第191話 おかえり、ルー婆

 動ける程度にMPを回復すると、ライトはヒルダから離れて1人で立った。


「ありがとう、ヒルダ。もう大丈夫」


「どういたしまして」


 お礼を言ったライトは魔石を回収すると、<道具箱アイテムボックス>に収納するついでに戦闘中に拾ったアーマーキラーを取り出した。


 早く思念玉をダーインスレイヴに吸収させたい気持ちはあったが、アーマーキラーにも気になることがあったからだ。


 <道具箱アイテムボックス>を取り出すと、アーマーキラーに変化があった。


「これってペイルライダーの使ってた馬上槍ランスだったんだよね? なんで銀色になってるの?」


 ヒルダの指摘こそ、ライトが気になっていたことだった。


 ペイルライダーが【水牢ウォータージェイル】に閉じ込められた際、ライトは【聖付与ホーリーエンチャント】を使って聖水の牢獄を創り上げた。


 純度の高い聖水漬けになれば、呪武器カースウエポンであるアーマーキラーに変化が起きないはずがない。


 先程は戦闘中だったため、アーマーキラーにどんな変化が起きたのかわからないまま<道具箱アイテムボックス>にしまい込んだが、今は確認する時間がたっぷりとある。


 それゆえ、ライトは柄に紅い宝玉がはめ込まれ、赤い分岐線の浮かび上がった銀色の槍に<鑑定>を使った。


 (大当たりだ! グングニルじゃん!)


 ライトは手に持った槍の価値を知って驚いた。


 ライトのダーインスレイヴやヒルダのグラムのように、生涯をかけて貫き通す誓いを立てる必要がある。


 誓いを守り続けている限り絶大な効果をデメリットなく使えるのならば、それは間違いなく破格と言えよう。


 グングニルの効果だが、投げたら必中で命中後に使用者の手元に戻るというものだった。


 使用者の能力値を高めたり、敵の能力値を下げたりする効果はないが、使う者によっては一撃必殺の投槍に早変わりである。


 <鑑定>を使い終えたライトは、チラッとアンジェラのペインロザリオを見た。


 手入れは欠かしていないようだったが、ペイルライダーの骨部分を攻撃したこともあって刃毀れしていた。


「アンジェラ、槍は使えるか?」


「<槍術>持ちのプライドをへし折れるぐらいには使えます」


 (この世界の<槍術>持ちの人が泣くよ)


 アンジェラから予想の斜め上を行く回答を受けると、ライトはアンジェラにグングニルを差し出した。


「アンジェラ、このグングニルを使え。ペインロザリオはさっきの戦闘で刃毀れしてるだろ?」


「手入れをすれば十分使える範囲ですが、私が頂戴してよろしいのですか?」


「この先、アンジェラにもグングニルみたいな武器が必要になるはず。グングニルを使うには生涯をかけて貫き通す誓いを立てる必要があるし、その誓いを破った時に使用者は死ぬ。それでも、アンジェラなら誓いを守り通せるはずだ」


「・・・謹んで頂戴いたします」


 ライトからの信頼を感じ、アンジェラはいつになく真面目な顔でグングニルを恭しく受け取った。


 数秒間、アンジェラはグングニルを見つめると口を開いた。


「アンジェラ=ヴィゾフニルが誓います。私の生涯をかけて主たるライト=ダーインのためにその身を賭し、どんな苦難からも守り抜きましょう」


 ピカァン!


 アンジェラが宣言した途端、グングニルから光が放たれてその場が光に包まれた。


「うむぅ・・・?」


 眩い光が発生したことで、眠っていたイルミが目を覚ました。


 少しの間ぼーっとしていたが、アンジェラの手にグングニルが握られているのを見ると意識が覚醒した。


「あ~っ!? 狡い!」


「イルミ姉ちゃん起きたの?」


「起きたよ! ライト、狡いよ! お姉ちゃんもああいうの欲しい!」


 イルミはグングニルを指差して主張した。


「イルミ姉ちゃんだってナグルファル持ってるじゃん」


「真っ赤な宝石付いてないもん! それにデメリットもないじゃん!」


「そうは言うけどさ、イルミ姉ちゃんは両手両足で3つの呪武器カースウエポンを持ってるんだよ? しかも、ナグルファルは聖銀ミスリル製。十分持ってるじゃん」


「お姉ちゃんだって、お腹空いたり眠くなったり筋肉痛にならないで力を使える武器が欲しい!」


 イルミのその主張自体は否定するものではない。


 ヘルハイル教皇国の守護者ガーディアンならば、誰だってデメリットのない強い武器を使いたいと願うのは当然だからだ。


 しかし、デメリットを軽減できるうえ、3つも使っているイルミがそれを言えば周囲の者が黙っちゃいない。


 実際、父親のパーシーだって最近ではライトに使いやすい呪武器カースウエポンを強請る始末だ。


 それもイルミが3つも呪武器カースウエポンを使っているにもかかわらず、けろりと日々を過ごしているからに違いない。


 であれば、ライトの回答は決まっている。


「イルミ姉ちゃんに使えそうな物があったらね」


「言ったね!? お姉ちゃん聞いたからね!? 絶対だよ!?」


「はいはい。わかったから落ち着いてよ」


「お姉ちゃんとの約束だよ? 破ったら毎日ライトにケーキ作ってもらう」


「毎日食べたら太・・・らないか」


「うん。お姉ちゃんにはヴェータライトがあるもん。これさえあれば太らないもんね」


 イルミがドヤ顔で言うものだから、ヒルダとアンジェラはムッとした表情になった。


「私がどれだけ甘い物を我慢してると思ってるの?」


「若様、イルミ様の料理に毎回砂糖1袋混ぜてみましょう。これも呪武器カースウエポンのデメリットを調べる実験です」


 (イルミ姉ちゃん、俺も余計なこと言った気がするけど火に油は注がないでよ)


 世の中の女性を敵に回す発言を平気で口にするイルミを見て、ライトは戦慄した。


 とりあえず、この話題を続けるのは危険でしかないのでライトは話題を変えた。


「じゃあ、こっちの宝玉をダーインスレイヴに吸収させてみよう」


 そう言ってすぐに、ダーインスレイヴを腕から外してその紅い宝玉にライトは思念玉を吸収させた。


 その瞬間、ダーインスレイヴから眩い光が生じ、ダーインスレイヴは宙に浮き始めた。


 ライトはダーインスレイヴに何が起きたのかを確認するため、<鑑定>を発動した。


 その結果、ダーインスレイヴの効果に英霊降臨の4文字を見つけた。


 英霊降臨の効果を詳しく見ようとしたライトだったが、それよりも前にダーインスレイヴを纏う光が人型へと形を変えた。


 人型が霊として形が定まると、それはライトにとって懐かしい姿だった。


 その霊の方も、ライトを見てにっこりと笑った。


『こうしてまた貴方に会えるとはね、ライト』


「おかえり、ルー婆」


 霊の正体とは、ダーイン公爵家初代当主のルクスリア=ダーインだった。


 ヘルと対面した際、ライトは思念玉をあと1つ手に入れてダーインスレイヴに吸収させればルクスリアと再会できる可能性が高いと聞いていた。


「ライト、この幽霊と知り合いなの?」


「イルミ姉ちゃん、仮にもご先祖様に幽霊呼ばわりは駄目でしょ」


 ダーイン公爵家の歴史に疎いイルミは、残念ながらルクスリアの正体に気づかなかった。


 ライトの顔が引き攣ったとしても仕方のないことだろう。


 その一方、ヒルダとアンジェラは片膝をついてルクスリアに頭を下げていた。


「初代様、私はライトの婚約者のヒルダ=ドゥラスロールです。お初にお目にかかります」


「初代様、若様専属メイドのアンジェラ=ヴィゾフニルにございます。お目にかかれて光栄です」


『あぁ、そういう堅苦しい挨拶は良いわ。私、復活する前から貴女達のことも見てたから、どういう人となりかはわかってるつもりだし。ヒルダ、アンジェラ、ライトがここまで立派になったのは貴女達があってのことよ。どうもありがとう』


「とんでもないです! 私はライトと一緒にいたくていただけですから!」


「私も好きで若様に仕えておりますので、勿体ないお言葉にございます」


 恐縮するヒルダとアンジェラに対し、恐れを知らぬものがいた。


 そう、イルミである。


「ご先祖様~、お姉ちゃんもライトのお姉ちゃんとして頑張ってたよ?」


『・・・そうね。ライトがしっかりした要因として、イルミも重要な役割を果たしてくれたわ』


「えっへん」


 ルクスリアはライトがイルミの世話をしているところしか見ておらず、その逆はなかったと記憶していた。


 しかし、ここでイルミは何もやってなかったというのも雰囲気的にどうなのかと思って肯定してあげた。


 その様子は、まるで幼い子の無邪気な言葉を肯定してあげる母親のようだった。


「ルー婆、これで少なくとも消滅することはないんだよね?」


『ええ、そうね。今の私はダーインスレイヴを媒介に降臨してるから、ライトのMPが続く限りこっちにいられるわ』


「そっか。じゃあ、MPストックもしっかりしとくよ。ルー婆もできるだけこっちにいたいでしょ?」


『そりゃそうだけど、ライトに無理させるつもりはないわ。ライトが呼び出したい時に知恵袋として登場するのが丁度良いんじゃないかしら?』


「わかった。じゃあ、何かあったら呼ばせてもらうよ」


『そうしてちょうだい。それにしても、ライトの身長はあんまり伸びてないのね?』


「ルー婆が小さい頃から筋トレさせたからじゃないかな?」


 ルクスリアはうっかり余計なことを言ったと悟り、ライトのジト目から目を逸らした。


 久し振りにあった時の定番のやり取りも、相手を選んでやるべきだろうことをルクスリアは痛感したのだった。

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