第289話 そんな京都に行くノリで模擬戦しようとしないでよ
4月2週目の月曜日、ライトはイルミをダーインクラブに呼び出していた。
応接室には、ライトとイルミ、用事ができた時に備えてアンジェラがいる。
「ライト、お姉ちゃんがいなくて寂しかったの?」
「いや、全然」
「寂しいって言ってよ~」
「はいはい。寂しい寂しい」
棒読みである。
あからさまに面倒だと思っていることをアピールしている。
「むぅ。お姉ちゃんの扱いがぞんざいだよ」
「今日呼んだのは他でもないよ。イルミ姉ちゃんがスカイウォーカーを使った後の筋肉痛を和らげる手段を用意したんだ」
「それはすごい興味ある」
スルーされてムッとしていたイルミも、真剣に悩まされていた問題から解放されるかもしれないと思うと、表情がパーッと明るくなった。
「じゃあ早速」
イルミが興味津々だったため、ライトは<
用意された2種類の物を見て、イルミは首を傾げた。
「ライト、これ何? 布?」
「布と言えば布だね。湿布だけど」
「湿布? 聞いたことない」
「そりゃそうだよ。僕が開発したんだから」
「ライトがお姉ちゃん思いで嬉しいよ。色々落ち着いたら、アルバス君とこっちで暮らそうかな。ライトがいれば何かと助けてくれそうだし」
「アルバスはなんて言ってんの?」
「エヘヘ、お姉ちゃんがいるところならどこでも良いって」
(イルミ姉ちゃんが惚気るようになったか。進歩したなぁ)
アルバスのプロポーズを受けるまで、色気よりも食い気なイルミには惚気るなんてことは一切なかった。
それが今となっては人並みに惚気るようになり、ライトはイルミの成長を感じた。
余談だが、アルバスとイルミの立ち位置は微妙である。
ブライアンが領主のままであれば、ジェシカがどこかに嫁入りしてアルバスが次期領主というポジションだった。
しかし、ブライアンが余計なことをやらかしたせいで、まだ領主としてふさわしくないアルバスではなく、文武両道なジェシカが公爵の地位を継いだ。
イルミもライトが公爵になることは幼い頃から決まっていたので、貴族としての地位でいられるかどうかは結婚する相手次第だった。
つまり、アルバスもイルミもこのままでは新たな家を興さない限り、両家のコネは使えるとしても貴族ではいられないのだ。
ところが、幸か不幸かアルバスとイルミにはチャンスがあった。
極東戦争でパイモンノブルスが呪信旅団に占領され、パイモン辺境伯家の血脈が風前の灯火となっている。
パイモン辺境伯の長女は既に、大陸東部の他の貴族に嫁いでいる。
だが、男の子を産んだ際に体調を崩してしまい、そのまま亡くなっている。
パイモン辺境伯の血を継ぐその子供は、長女が嫁いだ家の跡取りであるため、パイモン辺境伯家を継げない。
仮に継げたとしても、呪信旅団に乗っ取られた領土を取り返すところから始めなければならない貴族生活なんて、まっぴらごめんだろう。
そういう事情から、遠縁ではあるが血が繋がってないこともないアルバスがパイモン辺境伯家の養子となり、パイモン辺境伯を継いではどうかという話が上がっている。
アルバスはすぐに答えを出すことができず、今は回答を保留しているのだ。
それはさておき、今は湿布の話である。
「まあ、それはそれとして湿布の説明をするよ。まず、この白い湿布からだね」
「うん」
「これは冷湿布って言って、患部に貼るだけで消炎効果と鎮痛効果があるんだ」
「かんぶ? しょーえん? ちんつう?」
イルミが全く理解できていない顔になった。
(しまった。イルミ姉ちゃんには言ってもわからないか)
治療院の医者や
だが、今目の前にいるのはイルミである。
イルミに患部だの消炎効果だの言ったところで仕方がないだろう。
ライトはイルミでもわかるように、説明をできるだけわかりやすく言い換えた。
「簡単に言えば、筋肉痛がする場所に貼ったらひんやりして痛みが和らぐよ」
「おぉっ! すごい!」
「次はこの茶色い湿布だね。こっちは温湿布。ヒリヒリするけど、体が温まって痛みを感じにくくする」
「なるほど」
ライトが作ったどちらの湿布も、湿布特有の薬臭さは感じさせないものになっている。
というのも、極東戦争の時のように逃げる際にスカイウォーカーを使った場合、湿布の臭いで追跡されては意味がないからだ。
また、ランドリザードに乗る時に、薬臭い湿布のせいでランドリザードに暴れられては困る。
そういった事情から、今この場にある2種類の湿布は、せいぜいが材料とした植物の香りがする程度になるようにライトが今日までコツコツと改良を重ねて来た。
ネタ要素として馬肉湿布も考えないこともなかったが、馬肉を貼るぐらいなら食べた方が良いので没となったのはまた別の話である。
「とまあ、2種類あるから好きな方を使って。一応、屋敷の使用人で肩とか腰を痛めてる者に使ってもらったところ、【
「へぇ・・・。ちょっと使ってみたいな」
「でも、今は元気なんでしょ?」
「そうだ、模擬戦しよう」
「そんな京都に行くノリで模擬戦しようとしないでよ」
「京都ってどこ?」
「なんでもない」
あまりにもナチュラルにJ○東海のフレーズが頭に浮かび上がったせいで、ライトはイルミに通じないネタを口にしてしまった。
イルミがわからないのも当然である。
ライトはイルミの希望により、庭で模擬戦をすることになった。
庭に移動すると、ヒルダがトールを抱っこして散歩しているところだった。
「ライト、模擬戦でもやるの?」
「うん。イルミ姉ちゃんが湿布を試したいから模擬戦しようって言うんだ」
「イルミからすれば、ライトが模擬戦してくれるし湿布の効き目もわかるから一石二鳥なのね」
「そういうこと」
それから少しの間、イルミが満足するまでライトは模擬戦に付き合った。
最後にはスカイウォーカーの効果を発動させ、イルミは思う存分を体を動かした。
「うぅ・・・筋肉痛・・・」
「じゃあ、貼るよ。比較するために、左脚には冷湿布で右脚には温湿布を貼るから」
「よろしく~」
客室のベッドにイルミをうつぶせに寝かせ、左右のふくらはぎにそれぞれの湿布を貼った。
イルミがどんな反応になるのか気になったようで、ヒルダもライトと一緒にいる。
そして、ヒルダはピンときた。
「もしかして、湿布の色が違うのってイルミのため?」
「当たり。イルミ姉ちゃんでも、色が違えば湿布は間違えないと思って」
「確かに。これで間違えたらイルミは子供レベルだね」
「そうでないと思いたい」
ライトとヒルダがそんな話をしていると、イルミが頬を膨らませる。
「むぅ。ライトもヒルダも失礼だよ。お姉ちゃんそこまで馬鹿じゃないもん」
「イルミ姉ちゃん、喋れるぐらいには痛みが和らいだ?」
「うん。これすごい。お姉ちゃん的には夏は冷湿布、冬は温湿布が良いかも」
(涼を取ったり暖を取る物じゃないんだけどなぁ)
あくまでも湿布は薬品の一種であり、冷たさや温かさを感じてほっこりするものではない。
だから、ライトはイルミに現実を突きつけることにした。
「イルミ姉ちゃん、その湿布1枚で1万ニブラだから」
「お金取るの!?」
「取るよ。湿布作るのだって、原材料費と加工費がかかるんだから」
「湿布さえあればお姉ちゃんが空を飛んで戦えるのに。お姉ちゃん割引は?」
「既に割引済みだよ。イルミ姉ちゃん相手にお金稼ぐつもりないから。1万ニブラって原材料費だけなんだ」
「それじゃ仕方ないかぁ。残念。空飛ぶお姉ちゃん計画が」
「そんな金貨を溶かすような計画は止めてしまえ」
イルミが恐ろしい計画を立てていたため、ライトは絶対に実行するなと注意した。
「イルミって本当に馬鹿ね。トール、イルミみたいになっちゃ駄目だよ?」
「あい」
「返事した!? というかお姉ちゃんトールに馬鹿だと思われてるの!?」
「「今更気づいたの?」」
「なん・・・だと・・・」
トールが賢いことはダーイン公爵家の屋敷では知れ渡っている。
生後3ヶ月で寝返りを打てるようになっただけでなく、返事(らしきもの)もできるようになったからだ。
とはいえ、まだまだ喋れるわけではないから、後者については偶然声を出しているだけかもしれないのだが。
トールのことは横に置いといて、イルミは結局使う分だけ冷湿布と温湿布を買った。
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