第173話 細けぇこたぁはいいんだよ!

 グロアが余計なことをしたせいで、会議は一旦休憩を挟むことになった。


 仕切り直すために時間は必要だし、牢屋に連行されたグロアへの対処を牢屋の見張りに連携することにも時間が必要だからだ。


 休憩が終わると、会議室には3公爵とその使用人、ローランド、ヘレンが集まって会議が再開された。


「次の議題だけど、ネームドアンデッドへの対応についてよ。各地で目撃されてから討伐されてないアンデッドをリストアップしたわ。確認してちょうだい」


 ヘレンが資料を配布すると、ライト達はそのリストに目を通した。


 (ネームドアンデッドってこんなにいたのか)


 ライトの感想はそれに尽きた。


 何故なら、リストには20体もネームドアンデッドの名前と大まかな特徴が記されていたからだ。


「ふむ。ダーインクラブ周辺では目撃されてないのだな」


 最速でリストに目を通し終えたブライアンは、そこから読み取れる事実を口にした。


「それは違うわ」


「違う?」


「発見されたネームドアンデッドがいない訳でもなかったけど、つい最近ライト君達が倒しちゃったの。その結果、ダーインクラブ周辺でネームドアンデッドが存在してないだけ」


 ブライアンの指摘に対し、ヘレンはリストには記されていない事実を述べた。


「ネームドアンデッドは倒してしまったで済むような強さではないはずだが?」


「その通りよ。でも、スカルロックバードのアロガンスに関して言えば、ライト君とヒルダちゃん、イルミちゃんの3人で倒してるの」


「学生3人で倒すとは、やはり月見の塔の一件も本当だったか」


「嘘な訳ないでしょ? 大体、嘘を言って誰が得をするのよ?」


「いや、すまない。娘や息子からも聞いてはいた。しかし、どうも現実離れした話だからつい疑ってしまった。壁際に控える偏執狂モノマニアの仕業と聞けば、すぐに納得できるんだがな」


 チラッと自分に視線を向けて来たブライアンを見て、アンジェラはすぐに応じた。


「若様の強さですが、既に私に一撃入れられる実力をお持ちです」


「なんだと?」


 アンジェラの口にした事実を信じられず、ブライアンは即座にライトの顔を見た。


 ライトはそれをニッコリと笑って受け流した。


「治療に防御、支援だけでも十分だというのに、近接格闘もできるのか」


「それが私の育てた若様です」


 ここ一番のドヤ顔を見せるアンジェラである。


 いつの間にか、議題から逸れてライトの実力の話をしていたため、ヘレンが流れを元に戻した。


「ライト君の実力については置いといて、リストにダーインクラブ周辺で目撃されたネームドアンデッドがいないのはそういう訳よ。このリストの中で、脅威だと思われる順に番号を振ってるわ。指摘があれば言ってちょうだい」


「ヘレンさん、良いですか?」


「ヒルダちゃん、何かあるの? 言ってみて」


「リストに載ってるパラノイアと呼ばれるリベンジャーですが、以前両親の討伐に同行した際に遭遇したことがあります」


「本当? リストに書いてあること以外で気づくことはない?」


「ひたすらに恨み言をブツブツ呟いてます。それと、普通のアンデッドと違って追い詰められると逃げます」


「それは珍しいわね」


 本来、アンデッドには痛みを感じても逃げたりしない。


 どれだけダメージを受けていようが、HPが尽きるまで戦い続けるのが一般的だ。


 しかし、パラノイアと呼ばれるリベンジャーは違い、追い詰められると逃げ出した。


 リベンジャーとは幽体のアンデッドで、人に恨みを持って死んだ者の怨念が瘴気と結びついて出現する。


 普通のリベンジャーならば、HPが尽きるまで恨みを晴らそうと暴れ回るのだが、パラノイアと呼ばれる個体は違う。


 それがわかっただけでも対処方法が変わる。


 ヒルダの情報はヘレンにとって貴重なものに違いない。


「ありがとう、ヒルダちゃん。討伐の参考にさせてもらうわね」


「お役に立てて良かったです」


 ライトのことさえなければヒルダは優等生だ。


 それがよくわかる瞬間だった。


「誰か他に知ってるアンデッドはいないかしら?」


 ヘレンが再び問いかけるが、今度は誰からも声が上がらなかった。


 情報の追加がないのなら、ネームドアンデッドへの対応を詰めていくことになる。


「なさそうだから先に進むわね。まず、ネームドアンデッドが見つかってる場所は、ドゥネイルスペードとドヴァリンダイヤ周辺、4つの辺境伯領、後は各貴族の領地で1体ずつよ。現状では、どこも自分の領地を守るのが手一杯で連携して戦闘することはできてないわ」


 (リアルタイムで距離の離れた人と情報交換ができないんだから、これはしょうがないんじゃないかな)


 当然のことだが、ニブルヘイムには携帯電話スマートフォンはないし、トランシーバーだって存在しない。


 現状では、それに代わる情報の伝達手段となるスキルも見つかっていないので、こればかりはどうしようもないだろう。


「叔母様、聖鉄製の武器の配備はどの程度進んでますか?」


聖銀ミスリルよりはコストを抑えられるから、セイントジョーカーに関して言えばシュミット工房とスミス工房に協力してもらって生産を急いでるわ。教会所属の守護者ガーディアンなら、1パーティーに1つは渡ってるはずよ」


「他の領地ではそこまでではないですよね?」


「そう聞いてるわ」


 呪武器カースウエポンとは違い、デメリットがないことは聖鉄製の武器の最大の利点だ。


 限定的な効果ではあるが、一般的な鉄製品よりもアンデッドに効果があるのだから、聖鉄製の武器も地味に人気である。


 ここで、ブライアンが話に加わった。


「ライト=ダーイン、聖水が多ければ聖鉄製の武器も増やせるだろう。協力したらどうだ?」


「叔父様と叔母様の要請があれば、聖水作成班の方々を追い詰めない程度に協力してますよ」


 ライトが努めて冷静に答えると、ローランドはハッとした表情で口を挟んだ。


「聖水で思い出したけどよ、オールドマン曰くライトが一枚噛んだはなかなかの働きぶりらしいぜ」


「ローランド、それを言うならよ」


「細けぇこたぁはいいんだよ!」


「そんなことはないでしょ? 細かいことが大事なことだって多いわ。私が苦労してるのも、ローランドが大雑把だからでしょうが」


「・・・悪かった」


 (叔父様、頼むからここで夫婦喧嘩しないでね?)


 勢いで誤魔化そうとしたが、ヘレンがその発言に引っかかってしまってローランドが委縮した。


 ローランドとヘレンが喧嘩を始めれば、仲裁には向かなそうなブライアンは頼みの綱にはなり得ない。


 それはつまり、自分が2人の仲裁をしなければならなくなるということだ。


 そんな事態になってほしくはないので、ライトは話を進めることにした。


「アリトンさんが聖水作りで活躍してるんですか?」


「おうよ。歌うだけで班員3人分の働きらしい。んで、他の班員も試しに歌ってみたんだが、普通に詠唱するよりも生産性が上がった奴がいたんだとよ」


「それとは別に、<聖歌>には気持ちを昂らせる作用があるみたい。試しに元気のない人に<聖歌>を使ってもらったんだけど、体調の回復速度が他の人よりも速かったわ。この作用、何かに使えないかしら?」


 (これは本格的にユニットを組ませるべき? いや、組める人がそもそもいないと駄目か)


 ヘレンの問いかけに考え込むライトを見て、ローランドはピンと感じるものがあったらしい。


「ライト、さては何か思いついてるだろ? 実行できるか考えてねえか?」


「よくわかりましたね」


「勘だけどな。んで、実行する妨げになるのはなんだ?」


「少なくとも、アリトンさんと同じ要素を持った人が1人か2人必要です」


「同じ要素ってのはなんだ?」


「少なくとも<祝詞詠唱>を会得しており、アリトンさんと近い年齢の女性で容姿がある程度整ってることです」


 そこまで言った瞬間、ライトは隣から冷気を感じるのではないかと思って隣を見た。


「どうしたのライト?」


「いや、なんでもない」


「ライトは私だけを見てくれるんでしょ? それなら私は平気だよ」


 (ヒルダ・・・。マジでヤンデレ化も快方に向かってるじゃん)


「ありがとう」


「でも、態度で証明してくれたらもっと嬉しいかも」


 ヒルダがここで言う証明とは、アンジェラやヘレンだけの前ならともかくそれ以外の人の目がある所ではライトは恥ずかしく思うものである。


 それゆえ、ライトはヘレンに目線をやって少しだけ席を外すと告げ、ヒルダを伴って会議室の外に出た。


 幸い、会議室の外に誰もいなかったのでライトはヒルダを抱き締めた。


 そのまま、リクエストに応えて情熱的なキスまですると、ヒルダの機嫌が良くなったのでライトはヒルダを連れて会議室の中に戻った。


 自分達が振った話題でこうなったと自覚があったため、ローランドとヘレンはライトに面目ないと身振り手振りで謝った。

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