第192話 これが本当のユグドラ汁なんだよ

 ルクスリアをジト目で見ていたライトだが、思い出したように<道具箱アイテムボックス>からコップに入った透き通った蛍光色の液体を取り出した。


「ルー婆、これが何かわかる?」


 話題を変えられると思ったルクスリアは、すぐにコップを覗き込んだ。


『こんな色の薬なんて、私は見たこともないわ』


「これが本当のユグドラ汁なんだよ」


『う、嘘でしょ!? あの人体に害のありそうな見た目の薬がこれと同じはずないわ!』


 つい本音が口から出てしまい、ルクスリアは再びライトのジト目に晒された。


「OK。そんな風に思ってた薬を飲ませてたのは一旦脇に置いとくよ。でも、これは事実なんだ。ルー婆が作ったユグドラシルは、クレセントハーブの質が低かった。それだけの違いだったよ」


『当時の技術では最も高品質な物を使ったはずなのに、それで足りなかったってこと?』


「うん。エネルギーポットにクレセントハーブを植え、聖水で育てたらここまで飲み易そうな色に変わったんだ」


『エネルギーポットを使えば良かったのね・・・。いや、それよりも聖水で育てるなんてどんだけ贅沢なのよ』


 自分になんてものを飲ませてくれたんだとツッコミたい気持ちを抑え、ライトは事実だけをルクスリアに伝えた。


 ルクスリアはユグドラシルの改良に成功したこともそうだが、聖水でクレセントハーブを育てるという非常識極まりない方法に戦慄した。


「そのおかげで味がほとんどハーブティーになったって聞いたら、無駄って言える?」


『必要経費だわ。私の負けよ、ライト。これこそ真のユグドラ汁だわ』


 不味い薬よりも美味しい薬を飲みたいと思うのは、誰だって同じだろう。


 ルクスリアは一瞬で手のひらを返した。


 ルクスリアの中で、ライトが作った物こそがユグドラシル汁であると認識が更新された瞬間だった。


 改良版のユグドラ汁を見せてルクスリアに負けを認めさせたことで、不味いユグドラ汁を飲まされ続けたことに対するライトのささやかな仕返しは終わった。


「ルー婆、もう1つ訊かせて。呪信旅団って知ってる?」


『呪信旅団? 呪いを信仰してるの?』


「いや、呪武器カースウエポン至上主義だね」


『あぁ、そっちね。呪信旅団は知らないけど、私のことを一方的にライバル視してて全く同じ思想を持つ奴ならいたわね。レヴィとか』


「レヴィ? 誰それ?」


『レヴィ=ユミル。私が生きてた頃の呪武器カースウエポンの研究の第一人者ね。研究に没頭するあまり、晩年は呪武器カースウエポンを崇拝するレベルの老害だったわ。後世に名を残してはならないと歴史上から抹消されたの』


 ライトの習った歴史の内容では、全く聞いたことのない人物の名前だった。


 教科書どころかダーインクラブの屋敷の書庫にあるどの本にも載っていない人物となれば、ライトが気にならないはずがなかった。


「そのレヴィって人は、強力な呪武器カースウエポンを手に入れるためならどんなことでもするような人だった?」


『そうね。自分の研究のためならば、人的被害を省みない奴だったわ。研究に詰まると誰にでも股を開く淫乱な奴で、産んだ子供すら実験台にする正真正銘のクズね。あれは<法術>がとにかく気に入らないって突っかかって来たのを覚えてるわ』


「吐き気を催す邪悪と言っても過言じゃないね」


『ええ、私もそう思うわ。ただ、当時の包囲網はガバガバだったから、レヴィを処刑してもその血筋が絶えたとは断言できない。もしかしたら、呪信旅団を率いる者はユミル家の血を継いでるかも』


 (ノーフェイス・・・。もしかして、ユミル家を継ぐ者なのか?)


 そこまで聞いた時、ライトは呪信旅団で気になる人物が頭に思い浮かんだ。


 ライトが遭遇した呪信旅団の中で、自分達から唯一無傷で逃げ切った者であることから、ただの雑魚モブとは考えられない。


 しかも、顔だけでなくステータスも隠していることから、その正体が全くわからない。


 呪武器カースウエポンの扱いに精通しており、デメリットの影響を受けることなく使っていた。


 不確定ではあるが、ルクスリアの話と併せるとノーフェイス=ユミル家の末裔説は可能性のある仮説となった。


「ルー婆、もしかしたらユミル家の末裔が呪信旅団にいるかも」


『レヴィの意思はこの世界にとって猛毒よ。もしも手段を選ばずに呪武器カースウエポンを集めたら、アンデッドから守るべき人類の方がいなくなってしまうわ』


「それは笑えない冗談だね」


『本当に度し難いわ。ライト、そろそろMPが厳しいんじゃない? 回復さえすればまた話せるんだから、今日はもう止めましょう』


 ライトのMPが少なくなってきているとわかったらしく、ルクスリアは今日はここまでにしようと提案した。


 実際、ライトはペイルライダー戦でMPを大量に消耗しており、動けるぐらいのMPを【祈通神プレイトゥーヘル】で回復したばかりだ。


 MP残量が心許なくなってきたのは間違いないので頷いた。


「悪いけど、この続きはまた今度にさせてよ。今日はMPの回復に専念させてもらうね」


『そうしてちょうだい。じゃあ、またね』


 ルクスリアはそう言うと光になって消えた。


 それにより、ダーインスレイヴがライトの手の中に戻って来た。


 ダーインスレイヴをライトが腕に嵌め直すと、ヒルダがライトに話しかけた。


「ライト、私が背負って移動するから【祈通神プレイトゥーヘル】を使って。辛いんでしょ?」


「それは・・・」


 ヒルダの申し出はありがたい。


 しかし、ヒルダに背負われたままアリトンノブルスに帰還するのは恥ずかしかった。


 意識を失っているならともかく、意識自体ははっきりしているのだから、せめて肩を借りるぐらいにしたい。


「ライトがいなきゃ、私達はペイルライダーに勝てなかった。それに、ルクスリア様の知識を借りられたのもライトのおかげ。だったら、せめて動けなくなるライトのことを背負うぐらいさせてほしいの」


 そこまで言われてしまえば、ヒルダの好意を無駄にできない。


 それゆえ、ライトはヒルダにおんぶしてもらってから【祈通神プレイトゥーヘル】を発動した。


 背中を通して伝わるライトの温もりを感じ、ヒルダはとても幸せだと思えた。


 それと同時に、まだまだライトに頼ってばかりであるとも思ったので、ライトのためにもっと強くなろうとヒルダは気合を入れ直した。


 ヒルダがそんな風に自分の世界に入っていると、いつの間にかアンジェラが蜥蜴車リザードカーに乗ってライト達を迎えに来た。


「ヒルダ様、乗って下さい」


「アンジェラ?」


蜥蜴車リザードカーがないならまだしも、あるにもかかわらずメイドの私が皆様を歩かせることなどできません」


「・・・わかったわ」


 アンジェラの立場や気遣いを考慮すると、ここで乗らないのはどうかと思ったのでヒルダは了承した。


 車内に入ると、イルミはまたすぐに寝入ってしまい、ライトはヒルダに膝枕された状態でMPを回復し始めた。


 アリトンノブルスの門を通過する際、ライト達を称える声が上がったが、アンジェラの操縦する蜥蜴車リザードカーはそのまま噴水広場へと向かって行った。


 ペイルライダーとの戦い、ルクスリアの復活と中身の濃い時間を過ごしたライト達だったが、噴水広場にクローバーの4人を残して舞台に立たせていた。


 そうだとしたら、彼女達の舞台の結果を確認せねばなるまい。


 ライトがプロデュースし、アリトンノブルスでクローバーをデビューさせたのだから結果を聞くまでが仕事だろう。


 幸い、蜥蜴車リザードカーで移動している間に【祈通神プレイトゥーヘル】と<超回復>のおかげでライトのMPは動ける程度に回復した。


 噴水広場に到着した時には、自分の足で歩けるぐらいになった。


「ヒルダ、ありがとう。おかげで動けるぐらいには回復したよ」


「どういたしまして。またいつでもおんぶしてあげるし、膝だって貸してあげるから」


 微笑みながら言うヒルダにライトは照れてしまった。


 (僕もまだまだだな)


 蜥蜴車リザードカーから降りたライト達の姿を見つけると、メア達が駆け寄って来た。


「プロデューサー、成功させました! 大成功です!」


「アンコール貰ったよ!」


「緊張しましたが達成感でいっぱいです!」


「もっといろんな場所で歌いたいです!」


「無事に舞台を終えられたなら、僕達が行った甲斐はありましたね。アリトンノブルスを襲うアンデッドを殲滅してきましたし、もう安心です」


「「「「ありがとうございました!」」」」


 自分達の歌を披露する機会を守るため、体を張ってくれたライト達に対してクローバーの4人は深々と頭を下げた。


 その後、噴水広場に遅れてアルベルトがやって来て、8人にアリトンノブルスを守ってくれたことと非戦闘員を勇気づけてくれたことに感謝の言葉を伝えた。


 場所は違えどライト達とクローバーはアリトンノブルスのために動いてくれた。


 いくら感謝してもしきれないので、せめて今日は屋敷でゆっくりと休んで欲しいとアルベルトが申し出た。


 この日の夜は、舞台の成功とアリトンノブルスの防衛を祝したパーティーになった。


 ライト達はやり切った達成感と緊張の糸が切れてすっかり脱力してしまい、ベッドに着くとすぐに爆睡するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る