第272話 諸君、私は呪武器が好きだ

 パーシーがティルフィングを真の姿にした日、ヘルハイル教皇国大陸東部の某所では、ノーフェイスが苛立っていた。


 その傍には、ノーフェイスを落ち着かせるべく爺の姿があった。


「ノーフェイス様、どうか心を落ち着かせて下さい。その様子では、部下を不用意に怯えさせてしまいます」


「爺、落ち着いてるさ。落ち着いてるとも。を怒らせたら大したもんだよ」


 ノーフェイスは普段、一人称を使わずに話す。


 その理由は、自分に関わる情報を少しでも遮断するためだ。


 自分にとって無視できない相手が現れた時、自分を分析できるような情報を与えないようにするべく、ノーフェイスは一人称を使わないようにしている。


 ちなみに、ノーフェイスと呼ばせているのもその一環である。


「普段使わないとお決めになった一人称を出している時点で、ノーフェイス様が心穏やかではないことは明らかでございます」


「むっ、そうだな。確かに爺の言う通りだね。一人称を使ってしまうとは余裕がなかったみたいだ」


 爺の指摘にハッとしたノーフェイスは、ようやく落ち着くことができた。


「しかし、ノーフェイス様は何故お怒りになっていたのですか?」


「爺、ユミル家の偉大なる先祖、レヴィ=ユミル様のことは知ってるよね?」


「もちろんでございます。私の家も代々お仕えさせていただいております」


「レヴィ様はヘルハイル教皇国において、全ての功績が闇に葬られた悲しいお方だ。呪武器カースウエポンの研究に身を捧げたレヴィ様は一族の誇りだというのにだ」


「おっしゃる通りでございます。レヴィ様の偉業がこの国の者に知らされていないことは、損失としか表現できますまい」


 爺の言葉にそうだろうと頷くノーフェイスは、ある物を引き出しから取り出した。


 それは割れた水晶玉だった。


「ノーフェイス様、こちらはなんでしょうか? 勉強不足で申し訳ございませんが、私にはわかりかねます」


「いや、気にしなくて良い。爺が知らないのも当然だ。これはユミル家当主しか存在を知らされない魔法道具マジックアイテムからね」


ということは、この魔法道具マジックアイテムは壊れたのでしょうか?」


「その通りだ。これはね、レヴィ様の心残りに異変があったら割れる警報球アラームっていう物なのさ」


「では、割れたということは異変があったということですね。その心残りとはなんでしょうか?」


「教皇が代々受け継ぐティルフィングだよ。レヴィ様はあれを未完成品にしてしまったことを嘆き、この警報球アラームを作ったのだ。ティルフィングが完成するか存在が消えたら割れる仕組みだった。ここに来て割れたってことは・・・、どうなったか言わずともわかるよね?」


小聖者マーリンがティルフィングに手を加えたということですね?」


「正解」


 怒気の込められた声でノーフェイスが肯定したことで、爺はノーフェイスが苛立っていた理由をようやく理解できた。


 レヴィの心残りを自らの手ではなく、宿敵のライトによってどうにかされたのではノーフェイスが苛立たないはずがない。


「心中お察し申し上げます。また、そのようなお気持ちを察せずに失礼しました」


「構わないよ。爺が悪いんじゃない。悪いのは小聖者マーリンとレヴィ様を闇に葬ったこの国だ」


 ノーフェイスは爺に対して寛大だった。


 もしも謝ったのが二つ名も付かない部下だったら、その者はノーフェイスに八つ当たりされていただろう。


 ノーフェイスは深呼吸して心を落ち着かせると、再び口を開いた。


「始まりの呪武器カースウエポンにして、未完成だったティルフィングがどうにかなったことは許し難い。取り返したいところだけど、小聖者マーリンが関わってちゃ事は簡単に進まない。だから、別の手に出る」


「どうされるおつもりでしょうか?」


「大陸東部を呪信旅団が支配する。さしあたっては、パイモンノブルスを手中に収めるかな。Eウイルスの影響が酷かったあの領地なら、簡単に落とせるだろうし」


「確かに、本日までの間に呪信旅団は大陸東部のネームドアンデッドを密かに倒しました。手に入れた呪武器カースウエポンやレプリカがあれば可能だと思います」


「爺もそう思う? じゃあ、やっちゃうか。今ここにいる団員を広間に集めてくれる? 時間は1時間後でよろしく」


「承知しました」


 ノーフェイスの指示に頷き、爺は部屋から出て行った。


 それから1時間後、広間にはぎっしりと呪信旅団の団員が集まった。


 二つ名持ちが先頭に並び、その後ろに配下の者達が並ぶ。


 呪信旅団では二つ名持ちが幹部扱いであるから、この並び方が集合時のデフォルトなのだ。


 ノーフェイスは団員達の前にある壇の上に立ち、団員達を見渡した。


「諸君、よく集まってくれた。今日集まってもらったのは諸君に大事な話があるからだ」


 普段、ノーフェイスから団員を集めて大事な話をするということはほとんどない。


 大抵は自分の上司から指示を出されるだけで、大事な話を耳にすることがないのが下っ端というものだ。


 それにもかかわらず、ノーフェイスが大事な話と口にしたことで広間を緊張感が支配した。


 団員達は口を開くことはなく、ノーフェイスの次の言葉を待つ。


「大事な話とはティルフィングについてだ。始まりの呪武器カースウエポンたるティルフィングが、小聖者マーリンによって強化された。我々が完成させるべきだったティルフィングは、小聖者マーリンによって汚されてしまったのだ」


 呪信旅団は呪武器カースウエポンを信仰する集団だが、その中でも特にティルフィングに注目している。


 注目している理由は、ティルフィングがこの世で初めて誕生した呪武器カースウエポンだからだ。


 レヴィの末裔であるノーフェイスだけでなく、団員達もティルフィングには並々ならぬ関心を抱いている。


 それゆえ、ノーフェイスの言葉に団員達はざわざわし始めた。


 いつものノーフェイスであれば、煩いと言って強制的に黙らせたかもしれないが、今日この場限りで団員達がざわつくのを許した。


 団員達に自分と同じ苛立ちを抱かせるためである。


 ある程度の苛立ちの声が確認できると、ノーフェイスは両手を上げて静まるように合図をした。


 その瞬間、ピタッと団員達の口が閉じられて広間には静けさが戻った。


「諸君、私は呪武器カースウエポンが好きだ」


 静かな広間に、ノーフェイスが恋する乙女のように告白した声が響いた。


「諸君、私は呪武器カースウエポンが好きだ。諸君、私は呪武器カースウエポンが大好きだ」


 今度は崇拝するものとしての熱量をもって言葉を口にし、大事なことだから2回連続で言った。


 団員達もそれに静かに頷く。


「磨くのが好きだ。飾るのが好きだ。眺めるのが好きだ。集めるのが好きだ。語るのが好きだ。増やすのが好きだ。壊すのが好きだ。効果が好きだ。デメリットが好きだ。平原で、街道で、塹壕で、草原で、荒れ地で、砂浜で、海上で、空中で、泥中で、湿原でこの地上で行われるありとあらゆる呪武器カースウエポンを使った戦闘が大好きだ」


 呪武器カースウエポンのことを考えるだけで、次々に言葉が湧いてくるノーフェイスに対して団員達は震えた。


「だが、現状はどうだ? 教皇や小聖者マーリンの勢力が日に日に強まり、我々は呪武器カースウエポンを愛でることもままならない。そんな現状に甘んじて良いのか?」


「良くありません!」


「断じてNoです!」


「我々は自由です!」


 ここで声を上げたのは、ノーフェイスが仕込んでいたサクラだが、今はそれは置いておこう。


「そうとも。我々は自由だ。奴らに怯える時間は終わった。大陸東部のネームドアンデッドも、大半を奴らに奪われることなく処理した」


 ここで、ノーフェイスは敢えて一拍置いた。


 その一拍の間に、団員達はノーフェイスの次の言葉を待って唾を飲み込んだ。


「我々には戦力が十分にある。であれば、次に我々がとるべき行動はわかるね?」


「戦争!」


「戦争!」


「戦争!」


「その通り! 我々呪信旅団は戦争を始める! さしあたってはパイモンノブルスを手中に収めよ!」


「「「・・・「「はっ!」」・・・」」」


「幹部に告ぐ! パイモンノブルスを落とした者に好きな呪武器カースウエポンをやる! 存分に暴れろ!」


「「「・・・「「はっ!」」・・・」」」


 ノーフェイスが壇から降りて広間を去ると、幹部が次々に指示を飛ばす。


「野郎共、俺からの指示は1つだけだ。見敵必殺サーチ&デストロイ!」


「私に呪武器カースウエポンを貢ぎなさい!」


「要人抹殺を最優先にしろ! 行け!」


 命令を受けた団員達は、我先にとパイモンノブルスへと向かうのだった。

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