第211話 話は聞かせてもらった。後は任せて
投票期間3日目、ライトにお客さんがやって来た。
「若様、セシリー=トーレス様がいらっしゃいました」
「セシリーさんだけ?」
「セシリー様だけです」
クローバー全員か、メアだけというパターンならばダーインクラブの屋敷にやって来ることがあったが、セシリーだけと聞いてライトは気になった。
というのも、ライトは本日から大陸北部の貴族の領地の挨拶回りでもしようかと思っていた矢先にセシリーが向こうからやって来たからだ。
それに加え、ジェシカが齎したブライアンとクシャナのやり取りから、トーレス子爵が呪信旅団に狙われているという情報があるのだから気にならないはずがない。
アンジェラに呼ばれてすぐに応接室に向かうと、ライトが視界に入った途端にセシリーが立ち上がって駆け寄った。
「プロデューサー、選挙で忙しいと思うけど助けてほしいの!」
「いきなりですね。話を聞きますから、一旦落ち着いて下さい。アンジェラ、ヒルダを呼んで来て」
「かしこまりました」
自分だけで結論を出さない方が良い可能性を考慮し、ライトはアンジェラにヒルダを呼びに行かせた。
ライトに呼ばれたと聞くと、頼られてご機嫌なヒルダがすぐに応接室にやって来た。
「じゃあ、セシリーさんの話を聞きましょう」
「うん。プロデューサーは知ってると思うけど、今の大陸北部って治安が良くないの」
「呪信旅団が活発になってるそうですね」
「そうなの。それで、トーレスノブルスの領民も不安がってるからなんとかしたいんだけど、父さんも兄さんもどこから手を着ければ良いか困って身動きが取れてないんだ。それで、義姉さんとどうにかできないかって話してたら、プロデューサーに助けを求めようって言われたの。それで私がここに来たの」
セシリーの義姉は、ライトの生徒会時代の先輩であるメイリンだ。
メイリンはセシリーに相談され、こんな時はライトに頼ろうと言ったらしい。
一緒に仕事をした経験に加え、ロアノークノブルスに結界を張ってもらったこともあり、ライトなら頼りになると思っての発言だった。
「トーレスノブルスの皆さんの不安はなんですか? 呪信旅団だけですか?」
「実は、結界から少し離れた場所でタキシムの群れも見つかったらしくて、他の領地との交易が滞ってるんだ」
「このままだとトーレスノブルスが孤立する可能性があるんですね?」
「そうなの。北部の他の領地では、領主と側近が戦場に出ると必ず呪信旅団が奇襲を駆けて来るから、父さん達も迂闊にタキシムの群れを討伐に行けないんだよね」
そこまで聞くと、ライトはセシリーが単身でダーインクラブまで来たのはかなり危険だったのではないかと思った。
「無茶をしましたね」
「思い立ったらすぐ行動だよ。ぶっちゃけ、大陸北部は教皇選挙どころじゃないんだ。早く事態をどうにかしないと、領民達が怯えて領地の雰囲気がどんどん暗くなっちゃう・・・」
セシリーの声がどんどん暗くなり、しまいには言葉が続かなくなると、ライトの視界の外から声が聞こえた。
「話は聞かせてもらった。後は任せて」
「イルミ姉ちゃん、いつの間に」
後ろを振り返ると、ドアを開けて仁王立ちするイルミの姿があった。
音もなくドアを開けるとは、無駄な技術を身につけたものである。
「もう、ライトってば、こんなお姉ちゃん向けの案件をお姉ちゃんに黙っとくなんて良くないよ」
「イルミ姉ちゃん向けの案件? まあ、確かに・・・」
戦闘が絡むならば、イルミ向けの話であることは否めない。
しかし、相談内容が戦闘になるとは話を聞く前には確定していなかったのだから、ライトがイルミを呼ばなかったのだって仕方のないことだ。
「お姉ちゃん、タキシムぐらいなら群れられても朝飯前だよ」
(考えようによっちゃ、ただ挨拶回りをしに大陸北部に行くよりも、相談に乗った方が印象は良いよね)
それを思い付くと、ライトはアンジェラに視線をやった。
「アンジェラ、父様に僕達が出かけることを伝えて来てくれる?」
「その必要はないよ」
「何やってるんですか父様・・・」
「父様、いつの間に後ろに!?」
「イルミ、背後を取られて気づかないとはまだまだだね」
イルミだけでなく、パーシーまで悪ノリして音もなくやって来たことにライトは頭が痛くなった。
だが、悪ノリを注意するよりも、アンジェラに伝えに行かせる手間が省けたことをラッキーだと思うことにした。
「では、僕とヒルダ、イルミ姉ちゃん、アンジェラでトーレスノブルスに行って参ります」
「うん、いっといで。選挙のことは気にせず、今は全力でトーレスノブルスの救援だけ考えると良い」
「ダーイン公爵、ありがとうございます! この件が片付いた暁には、私から父さんにダーイン公爵に投票するようにアピールしときます!」
「ありがとう!」
それはセシリーが元気になったということで、この場にいる者は皆良しとした。
話がまとまると、ライト達はダーイン公爵家の
セシリーが飛ばして来た
先を急ぐならば、アンデッドを近寄らせないためにもダーイン公爵家の
アンジェラが御者を担い、ライトとヒルダ、イルミ、セシリーが
道中の車内で、ライトはふと気になったことをイルミに訊ねた。
「イルミ姉ちゃん、どうして応接室に来たの? 偶然イルミ姉ちゃん向けの話をしてた訳だけど、そうじゃなかったら通り過ぎてた?」
「お、お姉ちゃんはお土産とか期待してないよ!」
(・・・察した。イルミ姉ちゃん、ロアノークノブルスで食べた牛肉をまた食べれると思ったんだな?)
イルミの自爆により、ライトはイルミが応接室に来た目的を理解してジト目を向けた。
「まあまあ。プロデューサー、それは良いの。義姉さんがイルミをお肉で釣れば、プロデューサーも動いてくれるって言ってたよ。経緯はともかく、結果はそうなったでしょ?」
「メイリンさん、イルミ姉ちゃんの習性をよく理解してますね」
「というより、義姉さんもお肉大好きだもん。これなら絶対に助けてもらえるって太鼓判を押されたよ。あわよくば、プロデューサーにお肉焼いてもらうって言ってたし」
「なるほど。肉好きは肉好きの思考がわかるし、発想も似るみたいですね」
「アハハ」
肉が好きなメイリンだからこそ、イルミをトーレスノブルスの牛肉で釣れるという確信があった。
イルミが釣れれば、なんだかんだライトも放っておけずについて来る。
そこまで読んでいたのだから大したものだ。
もっとも、ロアノークノブルスで肉を焼いてもらったことが忘れられないらしく、自分の欲望もしれっと満たそうとするあたり、メイリンもちゃっかりしている。
「良いなぁ、メイリンさん。お姉ちゃんも嫁ぐならご飯の美味しい所が良い」
「なん・・・だと・・・」
「イルミが結婚を意識してる・・・?」
「えっ、それって驚くことなの?」
イルミの何気ない発言を聞き、ライトとヒルダは衝撃を受けた。
そんな2人の顔を見て、いまいちピンと来ていないセシリーはよくわからないまま訊ねた。
「セシリーさん、良いですか? イルミ姉ちゃんは今の今まで結婚のけの字も会話に出て来なかったんです」
「私とライトがどれだけいちゃついても仲が良いぐらいの認識だったの」
「あっ、ヒルダはいちゃついてる自覚はあったんだ」
セシリーのツッコミどころはイルミではなく、ヒルダにいちゃついている自覚があったところだった。
そこをツッコみたくなるぐらい、ヒルダがライトを好きなのは置いておくとして、イルミが結婚を意識したのは大きな一歩である。
(アルバス、今君がすべきは鍛錬じゃない。美食を用意することだよ)
ライトはここにはいない親友に対し、イルミの気が変わる前にドゥネイルスペードに美食を用意しろと念じた。
ところが、トーレスノブルスが見えて来る頃にはイルミはすっかり戦う気満々であり、結婚云々の話はコロッと忘れているようだった。
アルバスがイルミを娶るには、まだまだ先が長そうである。
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