である。
エルザがスルトを抱き締めていると、ドアをノックする音が聞こえる。
「入るわよ」
応接室に入って来たのはエレナだった。
エレナは部屋に入った瞬間、スルトがエルザに抱き締められているのを見てにっこりと笑った。
「邪魔しちゃったかしら?」
「か、母様、これは違うんでしゅ」
慌てて答えたスルトは、語尾を噛んでしまった。
数秒の沈黙の後、エルザの抱き締める力が強まった。
「可愛いですわぁぁぁっ!」
「エルザ、うぷっ、苦しい!」
再び窒息の危機に直面し、スルトが必死に抵抗する。
「仲良しで良いわね~」
エレナは呑気に2人の様子を見守った。
エルザが落ち着くと、エレナは本題に入った。
「エルザちゃん、
「申し訳ございません、お義母様。しかし、危険な時だからこそスルトと一緒にいたかったんですの」
「・・・スルト、ちゃんと手綱を握らなきゃ駄目よ」
「が、頑張ります」
エルザに言っても仕方がないと判断し、エレナはスルトにその分しっかりしなさいと言った。
スルトも自分がしっかりしなければと思い、手綱をしっかり握ろうと首を縦に振った。
「それで、エルザちゃんは本当にスルトに会いに来ただけなの?」
「すみません、スルトが可愛過ぎてテンションが上がってしまいましたわ。今日こちらに来たのは、見てもらいたいものがあったからなんですの」
そう言うと、エルザはようやくスルトから離れてソファーの近くに置いていたそれに視線を向けた。
そこには、布でグルグル巻きにした何かがあった。
「エルザ、これってもしかして
「そうですわ。実は、先月オリエンスノブルスで倒したネームドアンデッドがドロップしたんですの。見て下さいまし」
エルザは包んでいた布を外し、その中にあるレイピアを手に取った。
レイピアを見た瞬間、エレナの表情が真剣なものに変わった。
「良いレイピアね」
「ホーンヘッドという名のスカルシャークからドロップした
「効果とデメリットは?」
「この武器で傷つけられた者は、一時的にDEXが落ちますの。その代償として、使用者の気が昂って剣筋が荒くなってしまいますわ」
「レイピアを使う者の勝敗はDEXが分けるわ。これはまた癖のある
「そうなんですの。今日こちらに伺ったのは、お母様に私を鍛えていただこうと思ってのことですわ」
そんなエレナと稽古をすれば、エルザはシータイラントのデメリットを克服するヒントが得られるのではないかと考えたのだ。
スルトと結婚してドゥラスロール公爵の一員となるエルザが強くなることは、エレナにとって歓迎すべきことだから、エレナは首を縦に振った。
「良いわ。庭に出てちょうだい。今日はみっちり稽古をつけてあげるわ」
「ありがとうございます」
それからすぐに、スルトとエルザ、エレナは庭に出た。
エレナは刃を潰した剣を手に取り、シータイラントを持つエルザと対峙した。
「スルト、審判をお願い」
「わかりました。それでは、母様とエルザの模擬戦を始めます。いつでもどうぞ」
「かかってらっしゃい」
「いきますわ! 【
力強い踏み込みでエルザが刺突を放つが、エレナはあっさりと避けてみせる。
「うん、雑な突きね。これじゃ格下にしか当たらないわ」
「まだですのよ。【
「【
エルザが連続して突きを放ってみるものの、エレナはそれらを華麗に躱す。
「【
「甘いわ!」
エルザが緩急をつけて刺突を放ち、その姿がぼやけたようにスルトには見えた。
しかし、エレナにはぼやけてなんて見えず、狙い澄まされた一撃でエルザはシータイラントを手から弾き飛ばされてしまった。
エレナがそのままエルザの首筋に剣を突きつけると、スルトが勝敗を告げる。
「勝負ありです。母様の勝ちですね」
「参りましたわ」
「想像以上にデメリットが強いのね。そんな攻め一辺倒で荒々しい剣じゃ、私に掠り傷すら負わせられないわよ」
エレナは戦ってみて、シータイラントを使わずに戦った方がエルザは強いと思ったらしい。
それを素直に伝えるとエルザは唸った。
「う~ん、困りましたわね。デバフ効果のある剣は捨てがたいのですが、お義母様の言う通りですわ」
「エルザちゃん、私がシータイラントを持ってみても良いかしら?」
「構いませんわ」
「ありがとう」
エルザから許可を取ると、エレナは地面に刺さったシータイラントを手に取った。
そして、自分の中で気持ちが昂るのを感じた。
しかし、耐えようと思えば全然耐えられる範疇にあった。
「なんだ、この程度なのね」
「え?」
エレナがそのまま演武をしてみせると、エルザは口をポカンと開けてしまった。
自分では抗いきれなかった気の昂りは、エレナにとっては問題にならなかったようでその演武は精密な動きだった。
演武を終えて地面にシータイラントを刺すと、エレナはエルザにビシッと指を向けた。
「エルザちゃん、スルトを思う存分可愛がりなさい。そして、その興奮が満たされた時ならばシータイラントのデメリットなんて怖くないわ」
「はいですわ!」
「えぇっ!?」
エルザは満面の笑みになり、スルトは驚くしかなかった。
結果から言うと、スルトを可愛がって満たされたエルザの集中力は先程とは比べ物にならない程しっかりしており、シータイラントのデメリットに呑まれることはなかった。
シータイラントのデメリットを無効化するという大義名分を手に入れたエルザは、スルトを構い倒すのだった。
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