第195話 常識は身に着けるものだけど、囚われて良いものじゃない

 翌日、ライト達はシュミット工房へとやって来た。


「いらっしゃい! あっ、ライト君! 久し振り!」


「久し振りだね、アリサ。ちょっと仕事を頼みたいんだけど大丈夫?」


「大丈夫だよ」


「良かった。アンジェラ、ペインロザリオを出して」


「かしこまりました」


 アンジェラからペインロザリオを受け取ると、それを鞘から抜いたアリサが驚いた。


「うわっ、刃毀れしてるね。呪武器カースウエポンでこれって何と戦ったの?」


「ペイルライダー」


「・・・去年ライト君達が倒した特殊個体ユニークじゃん」


「うん。ペイルライダーの本体はスケルトン上位種だからさ、骨を斬ろうとするとどうしても剣の方が参っちゃったんだ」


「なるほどねぇ。確かに、スケルトンとか骨系のアンデッドと戦うなら、鈍器や聖銀ミスリル製じゃないと厳しいよね。ましてや特殊個体ユニークなんだし」


「一応、ダーインクラブの鍛冶屋でも見てもらったんだけど、ここまで酷いとシュミット工房かスミス工房じゃなきゃ無理だって言われてさ」


「そうだと思う。任せて。親方も今は暇してるところだから、きっとすぐにやってくれるよ」


 そう言うと、アリサはペインロザリオを持って工房の奥に移動した。


 それからすぐに、テッサがアリサと一緒にやって来た。


「ダーイン公爵家の坊ちゃんに嬢ちゃん、ドゥラスロール公爵家の嬢ちゃんじゃねえですか。いつもご贔屓にして下さってありがとうございます」


「こちらこそいつも助かってます。ペインロザリオの修復ですが、どれぐらいかかりそうですか?」


「これぐらいの刃毀れなら、1時間ぐらいかかりやすぜ」


「わかりました。代金は先払いで良いですか?」


「あー、そのことなんですが、実は坊ちゃんにお願いがありやして、今回はそのお願いと相殺にしてもらえねえでしょうか?」


 自分にお願いと聞いて、聖水を融通することが頭をチラついたライトだったが、それならそうだとテッサは言う性格だ。


 だとしたら、今回のお願いとやらは別件だろうと判断して詳しく聞くことにした。


「まずはお願いの内容を聞きましょう。僕にもできることとできないことがありますから」


「ありがとうございます。実は、教会から汎用性のある新型の聖鉄製武器を作ってほしいと依頼がありやした。けれど、俺の漢のロマンは大衆受けしねえんです。それで行き詰っちまったんです。坊ちゃんはあらゆることに精通してますから、何かヒントとなるアイディアを貰えねえでしょうか?」


 (教会も呪武器カースウエポン以外の武器の開発を考え始めたか)


 今のところ、最もアンデッドに対して有効な武器は呪武器カースウエポンだ。


 聖鉄製の武器は普通の鉄製武器よりは効果的だが、呪武器カースウエポンには劣る。


 呪武器カースウエポンにはデメリットがあってまともに扱える物は限られているから、新型の聖鉄製武器の開発に着手すべきだという結論に至ったらしい。


「わかりました。考えてみましょう」


「だったら、私が依頼のことはライト君に話しとくから、親方はペインロザリオの修復をお願い」


「おう、頼んだぞアリサ。では、俺も作業に入らせてもらいますぜ」


 ライトが知恵を貸してくれるとわかると、テッサが工房の奥に戻る足取りは軽くなった。


 テッサが戻っていくのを見送ると、アリサは早速依頼内容について説明し始めた。


「教会からの依頼は、使い方さえわかればアンデッドに攻撃を当てられる武器、あるいは攻撃を避けにくい武器なの」


「それってどの職業が使うことを想定してる?」


「そこまでは指定されなかったから、職業に関係なく使える武器だと思う。無茶な依頼だよね?」


「そうだね。それができたら苦労しないって注文だと思う。パッと浮かぶのは2つあるけど、口頭よりも図で表した方が良いかな?」


「もう思いついたの!?」


「まあね」


 ライトがあっさりと閃いたことに驚くが、アリサはライトなら思いついてくれると期待していたのでメモに使って良い紙を用意した。


「じゃ、じゃあ、図でお願い。これに描いて」


「わかった」


 それからデザインを描くこと10分、ライトは2つのアイディアを形にしてみせた。


 ヒルダやアンジェラも、アリサと同様にライトが思いついた新しい武器に興味があったので覗き込んだ。


「1つ目はナイフみたいだけど・・・」


「これは・・・、どちらも暗器ですね」


「アンジェラにはわかるの?」


「勿論です。物理攻撃系スキルを持たない者にとって、工夫自体も武器ですから」


 ヒルダは片方だけ外見からナイフだと思ったようだが、普通のナイフとどう違うのかまではわからなかった。


 その一方、アンジェラは暗殺者アサシンであり、物理攻撃系スキルを持たない身で戦場を生き抜いて来たため、似たような武器を使ったことがあるらしくピンと来た。


「ライト君、順番に説明してもらっても良い?」


 ヒルダと同程度しかわからないアリサは、早々に考えるのを諦めてライトに説明を求めた。


「良いよ。1つ目はスペツナズナイフ。バネの力で刃を飛ばす暗器だよ」


「暗器って、さっきアンジェラさんが言ってた武器だよね?」


「そうだよ。本来の用途を偽ってたり、服に隠したりする武器のことなんだ」


「なんかすごいね。達人の武器って感じ」


「だってよ、アンジェラ。良かったじゃん」


「褒められるのも嬉しいですが、若様に罵ってもらうのも捨てがたいですね」


「おとなしく褒められとけよ変態」


「ありがとうございます!」


 褒めてみたら変態は罵ってほしいと言う。


 実に業の深いことである。


 変態はスルーに限るので、ライトは説明を再開した。


「スペツナズナイフは柄にあるボタンを押せば、刃が内蔵されたバネで飛び出すんだ。普段はナイフとして使って、突きのタイミングでボタンを押せばタイミングをずらせるでしょ?」


「バネって武器にも使えるんだね」


「あらゆるものが武器になるんだ」


「なるほど。ライト君の発想はずば抜けてるや」


「常識は身に着けるものだけど、囚われて良いものじゃない」


「ライトカッコいい」


「流石は若様。良いことを言いますね」


 (拾わないでよ。恥ずかしくなってきちゃったじゃん)


 得意気に言った言葉をヒルダとアンジェラに拾われ、ライトは段々恥ずかしくなてきた。


「オホン。次の暗器を説明するよ。2つ目は腕に嵌めるブレスレット型クロスボウだ。構造上の問題で放たれる矢は小さくなる。普段使いする武器を使うと見せかけて矢を放てるように練習すれば、敵の意表を突けるんじゃないかな」


「面白いね。個人的には、1つ目の方が扱いやすい気がする。2つ目は玄人向きだと思うな」


「僕もそう思う」


「若様、私は2つ目が欲しいです」


「アンジェラならそうかもね。今度発注する?」


「お願いします」


 ブレスレット型クロスボウが琴線に触れたらしく、アンジェラはライトに欲しいと強請った。


 アンジェラが武器を強請れば、今まで黙って聞いてたイルミも反応した。


「ライト、お姉ちゃんも武器が欲しいな」


「イルミ姉ちゃんはまた今度だね。使える武器が限られてるから」


「そんなぁ・・・」


「イルミ、我儘言っちゃ駄目だよ。今度良い呪武器カースウエポン手に入れたら、イルミが貰うんでしょ?」


「うぅ、わかった」


 しょぼくれるイルミに対し、ヒルダは宥めるように言う。


 イルミもライトが約束してくれたことを思い出し、今は我慢することにした。


 新型武器の説明が終わった頃になると、ペインロザリオの修復を終えたテッサが戻って来た。


「元通りに仕上がりましたぜ。確かめて下せえ」


「ありがとうございます。アンジェラ、受け取って」


「かしこまりました。・・・確かに元通りです。ありがとうございます」


 テッサから受け取ったペインロザリオをじっくり確認すると、アンジェラはその修復の完成度がばっちりだと判断してお礼を言った。


「いやいや、俺も呪武器カースウエポンの修復なんて貴重な経験を積めてありがてえ限りです。アリサ、そっちはどうだ?」


「親方、ライト君から2つアイディアを貰ったよ」


「ちょっと見せてくれ」


 アリサからメモを受け取ると、テッサは早速それを読み込み始めた。


 ライトから受けた説明は、アリサがそのメモにしっかりと書き込んでいる。


 それゆえ、ライトが同じ説明を繰り返さずともテッサはどんな武器なのかすぐに理解できた。


「これは面白えです。ちょっくら作ってみます。お代はいただきやした」


「完成したら教えて下さい。あくまでアイディア上の物でしたから、形になったら見てみたいです」


「勿論です。坊ちゃん、漢のロマンとは別ですが、これを作れることにワクワクしてきやしたぜ」


 テッサは2つの暗器を作ることに前向きだった。


 その後、用事は済んだのでライト達はシュミット工房を後にした。


 明日はオークションなので、今日の残り時間は大通りでの買い物に充てることになった。


 ダーインクラブ以外での買い物は久しぶりだったため、ヒルダがご機嫌だったことを記しておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る