第199話 世の中綺麗事だけじゃ回らないの

 進んで厄介事に首を突っ込みたいとは思わないが、内容によっては後々自分達にも関わって来る可能性がある。


 取り返しのつかない状態で相談を受けるよりも、何かしらが起きたばかりの今話を訊いた方が苦労は結果的に少ないだろう。


 そう考えたライトは、直ちに教会を封鎖するよう係員に指示を出し終えたヘレンに話しかけた。


「叔母様、何が盗まれたんですか?」


「ピコハマーが盗まれたらしいわ。担当する係員がここに持ち運ぶ途中で襲われたみたいで、気絶して倒れたんですって」


「呪信旅団ですか?」


「その可能性は低いと思うわ」


「何故ですか?」


 真っ先に思い浮かぶ犯人を口にするも、ヘレンが首を横に振るものだからライトはその根拠を訊ねた。


 教会はこれまでの間に呪武器カースウエポンを盗み出されたり、グロアに脱獄されたりと呪信旅団に対して後手に回っていた。


 今回もそうなのではないかと疑うのは当然と言えよう。


「呪信旅団なら、1つと言わずあるだけ呪武器カースウエポンを盗むと思うもの。ピコハマーだけを盗むとは考えにくいわ」


「なるほど。言われてみればそうですね。叔母様は犯人に心当たりがあるんですか?」


「ピコハマーの競り合いに参加して負けた人達よ」


「封鎖を指示しておりましたが、競り合いはせずに様子見をしてた人達は容疑の対象外なんですか?」


 ヘレンは報告した係員に指示を出して教会を封鎖した。


 そこまでしたならば、参加者全員を容疑者扱いしても不思議ではない。


 それにもかかわらず、容疑者をピコハマーの競り合いに参加した負けた参加者だけに絞る理由がライトにはわからなかった。


「オークションの運営をする教会は、仮面をナンバリングして誰がどの仮面を着けてるのかきっちり記録してるの」


「参加者同士の身元の探り合いは禁止でも、運営する教会はその限りじゃないってことですね」


「その通りよ」


「えぇ~、なんかそれ狡いよ~」


 ヘレンとライトのやり取りを聞き、イルミは感じたことを素直に口にした。


 そんなイルミに対し、ヘレンは自分の子供に優しく教えるような表情になった。


「世の中綺麗事だけじゃ回らないの」


「むぅ・・・」


 自分の説明で納得させ切れなかったと悟ると、ヘレンは切り口を変えてみた。


「イルミちゃん、ライト君に何かお願いする時にどうしたらお願いを聞いてもらえるか考えるわよね? 例えば、ライト君に手料理を作ってもらいたいと思った時とか」


「ライトは優しいから、お姉ちゃんが普通に頼めば作ってくれるよ?」


「ライト君、説明を交代してちょうだい」


「諦めないで下さいよ・・・」


 イルミへの上手い説明が見つからず、ヘレンはライトにそれを丸投げした。


 ヘレンからすれば、ライトがなんだかんだイルミに甘いせいでこうなったのだから、是非とも説明を代わってほしいところだろう。


 ライトはヘレンが匙を投げたため、溜息をついて仕方なくバトンタッチを受け入れた。


「一昨年の生徒会長選定の時、イルミ姉ちゃんは自分で生徒会長になろうとせずに僕を推薦したよね?」


「うん」


「その時に頭を使う仕事は僕に丸投げして、肉体労働は自分がやるって言ったのを覚えてる?」


「覚えてる」


「それで、僕が会長であることを利用して、会長権限でちょこちょこお願いを聞いてもらおうとしたよね?」


「うん」


「それと同じだよ。自分にとって都合の良い展開で物事を進めるためには、全員が納得できることをし続けることは難しいんだ。現に、僕は押し付けられるのが嫌だって断ったでしょ?」


「なるほど!」


 イルミがポンと手を打って納得すると、ヘレンの顔が引き攣った。


「・・・ライト君、その説明はあんまりだと思うの」


「元はと言えば、叔母様が無茶振りするからです。イルミ姉ちゃんに理解してもらうには、自分事化できる具体例がないと駄目なんですよ」


「そうかもしれないんだけど、それと今回のケースを一緒にされるのはどうかと思うわ」


「肝心なのはイルミ姉ちゃんを納得させることでしょう? そもそも、なんでピコハマーを盗んだ容疑者が競り合いに負けた方達に絞られたかという話なんですから、イルミ姉ちゃんをどう納得させるかなんて些細なことじゃないですか」


「・・・そうね」


 ライトの言い分に思うところはあれど、イルミの納得云々がこの場の重要な問題ではないことは確かなのでヘレンは頷いた。


「話を元に戻しましょう。競り合いに負けた方々を容疑者に絞った理由を教えて下さい」


「わかったわ。これは内密にしてほしいのだけれど、ピコハマーを出品したのはドヴァリン公爵家なのよ」


「えっ、そうなんですか?」


「そうなの。グロアを公爵から引き摺り下ろした後、関係各所へのお詫びや結界の展開費用で支出が予想以上にあったのね。だから、ドヴァリン公爵家が保有する呪武器カースウエポンの中で、デメリットが大したことなくそこそこ使えるけど普段使いはしない物を選んで出品したの」


「ドヴァリン公爵家の資金繰りが必要だったことはわかりましたが、それと容疑者の絞り込みに関係性が見えません。ピコハマーは複数の貴族から狙われてたってことですか?」


 ヘレンの話を聞いてなお、ライトにはヘレンが容疑者を絞る理由に辿り着けなかったので仮説をぶつけてみた。


「ピコハマーが狙われてるというよりは、それを落札した貴族の力を削ぐのが狙いだと思うわ。ピコハマーを落札したのはアマイモン辺境伯家よ。ただ、アマイモン辺境伯の近隣の領主はアマイモン辺境伯が力を持つことを阻止したいって思ってるのよね」


「知りませんでした」


「しょうがないわ。大陸北部の事情なんて、ライト君が知っててもしょうがないもの。ちなみに、ピコハマーは元々グロアの夫がアマイモン辺境伯家から持ち出した物なの。それを取り戻そうとしたことを知ったから、北部の貴族がこぞって競り合いに参加したのね」


 ライトの住むダーインクラブはヘルハイル教皇国がある大陸の南寄りにあり、アマイモンノブルスは大陸の北端だ。


 ドヴァリンダイヤを含む大陸北部の事情に明るい訳ではないので、ライトはここまで説明されて初めてヘレンが容疑者を絞っていた理由に納得できた。


「しかし、アマイモン辺境伯家の力を削ぎたいとはいえ、アンデッドや呪信旅団との戦いが激化する中でも争うというのはどうなんですか?」


「私も馬鹿なんじゃないかって思うわ。でもね、大陸北部はこの国でも特に実力主義の思考が強いから、直接争うことはなくても水面下で常に競い合ってるの。ライト君、北部の領地に結界を張りに行った時に、周囲の貴族の歓待はどうだったか探りを入れられなかった?」


「・・・入れられましたね。まさか、そんな所でも張り合ってるんですか?」


「張り合ってるわ」


「はぁ・・・」


 どうしようもないなと思うと、ライトは溜息をつかずにはいられなかった。


「とりあえず、ピコハマーを競り落としたのに盗まれたことが広まれば、アマイモン辺境伯家は周辺貴族に今まで以上に舐められるわ。そうなってしまうと、北部は本当に戦うべき相手と戦う前にやり合って消耗してしまう。だから、今この場でくだらない争いに終止符を打ってしまいたいわ」


「そうですか。ただ、そうなると僕達は今聞いた話を胸にしまっておくことぐらいしかできそうにないですね」


「そんなことないわ」


「そうなんですか?」


「ええ。ライト君は”ヘルの代行者”を持ってるわ。そんなライト君の前で後ろ暗いことをしたとして、それが明るみになれば彼らは身の破滅だと思ってる。だから、ライト君には彼等の不審な点を探すのを協力してほしいわ」


「むむぅ、北部の貴族許すまじ」


「イルミ姉ちゃん?」


 ヘレンが依頼を口にすると、イルミがムッとした表情になった。


 ライトは何がイルミをムッとさせたのか気になり、イルミの方を向いた。


「お姉ちゃんのランチを邪魔するなんて許せない。ライト、パパッと見つけてご飯を食べに行くよ」


 (食べ物の恨みは怖いって言うけど、イルミ姉ちゃんのは一際怖いな)


 そんな風に思うライトだったが、何をそんなに怖がっているかと言えばイルミが空腹を我慢させられたあまり自分の制御を無視して暴れることだ。


 疑わしき者は全員倒してしまえば良かろうなんて言い出してしまえば、ライトの精神はゴリゴリと削られるのは必至である。


「わかったから落ち着いて。ご飯は逃げないから」


「お姉ちゃんには嫌いなことがあるの」


「何かな?」


「ご飯だよって呼ばれたと思ったら、実はまだ準備できてなくて食べられないこと」


「期待させてから落とすのは許さないってこと?」


「その通り。ライト、お姉ちゃんのために頑張って」


「そこはイルミ姉ちゃんも頑張ろうよ」


「わかった。お姉ちゃんも本気を出すよ」


「ごめん、やっぱりおとなしくしてて」


 ポキポキッと手を鳴らすイルミを見て、ライトは本気出す方向性が違うと思って協力を断った。

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