第292話 参りました、姉様

 日曜日、スルトがドゥラスロールハートからやって来た。


 その目的は勿論、ライトに稽古をつけてもらうためだ。


 今も毎月1回は欠かさずライトと稽古を継続している。


 ライトとスルトは庭で木製の杖を持って向き合っていた。


「ライト義兄様、今日もよろしくお願いします!」


「よろしくね、スルト君」


「今日も基本の型の素振りからですか?」


 ここ数ヶ月の間は、スルトの体力がついてきたから前半に基礎トレーニング、後半が模擬戦という流れで訓練している。


 スルトは今日もその流れかと訊いたので、ライトはその通りだと頷いた。


「そうだね。じゃあ、最初からやってみて」


「はい!」


 杖の基本の型は剣と同じである。


 振り下ろし、横薙ぎ、切り上げ、突き等一通りの素振りが終わると、ライトはスルトに声をかけた。


「良いね。体幹もブレてなかったよ」


「ありがとうございます!」


「それじゃ、今度はそれぞれ10回ずつ打ち込んでみようか」


「わかりました!」


 今度はただの素振りではなく、ライトが杖を構えてスルトの攻撃を受ける。


 相手がいることにより緊張感が増し、防がれた時の対処を考えて次の攻撃に移る練習だ。


 ライトのVITとスルトのSTRの数値は圧倒的に離れているから、スルトがどんなに力を込めたところでライトの手が痺れることは一切ない。


 スルトは一つひとつの攻撃を大事に行い、課せられたノルマを果たした。


「OK。水分補給したら、今度は守りの訓練だ」


「はい!」


 傍に控えていたアンジェラが水差しからコップに水を注いでスルトに渡す。


 スルトはそれを受け取って一気に飲み干すと、すぐにライトの前に立った。


 準備が整ったので、スルトの守備面を鍛えるためにライトが打ち込む。


 当然、ライトは手加減してスルトがギリギリ防げる具体の力で打ち込んでいる。


「耐えるだけじゃ駄目だ。すぐに攻撃に転じられるように守って」


「はい!」


 ただライトの杖が打ち込まれるところに自分の杖を構えていても、打ち込まれるだけでスルトは身動きが取れなくなる。


 だから、少し斜めに杖を構えてライトの攻撃を受け流せるようにするのが課題だった。


 先月までは耐えるのが精一杯だったが、今のスルトはぎこちないながらもライトの打ち込みの威力を受け流せるようになっていた。


「よし、守りの訓練はここまで」


「ふぅ・・・。この訓練が模擬戦の次に大変です」


「そうかもしれないけど、その分少しずつでも成果は出てるよ」


「その言葉を聞けて少しだけホッとしました。もしも全然成長してないって言われたら、10分ぐらい立ち直れないです」


(結構早く立ち直れるね)


 そう思ったけれど、ライトはツッコんだりしなかった。


 きっと、スルトは10分で気持ちを切り替えられるのだろうと良い意味で捉えたのである。


 今までが前半の基礎トレーニングだったので、後はひたすら模擬戦を行う。


「アンジェラ、審判を頼む」


「かしこまりました」


「待って」


「ヒルダ、どうしたの?」


 模擬戦を始めようとした時、待ったをかけたのはヒルダだった。


 トールがいないところから察するに、使用人の誰かに預けたのだろう。


 ヒルダの手には木剣が握られており、自分も稽古に混ざるつもりらしい。


「まずは私が相手をするわ」


「うぇっ、姉様が?」


「何よ、文句あるのかしら?」


「いえ、ございません」


 スルトはヒルダには逆らえないようで、ヒルダの申し出を受け入れた。


 対戦相手の変更をふまえ、アンジェラはその場を仕切り直した。


「では、改めまして奥様とスルト様の模擬戦を行います。準備はよろしいでしょうか?」


「良いわ」


「大丈夫です」


「わかりました。始めて下さい!」


「スルト、先手は譲ってあげる」


「今日こそ一撃入れてみせます!」


 ヒルダが先手を譲ると、スルトは気合を入れて渾身の振り下ろしを放った。


「甘い」


「うわっ!?」


 スルトが杖を振り下ろす瞬間、ヒルダが自分とスルトの杖の間に木剣を差し込み、木剣で杖の軌道を誘導して攻撃を受け流した。


 それによってバランスを崩したスルトに対し、ヒルダは木剣の先端をスルトの首の前で寸止めした。


「おしまい」


「くっ・・・」


「そこまでです。勝者、奥様」


 まさか1回の攻撃で模擬戦が終わるとは思っておらず、スルトはかなり悔しがった。


 ライトがスルトの相手をすれば、スルトは打ち込みを実践で復習させてもらえるのだが、ヒルダの場合は一瞬で負かされてしまったからだ。


 しかも、自分の攻撃を利用されて負かされたのだから余計に悔しい。


「スルト、私はライトみたいに優しくないわよ。切り替えてガンガンかかってきなさい」


「はい!」


 それからしばらく、スルトはヒルダに負けまくった。


 30分間ずっと負け続けると、スルトが疲れて地面に腰を下ろした。


「参りました、姉様」


「スルトにしてはよく耐えたわ。ライトの稽古を一生懸命頑張った成果は出てるわ。これからも頑張りなさい」


「ありがとうございました!」


 ズタボロにするだけではなく、最後には労いの言葉をかけるあたり、ヒルダも何か意図があってスルトの稽古に混ざったようだ。


 その意図が気になったから、ライトはヒルダに訊ねた。


「ヒルダはどうして今日参加したの?」


「スルトの戦闘経験の幅を広げるためだよ。ドゥラスロールハートにいる時は、母様やエルザと戦ってるはず。ここでライトと戦うだけなのは勿体ないから、私もスルトと戦ってあげたの」


「なるほどね。確かに、戦う人がいつも同じだと慣れて順応しちゃうか」


「少し前のアンジェラみたいに、型のない人が相手なら1人からでもたくさんの経験を積めたけど、杖限定って縛りがあればいくらライトが相手でも慣れが出ちゃうわ」


「それは盲点だったよ。協力してくれてありがとう」


「どういたしまして。私もスルトが強くなってくれた方が良いもの。ドゥラスロールハートの次期領主が近接戦はできませんじゃ困るし」


 自分がライトに嫁ぎ、スルトが次期ドゥラスロール公爵なのは決定事項だ。


 そう考えると、実家の次期当主が強くあってほしいと思うヒルダの思いも納得できるものである。


「ライト義兄様、最後に1戦だけお願いできますか?」


「良いけど大丈夫? 【疲労回復リフレッシュ】使う?」


 立ち上がって自分と戦いたいと言うスルトに対し、ライトは疲れを全快させるか訊いた。


 しかし、スルトは首を横に振った。


「いえ、このままでお願いします。いつも元気な時に戦えるとは限りません。疲れた時に強者と当たる経験も必要ですから」


「わかった」


 ライトが頷き、今日最後の模擬戦が行われた。


 結果は言うまでもなくライトの勝ちだったが、ライトはスルトに疲れた時の体の動かし方を体験して会得させるために時間をかけて戦った。


 スルトが限界に達して地面に倒れ込むと、ライトはすかさず【疲労回復リフレッシュ】を使った。


「ありがとうございます、ライト義兄様」


「どういたしまして。どう? 疲れた時の体の動かし方はわかった?」


「はい! それと、ライト義兄様と姉様のおかげで、<杖術>のスキルを会得できました!」


「おめでとう!」


「良かったわね」


「おめでとうございます」


 後天的にスキルを会得するには相当な努力が必要だ。


 しかも、ニブルヘイムには今まで<杖術>というスキルが存在しなかった。


 ライトの<神道夢想流>も杖を扱うスキルなので、てっきりスルトも同じく<神道夢想流>を会得できるかと思ったがそうはならなかった。


 それが何故なのか不思議に思い、ライトは2つのスキルに<鑑定>を発動して比較した。


 (やっぱり、<神道夢想流>の会得には並外れたステータスが必要なのか)


 比較した結果、ライトにわかったのは<神道夢想流>を会得するには能力値に縛りがあることだった。


 これでは杖の熟練度が一定に達してもスキルを会得できないので、ヘルが新たにスキルを作ったのだろうことをライトは察した。


 忙しい女神だが、ライトの身の回りの変化にもしっかり対応しているようだ。


 (想定外の結果だけど、ご都合主義ってことかな。まあ、スルト君が無事に武器攻撃系スキルを会得できて良かったと思おう)


 <杖術>が新設されたことは、スルトだけに良い結果を齎すものではない。


 エマと婚約して杖でも戦えるようになりたいと言ったアズライトにとっても、<杖術>の獲得が目標になるだろう。


 そう考えると、魔術師マジシャンが努力次第で会得できる武器攻撃系スキルが新設されたことは人類にとってプラスである。


 スルトとの稽古は思わぬ副産物を生み出す結果となった。

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