第232話 それを捨てるなんてとんでもない!
ヒルダの妊娠が発覚した翌日、教皇を示すマークの
「ライト、ヒルダちゃん、もう子供ができたんだって!?」
「パーシー、落ち着きなさい。でも、こんなに早く孫の顔を見られるだなんて嬉しい話ね」
「ライトとヒルダの子供かぁ。お姉ちゃんに懐いてくれるかな?」
訪ねて来たのはパーシーとエリザベス、イルミである。
御者はセバスが担当したため、実家への帰省と言って良いだろう。
「父様、母様、久し振りですね。イルミ姉ちゃんもクローバーの護衛お疲れ」
「お義理父様、お義母様、ご安心下さい。立派な子を産んでみせます」
「いやぁ、早々に子供ができるとは思ってたけど、俺の予想よりもずっと早かったな」
「ヒルダちゃんなら大丈夫よ。それに、もし何かあってもライトがなんとかしてくれるもの。気楽にいきなさい」
パーシーとエリザベスはすっかり舞い上がっており、落ち着かせるのにしばらくかかりそうだった。
仕方がないので、ライトは先にイルミへの用事を済ませることにした。
「イルミ姉ちゃん、まだ右腕のガントレットになる
「見つからないから、お姉ちゃんは聖鉄製のガントレットとナグルファルで頑張ってるよ」
「そんなイルミ姉ちゃんに朗報」
「詳しく」
すぐに食いついたイルミに対し、ライトは<
「ライト、お姉ちゃんは信じてたよ!」
「ぐっ」
イルミは余程嬉しかったらしく、ライトに抱き着いた。
ライトはイルミの力が思ったよりも強かったせいで強制的に息を吐き出させられた。
「何やってんのイルミ? ライトから離れなさい」
「は~い」
ヒルダに注意されてやり過ぎたことに気づいたらしく、イルミはライトから離れた。
「イルミ姉ちゃんは相変わらずの馬鹿力だね」
「ライトなら耐えられると思ったのに」
「このままだとイルミ姉ちゃんには僕達の子供が生まれても抱っこさせられないな」
「そんなぁ・・・」
近い将来生まれて来る甥か姪を抱っこさせてもらえないと聞くと、イルミはかなりショックを受けた。
「いや、力加減をちゃんと考えてくれれば問題ないんだからね?」
「えっ、そうなの? お姉ちゃん頑張る」
(力加減は頑張って会得するものじゃないと思うんだけどな)
折角やる気になっているのだから、そう思ってもライトは決して口にすることはなかった。
それはさておき、ライトはイルミにカリプソバンカーの説明を済ませた。
説明を聞くと、イルミは気になったことがあって訊ねた。
「ライト、イカってどんな食材?」
イルミが最初に質問したのは、イカとは何かというものだった。
装着すれば食べられなくなるイカについて訊くあたり、流石はイルミである。
「それなら丁度良い時間だし昼食にしよう。ついでにイカ料理を振舞ってあげる」
時刻は正午を跨いだ頃だったので、屋敷の
そこにイカ料理を1品追加するぐらい、ライトならば造作もないことだった。
<
昼食を取り終えた後、ライトは再びカリプソバンカーを持ってイルミに話しかけた。
「イカはどうだった? カリプソバンカーを使うならこれが最後のイカになる訳だけど」
「ライトの意地悪。わざと美味しいイカリングを食べさせて、お姉ちゃんの決心を鈍らせようとしてるんだ」
「そんなつもりはないよ。今食べられるイカ料理がイカリングしか残ってなかったんだ」
「本当よ、イルミ。前に食べた時は他にもイカソーメンやイカスミスパゲッティー、イカチリなんかもあったもの」
「ぐぬぬ・・・。2人してお姉ちゃんにイカ料理を食べたくなる誘惑を仕掛けるだなんて酷い」
ライトが嘘を言っていないとヒルダがフォローしたのだが、それがむしろ事態を悪化させた。
ヴェータライトが壊れても、食べること自体は好きなイルミにとってカリプソバンカーを使うことによってイカ料理が食べられなくなるデメリットは小さくないようだ。
「しょうがない。これは廃棄かな。いや、可能性に賭けて【
「それを捨てるなんてとんでもない!」
(父様、実は電波拾ってたりしませんか?)
突然、パーシーが話に割り込んで来たのだが、その割り込み方がライトにとって懐かしいセリフだったので、心の中でツッコまざるを得なかった。
「イルミ姉ちゃんが使わないなら、父様が使いますか?」
「ちょっと待った! お姉ちゃんも使わないとは言ってないよ!」
「でも、イルミはイカ料理が食べたいから悩んでるんだろ? 俺はイカ料理を犠牲にしてでもカリプソバンカーを使いたい」
「お姉ちゃんだってイカ料理以外に美味しい物がたくさんあるって知ってるもん。カリプソバンカーはお姉ちゃんが使う。はい、これ代金」
パーシーが使いたいと言い出すと、イルミは使う覚悟を決めたらしくカリプソバンカーの代金だと言って金貨の入った袋をライトに渡した。
「イルミ姉ちゃんが代金を支払った・・・だと・・・?」
「明日は嵐なんじゃない?」
イルミが自分に金を払ったことが信じられず、ライトは目の前にいるイルミが偽者ではないかと思ってしまった。
ヒルダもライトと同じ感想を抱いたらしく、今起きたことが信じられない様子だった。
「むぅ、失礼な。お姉ちゃんはね、クローバーの護衛で高給取りなんだよ。父様にカリプソバンカーは渡さないよ。だって、お姉ちゃんがお金を支払ったんだから」
「そうか。代金を払ったんじゃしょうがないなー」
(うん、これは演技だね)
どうやら、パーシーはイルミに踏ん切りをつけさせるためにわざと自分もカリプソバンカーを欲しいと言ったらしい。
実際、イカリングを食べる速度はパーシーもイルミもどっこいどっこいだった。
それでも、イルミが折角強くなれるチャンスを棒に振るならば、カリプソバンカーが使えるのは間違いないのでパーシーが自分で使おうと思った訳だ。
イルミが使うと決心すれば、あっさりと退くつもりだったのは誰の目から見ても明らかである。
とりあえず、ライトは対価を貰ったからイルミにカリプソバンカーを渡した。
「さよなら、お姉ちゃんのイカ料理」
それだけ言い残すと、イルミは寂しげにカリプソバンカーを右腕に装着した。
「イルミ姉ちゃん、元気出して。世の中にはイカ料理以外にも美味しい物はたくさんあるよ」
「だよね! 知ってた!」
「立ち直るの早っ!?」
「お姉ちゃんは前だけを見て進むんだよ」
「良い感じに言ってるけど、反省はちゃんとしようね?」
「前向きに検討するよ」
イルミはやはりイルミだった。
心配するだけ無駄なのは言うまでもない。
イルミがカリプソバンカーの所有者になると、ライトは気になったことをパーシーに訊ねた。
「ところで、父様はティルフィングを使えるんですか?」
「ティルフィングなぁ。一応、俺も必死に訓練したおかげで<大剣術>を会得したから使えるんだが、やっぱり直接殴ったり蹴ったりする方が得意だな」
「えっ、後天的に<大剣術>を会得できたんですか?」
「まあね。体を動かすのは得意だから、<大剣術>を使える
(僕のことを規格外扱いするけどさ、父様も大概だと思うんだ)
常識的に考えて、武器攻撃系のスキルを後天的に会得するのは難しい。
魔法系スキルを会得するよりは難易度は低いが、それでも血の滲むような努力が必要だというのが一般的な常識である。
それにもかかわらず、パーシーは1週間で実用範囲まで仕上げてしまったのだから、パーシーの戦闘センスは十分チートと言えよう。
「流石父様ですね」
「そうかい? リジーもすごいよ? ライトがプレゼントしてあげた魔導書の技を全部使えるようになったんだ。【
「あからさまに危険な技ばかりじゃないですか」
「そうなんだ。まさに
「パーシー、何か言ったかしら?」
「なんでもないよ! 俺もリジーも強くなったってライトに教えただけだから!」
聞くだけでも恐ろしい技をエリザベスが会得したことで、パーシーはエリザベスに怯えていた。
恐らく、エリザベスが試し撃ちするのを見ていたのだろう。
実験台にされたアンデッドの末路を思い出したのか、パーシーは慌てて誤魔化した。
そんな賑やかな時間はパーシー達が帰るまで続いた。
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