第184話 では、プロデューサーと呼んで下さい

 顔合わせが済むと、早速ライトは指導を始めることにした。


 最初に行うべきは現状把握なので、ライトはとりあえずメア達にそれぞれのお気に入りの讃美歌を歌ってもらった。


 4曲続けて聞いたライトは、その後に続けて歌おうとするイルミを止めた。


「イルミ姉ちゃんは歌わんでよろしい」


「ここはお姉ちゃんの実力を見せるんじゃないの? お姉ちゃんも指導することになるなら、実力を知っといてもらった方が良いと思う」


「・・・珍しく正論を言うね」


「お姉ちゃんこそジャスティス」


「ちょっと何言ってるのかわからない」


 どこの世界の常識だと言いたくなったが、あんまりイルミに厳しく言うと本当にイルミが指導に回った時にメアはともかくセシリー達がイルミを軽んじる恐れがある。


 それもあって、ライトは何言ってんだこいつぐらいのリアクションに留めた。


 イルミは【輝闘気シャイニングオーラ】を使うと、気に入ってる曲を歌い上げた。


 これで全員が歌い終わった訳だが、メア達の実力を確認する方法は前と同じくコップ1杯の水の聖気補充率がどれだけか確認するだけだ。


 (アリトンさん100%、イルミ姉ちゃん80%、トーレスさん30%、ソールさん20%、ホーステッドさん15%か。なんでイルミ姉ちゃんが成長してるんだ?)


 それぞれの前に置かれたコップに<鑑定>を使った結果を見て、ライトはどうしてもイルミの成長が気になってしまった。


 <聖歌>と<祝詞詠唱>のどちらも会得していないはずなのに、アイドル候補生達よりも良い結果を残したのだから当然だろう。


 ライトが結果を発表すると、セシリー達も勿論同じ感想を抱いた。


「えっ、すごい。どういうこと?」


「<祝詞詠唱>を持ってないんですよね?」


「姉から聞いてましたけど、本当にイルミさんには常識が通用しないんですね」


「ドヤァ」


 セシリー達から尊敬半分呆れ半分の視線と感想を受け、イルミは腕を組んでドヤ顔を披露した。


「セシリー、ネム、ニコ、わかりますか? 過去最高の手応えだと思ったら、スキルを持たない素人に負けるんです。これが辛いんですよ」


「メアはどうやって追い越したの?」


「イルミに鍛えてもらったり、気づかぬうちに聖水を飲まされたらこうなりました」


「あれ、聞き間違いかな? 聖水飲まされてたって聞こえたけど」


「それが聞き間違いではないんです。事実ですよ。ダーイン君の<鑑定>を受けて初めて知った時は本当に驚きました」


 引き攣った顔のセシリーに対し、メアは遠い目をして答えた。


「メアは私が育てた」


「イルミ姉ちゃん黙って」


 イルミが空気を読まずに余計なことを言うものだから、ライトはすかさず口を閉じるように言った。


 セシリー達がイルミに戦慄する中、メアはまだ話は終わっていないと続けた。


「でも、イルミは歌を楽しそうに歌うんです。それを見て私も楽しくなりました。上手くなろうと意識するよりも、イルミみたいに感情を全開にして歌った結果、上手くなった実感が沸きました」


「でしょ~? もっと言ってやってよ」


 (それはまあ、確かにそうかも)


 考えて行動するよりも、感情を優先して行動するイルミだからこそ、歌っている姿は楽しそうに見える。


 技術の向上を目指すことは大事だが、それよりも大事なことをイルミから学んだと言うメアにライトも心当たりはあったようだ。


「とりあえず、新人3人はイルミ姉ちゃんと練習しましょう。上手くいけば、アリトンさんみたいに<聖歌>を会得できるかもしれませんし」


「わかった!」


「わかりました」


「はい」


「じゃあ、セシリーとネムとニコは私について来てね。庭に行くよ」


 イルミがセシリー達を連れて行くと、応接室にはライトとヒルダ、メアだけが残った。


「ダーイン君、私はどうすれば良いんですか?」


「アリトンさん、練習の前に確認したいことがあります」


「なんでしょう?」


「アリトンさんの目指すアイドルについて、認識のすり合わせが必要です。アリトンさんはトーレスさん達と一緒に活動するつもりでしたか? それとも全員バラバラで活動するつもりでしたか?」


 これは重要な問題である。


 ソロを選ぶかユニットを選ぶかで国内での影響力が変わるからだ。


「私は全員一緒に活動するつもりでした。アイドルという仕事が前例のない物である以上、私1人で活動するには影響力が足りません。仮に1人で活動するならば、もっと影響力を強めてからです」


「良かったです。僕もその認識でした。僕とアリトンさんの認識が違えば、目指すゴールが違ったまま育成することになってしまいます。それでは上手くいきませんから、あらかじめ認識を一致させる必要があったんです」


 何事も目指すべきゴールがあって初めてスタートできる。


 ライトはメアとゴールを共有することで、途中で方向性の違いで解散することを防ごうとしたのだ。


 メアはライトの言い分に納得した。


「その通りだと思います。私達は4人で活動します。パーティーというと6人ですから、何と表現すれば良いのでしょうか?」


「ユニットですね。4人組ユニットです」


「ユニット・・・。初めて聞く言葉ですがしっくりきますね」


「アリトンさんにはユニットのリーダーを担ってもらいます。良いですね?」


「勿論です。彼女達を引っ張ってみせます」


 ライトはメアにリーダーを任せることで、メアのモチベーションを上げた。


 メアはお人好しだが、しっかりと野心は持っている。


 それに加え、なんだかんだメアもアリトン辺境伯の血筋なので、高位の貴族としてのプライドがない訳ではない。


 このアイドルユニットの育成の成功には、メアをいかにマネジメントするかが肝心だ。


 だから、ライトはメアのモチベーションを上げる所から始めた。


「ところで、叔母様からの手紙にはどこでユニットがデビューするか書かれておりませんでしたが、何か指示は受けてますか?」


「ダーイン君に最初の舞台は任せるとのことです。新人戦の昼休憩みたいに、上手く人の集まる舞台を用意してもらうようにと言われました」


 (叔母様、これは丸投げと言うんですよ?)


 アイドルの育成経験がないヘレンは、新人戦でメアをデビューさせたライトの手腕に期待している。


 いや、正直なところを言えば、何をやればいいかわからないけどライトならどうにかしてくれると信頼してアウトソーシングした訳だ。


 ライトだって専門家ではないのだが、少なくとも自分よりもメア達の育成に相応しいという判断なのだろう。


 (どうしたものか。どうせやるなら華々しいデビューが良いよね)


 初舞台で失敗すれば、その後は失敗が怖くなって思うようにパフォーマンスができないだろう。


 それでも、失敗するリスクはトレーニングでできる限りなくし、大成功したという体験を味わってほしいというのがライトの考えだった。


 そんなライトに指針を与えたのはヒルダだった。


「ライト、最初の舞台はアリトンノブルスにしたら? メアの故郷なんだし丁度良いと思うの。それに結界をまだ展開できてないなら、月食に対する領民の不安を払拭するべきじゃない?」


「うん、良いね。流石はヒルダ」


「エヘヘ」


 ライトに褒められて嬉しいらしく、ヒルダは満面の笑みになった。


「アリトンさん、どうでしょうか? 地元でのデビューを最初のゴールとしてやってみますか?」


「やります! 領民を私達の歌で元気にします!」


 ライトに問われ、メアは気合十分に答えた。


「できることなら、月食中になんとか形にしたいですね。月食後にアリトンノブルスを訪問し、領民を慰労するというところでしょうか? それでもかなり急ピッチでの育成になりますが」


「構いません。ズルズルと先延ばしするよりも、期限を設けていただいた方が燃えます」


 (アリトンさん本気だね。まあ、聖水作成班になろうとしたのも領民のためだったんだからそうなるか)


 目に炎が灯ったように幻視してしまう程、メアはやる気に満ち溢れていた。


「わかりました。では僕達もレッスンに移りましょうか」


「あの」


「どうしましたか?」


「ダーイン君に面倒を見てもらう以上、ダーイン君と今まで通りに呼ぶのは違うと思うんです。何か別の相応しい呼び方はありませんか?」


「では、プロデューサーと呼んで下さい」


「プロデューサー。しっくりきますね。わかりました。今からはプロデューサーとお呼びします」


 こうして、ライトはアイドルユニットのプロデューサーになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る