第163話 ヘイヘイヘーイ。お出かけならお姉ちゃんを忘れちゃ困るよ

 2日後、またしてもライトに来客があった。


「若様にお客様です。カタリナ=オネスティ様とその御婆様です。応接室に案内しております」


「カタリナが? 行ってみよう」


「ライトってば、クラスメイトの女子ばかり引き寄せるなんて実は女誑しなの?」


「いや、違うから。偶然だから。それにカタリナのおばあさんは僕の患者だった人だし」


「・・・私も行く」


「うん。一緒に行こう」


 とりあえず、ライトを不問にしたヒルダは同行することでこの場が収まった。


 アンジェラに案内されてライト達が応接室に入ると、カタリナとその祖母が立ち上がった。


「こんにちは、ライト君」


「先生、リーベ=オネスティです。お久しぶりでございます。以前は治療していただき、本当にありがとうございました」


「カタリナ、こんにちは。リーベさん、お久しぶりです。体の調子は大丈夫ですか?」


「病にはあれから一切なっておりません。健康第一をモットーにしております」


「それは良かったです。どうぞお座り下さい。それでカタリナ、今日はどうしたの?」


 挨拶が済むと、ライトはカタリナとリーベを座らせてすぐに本題に入った。


「あ、あのね、実は私とおばあちゃんをダーインクラブに住むための後ろ盾になってほしいの」


「カタリナもセイントジョーカーで脅されて移住希望?」


「私? もしかして、他にも誰かクラスメイトが来たの?」


「一昨日、ロゼッタが両親と一緒に越してきたよ。僕が目当ての貴族に脅されたのが怖くて、こっちに移住してきたんだ」


「ロゼッタも大変だったんだね。私とは違う意味で」


「カタリナは脅された訳じゃないってこと?」


 その口振りから、カタリナは脅されたのとは別の理由でダーインクラブに住みたいと希望しているようだった。


「うん。実はね、呪信旅団に死霊魔術師ネクロマンサーがいるらしいの。その人がね、大量にアンデッドを使役してあちこちで混乱を巻き起こしてるんだって。そのせいで、ただでさえ微妙な立ち位置の死霊魔術師ネクロマンサーが白い目で見られるようになっちゃって、セイントジョーカーに住みにくくなっちゃったの」


 (貴族の次は呪信旅団のせいかよ。いや、大元を辿ればアンデッドが悪いんだけどさ)


 カタリナが口にした話は、ライトが結界を展開したことに関連することではなかった。


 カタリナが祖母と共にセイントジョーカーから逃げて来たのは、死霊魔術師ネクロマンサーに対する世間の認識のせいである。


 死霊魔術師ネクロマンサーという職業は、残念ながら過剰に恐れられやすい。


 人類の敵たるアンデッドを使役するのだから、死霊魔術師ネクロマンサーという職業に関して中途半端な知識しかなければ怖がってしまう者がいるのも仕方がない。


 人間とは未知に惹かれる一方、未知を恐れる生物だ。


 正確な知識を持ち合わせていなければ、死霊魔術師ネクロマンサーの使役しているアンデッドが暴走するかもしれないと勘違いしている者が多いのが現状である。


 アンデッドを使役するための【絆円陣リンクサークル】は、使用者が使役できないアンデッドには通用しない。


 つまり、【絆円陣リンクサークル】が効いた時点で使役されたアンデッドが暴走することは原則的にないのだ。


 そこを知らない者が多いせいで、死霊魔術師ネクロマンサーの評判はなかなか改善されない。


 教会学校では、カタリナとスカジが【融合フュージョン】を使ってだが、人類で初めてデスナイトの使役に成功したおかげで、校内で死霊魔術師ネクロマンサーを悪く言う者はいない。


 デスナイトが2人の命令に従順であることが、校内に知れ渡っているからだ。


 それに、アンデッドは原則として街中では召喚が許されておらず、どの死霊魔術師ネクロマンサーもそれを固く守っている。


 しかし、セイントジョーカーではまだその現状が理解されておらず、そこに呪信旅団に所属する死霊魔術師ネクロマンサーが余計なことをしたせいで、死霊魔術師ネクロマンサーの評判が悪化した。


「後ろ盾になるって具体的にはどういうことを望んでる? カタリナは安全ですって広めるのはできるけど、それさえすれば良いって訳でもないでしょ?」


「雇って下さいなんて大それたことは言わないよ。他の人に迷惑をかけないって約束するから、おばあちゃんと住める家を貸してもらえない? 家賃はおばあちゃんの分も私が働いて払うから」


 (その大それたことをロゼッタは言ったんだよね)


 そんなことを思いつつ、ライトはダーインクラブに空き家があったかわからなかったので、部屋の隅で待機していたアンジェラに訊ねてみた。


「アンジェラ、空き家って今ある?」


「移民が日に日に増えておりますから、今のところ空きはございません。しかし、治療院の従業員スペースならば、少し狭いですが家の代わりになるのではないでしょうか?」


「ああ、確かに」


 アンジェラに指摘され、ライトはなるほどと手を打った。


 そこに、リーベが口を開いた。


「先生、私も重労働でなければ働けます。治療院の掃除を任せていただけないでしょうか。孫だけに働かせる訳には参りません」


 そう提案したリーベは、カタリナの祖母という割には老けていない。


 高めに見積もっても還暦ぐらいだ。


 それならば、リーベの提案は悪い話ではない。


 アンジェラはライト専属メイドなので、ライトの世話や指示で忙しかったりする。


 少なくとも、ライトがダーインクラブに滞在しているここ最近は、屋敷の使用人が日替わりで治療院の掃除をしている。


 屋敷と治療院は大して離れていないが、それでも最近はヘルハイル教皇国中の貴族からの使者の対応で、その時間すら惜しくなっている。


 そうであるならば、リーベに治療院の掃除を住み込みで任せても良さそうだとライトは判断した。


「わかりました。では、カタリナとリーベさんには治療院に住み込みで働いてもらいましょう。リーベさんは治療院の掃除で、カタリナには教会の守護者ガーディアンとして働いてもらいます。家賃は月に20,000ニブラでどうですか?」


「ライト君、そんなに安くて良いの? セイントジョーカーの家でもその3倍ぐらいだったよ?」


「治療院の掃除は地味に大変だから、その分を差し引いたんだよ。それに、セイントジョーカーから私物は手持ちのものしか持ってこれなかったでしょ? だったら、欲しいものを買うためにお金は取っておかなきゃ」


「ありがとう!」


「先生、ありがとうございます。骨身を惜しまず働きます」


 治療院への人の配置は、ライトの裁量が任されている。


 だから、この話はこの場でまとめることができた。


 もし、ロゼッタのように屋敷で雇ってくれと言われたらライトには決定権がない。


 アンジェラが治療院の住み込みを提案したのは、ライトにとってありがたいものだった。


 そう考えると、やはりアンジェラは変態ではあるものの有能であることには間違いなかった。


「あの、ライト君、もう1つだけお願いしても良い?」


「何かな?」


「戦力の補強に行きたいんだけど、付き合ってもらえたりしない?」


「もしかして、【融合フュージョン】で何か強い奴を使役しようとしてる?」


「うん。守護者ガーディアンとして働くんだったら、戦力強化は急務だから」


 (ここは先行投資しとくかな? カタリナに今後協力してもらうこともあるだろうし)


「わかった。じゃあ、今から行こう。でも、その前に治療院に行こうか。荷物は置いて行きたいでしょ?」


「ありがとう!」


 カタリナは自分のお願いを聞いてくれたことで、ライトへの感謝が強まった。


 図々しいお願いをしたにもかかわらず、自分と祖母のことを考慮して助けてくれるのだから、ライトへの好感度は天井知らずだ。


 ヒルダという婚約者がいなければ、間違いなく恋に落ちていたぐらいカタリナはライトがイケメンに見えていた。


 それから、ライト達は応接室を出て屋敷の外に出た。


 屋敷のドアを開けたところで待ち構えていたのは、ニコニコしたイルミだった。


「ヘイヘイヘーイ。お出かけならお姉ちゃんを忘れちゃ困るよ」


「いつからスタンバイしてたの?」


「お姉ちゃんの頭の中で玄関に行けと囁き声が聞こえたんだよ」


「あれ、イルミ姉ちゃんって少佐だったっけ?」


「少佐? 何それ美味しいの?」


 (違ったか。いや、そりゃそうだろ)


 元ネタを知っているのは転生者である自分のみだ。


 ライトはなんでもないと首を横に振り、カタリナのお願いを聞くメンバーにイルミが加わった。


 治療院にカタリナとリーベの荷物を下ろして施設の説明を済ませると、アンジェラが御者となってダーインクラブの外に出た。


 アンジェラが手を出さずとも、ライトにヒルダ、イルミがいればカタリナが制御できないアンデッドが現れても全く問題ない。


 ライト達はカタリナが狙うアンデッドを探し、蜥蜴車リザードカーを走らせた。

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