第162話 ロゼッタ、君は大物だよ

 エマが屋敷を訪ねて来た翌日、ライトを目当てとした来客があった。


 それを知らせに来たのはアンジェラだった。


「若様、ロゼッタ=フローラ様とそのご家族がいらっしゃいました」


「ロゼッタが? 家族連れで?」


「はい。応接室でお待ちです」


「わかった。すぐに行く」


「ライト待って。私も行く」


 昨日の一件があったため、ライトはヒルダと一緒にいた。


 そこにお呼びがかかったから、ヒルダはロゼッタを警戒して一緒について行くと言い出した。


 ヒルダを不安にさせないために、ライトはヒルダ同伴を許可して一緒に応接室へと向かった。


 アンジェラがドアを開け、ライトとヒルダがその中に入るとロゼッタ達が立ち上がった。


「ライ君~、ヒルダさ~ん、こんにちは~」


「こんにちは、ロゼッタ」


「こんにちは、ロゼッタさん」


 ロゼッタはいつも通りの緩い喋り方だった。


 ロゼッタを挟むように立っている両親は、ロゼッタとは真逆でガチガチに緊張した様子である。


「ロ、ロゼッタ、本当に私達が来ても平気なのかい?」


「そ、そうよ、ロゼッタちゃん。とっても場違いだと思うわ」


「え~? 大丈夫だよ~。ライ君優しいから~。ね~?」


「構いませんよ。改めまして、僕はライト=ダーインです。ロゼッタには学校でお世話になってます。クレセントハーブも手に入れて下さってありがとうございました」


「ヒルダ=ドゥラスロールです。ライトの婚約者です」


 ロゼッタがマイペースなのはいつものことなので、ライトはそれを笑って受け止めてロゼッタの両親に自己紹介した。


 ヒルダも続いて自己紹介すると、彼等も自分達が名乗りもしていなかったことに気づいて慌てて頭を下げた。


「大変失礼しました。ライト様、ヒルダ様、お初にお目にかかります。私はロータス=フローラと申します」


「ロータスが妻、ガーベラ=フローラでございます」


 (両親共に花の名前なのか。根っからの花屋ってこと?)


 そんなことを思いつつ、ライトは3人に座るように促した。


 全員が座ると、ライトはこの屋敷にフローラ一家がやってくることになった理由を訊ねた。


「ロゼッタ、いきなりどうしたの? 今はセイントジョーカーの外は危ないから出歩かない方が良いと思うけど」


「それがね~、セイントジョーカーにいても危ないの~」


「セイントジョーカーが? 治安でも悪くなったの?」


「う~んとね~、ウチに花を買いに来るんじゃない人達がね~、いっぱい来るんだよ~」


 まったりとしたペースで喋るロゼッタを見て、ロータスもガーベラもハラハラしていた。


 ロゼッタは月食で大活躍した小聖者マーリンの前でもこうなのかと思うと、気が気でないらしい。


 ロゼッタに説明を任せておくことに堪えられなくなり、ロータスが補足し始めた。


「実は、私共の花屋にライト様と顔を繋げと脅迫する貴族の使者がここ最近来るようになったのです」


「・・・それは申し訳ないことをしました」


「い、いえ、決してライト様を責めた訳ではございません!」


 ロータスの補足を聞き、ライトがしまったという顔になるとロータスは慌てて弁明した。


 ライトは自分が有名になることで、知り合いにそのような被害が出てしまうとは思っていなかった。


 それゆえ、フローラ一家に迷惑をかけたと知ると申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 そんなつもりで補足した訳ではなかったから、ロゼッタが慌てるのも当然である。


「ライ君~、私達を雇って~。セイントジョーカーにいられないから逃げて来たの~」


「「ロゼッタ(ちゃん)!?」」


 そこに空気を読まず、ロゼッタが爆弾を投下した。


 (そんなに状況は差し迫ってるのか・・・)


 昨日、エマが結界を張ってほしいと頼みに来たのもそうだが、他の領地の貴族は直接ダーイン公爵家に使者を寄越した。


 ところが、直接アプローチをかけるのではなく、ライトの知り合いを脅して無理矢理協力させようとする輩が出てしまった。


 知り合いの花屋の営業を妨害してしまう事態になり、ライトはどうにかできないかと頭を回転させ始めた。


 いつもならば、ライトに擦り寄ろうとする者を良しとしないヒルダも、今回ばかりは口を挟むべきではないと判断して静かにライトに視線をやった。


 (庭師として雇えるか父様に相談してみるか? 確か、先日高齢で辞職した者がいたはず)


 そこまで考えが至ると、ライトは部屋の隅に控えていたアンジェラの方を向いた。


「アンジェラ、父様を呼んで来てくれないか?」


「かしこまりました」


 ライトに頼まれてアンジェラはパーシーを呼びに行った。


 それから数分後、アンジェラがパーシーとエリザベスを連れて戻って来た。


「初めまして。息子が世話になってるね。俺がダーイン公爵家当主のパーシー=ダーインだ」


「パーシーの妻、エリザベス=ダーインよ。ロゼッタちゃん、ライトと仲良くしてくれてありがとう」


「ロゼッタ=フローラです~。こちらこそ~、ライ君には~、いつも助けてもらってます~」


「む、娘がいつもお、お世話になっております。ロータス=フローラです」


「ガ、ガーベラ=フローラです」


 (ロゼッタ、君は大物だよ)


 ロータスとガーベラの顔が真っ青になっている中、ロゼッタはほんわかした雰囲気を貫き通している。


 ライトがロゼッタを大物と称するのも無理もない。


「パーシー、庭師の定員が2名余ってたわ。住み込みで雇ったら?」


「そうだね。ライトがダーインクラブのために頑張ったのに、それで友達が被害を受けるなんて悲しいことだ。君達さえ良ければこの家の庭師として働いてみないかい?」


「ありがとうございます~」


「「ロゼッタ!?」」


 なんでロゼッタがお礼を言うのとツッコミたい気持ちでいっぱいだが、状況に頭が追い付かなくてロータスもガーベラも口を動かせずにいる。


「あの~、私も働かせて下さ~い」


 (もう止めて! ご両親が気絶してしまう!)


 更なる爆弾を投下するロゼッタを見て、ライトは心の中でツッコみを入れた。


「確かに、両親だけ働いて自分だけ何もしないのも辛いわよね。うん、庭師見習いとして雇いましょう。良いわね、パーシー。異論は認めないわ」


「良いんじゃないかな。ライトと同い年の庭師がいれば、世代交代した時も安心だし」


 (母様の尻に敷かれてますよ、父様。そりゃ、その方が助かりますけど)


 エリザベスの決定に笑顔で頷くパーシーに対し、ライトが若干失礼なことを考えているが、その方が都合が良いのは間違いない。


「ありがとうございま~す。精一杯頑張りま~す」


「私は夢を見ているのだろうか・・・」


「ロータス、私達疲れてるのよ・・・」


「【【疲労回復リフレッシュ】】」


 ガーベラが疲れていると口にしたのを聞き、ライトは反射的に【疲労回復リフレッシュ】を使ってしまった。


 医者のさがなのだろう。


「ライ君~、これからもよろしくね~」


「うん、よろしく」


 終始ほんわかした調子のロゼッタを見て、追い込まれてもなるようになるものだとライトは思った。


「アンジェラ、彼等を使用人の居住スペースに案内してもらえるかしら? ついでに、この屋敷で過ごすために必要な説明もお願い」


「承知しました」


 エリザベスに頼まれ、アンジェラはフローラ一家を引き連れて応接室から退出した。


 それにより、応接室にはライト達だけとなった。


 すると、エリザベスがライトに近寄って抱き締めた。


「ライト、貴方は思うままにやりなさい。結界を張ったことで、今もダーインクラブの領民は笑顔で暮らせてるわ。今回の件で悪いのは、ライトの繋がりを無理やり使おうとした貴族よ」


「母様・・・」


「大丈夫。アンジェラがそれとなく敵の正体を訊き出してくれたら、しばらくすればお家取り潰しになってるわよ」


「母様?」


 ほんの少し前まで、自分を慰めてくれる優しさをエリザベスに感じていたライトだが、続けて口から出て来た言葉を聞きその感動は疑念に変わった。


業炎淑女バーストレディ復活かな?」


「パーシー?」


「はい、すみません」


 ニコニコしてエリザベスを茶化そうとしたパーシーだったが、エリザベスから感じられるプレッシャーに負けて萎んだ。


 (父様、余計なことを言っちゃ駄目だってば)


 ライトは何やってんだかと呆れた視線を向けた。


「とにかく、ライトはやりたいようにやれば良いのよ。そうすれば、きっと全部良い方向に流れるわ。流れなかったら、私達が風向きを変える手伝いをすれば良いのよ。ヒルダちゃん、そうよね?」


「お義母様の言う通りです。ライトの邪魔をする者は斬ります」


「よろしい。流石はライトのお嫁さんね」


 (頼もしさと恐ろしさを兼ね備えたタッグが結成されちゃったよ)


 過激な2人が手を組めば、自分が取りこぼしたものも拾ってくれると確信したが、それと同時にエリザベスとヒルダには逆らえないと思うライトであった。

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