第159話 おかしいな。レシピ通りにやったのに
翌日、ライトはアンジェラを連れて治療院にやって来た。
ヒルダもライトについて行こうとしたのだが、エリザベスに嫁入り前の指導を受けることになって屋敷に留まっている。
聖水工場となった月見の塔から、徐々に聖水が作られるようになったことで、ダーインクラブの領民に聖水が恒常的に入手しやすくなった。
それゆえ、ライトは次のステップに移ることにしたのだ。
「若様、命じられた物を用意しましたが何をなさるのでしょうか?」
「薬を作るんだよ。白衣を着てるのもそのためだよ」
「
「その通り。僕がステータスを伸ばせたのも、今から作る薬のおかげと言っても過言じゃない」
「そんな薬があったのですか?」
「教会学校に入ってすぐに、残り1回分しかなくなっちゃったんだけどね。その1回分は今日作る時の見本にするために取っておいたんだ」
ライトが作ろうとしている薬について、アンジェラは興味津々のようだ。
アンジェラが治療院に用意した素材とは、大量のエクスクローバーの葉とワイルドビーンズ、ゼルダンデライオンの花である。
エクスクローバーとは、四つ葉の代わりにアルファベットのXにそっくりな葉を生やすクローバーだ。
ワイルドビーンズは、サイズの大きなコーヒー豆の見た目によく似ている。
ゼルダンデライオンは、生物がこれの群生地で日光浴をするとLUKの能力値が僅かだが上昇するタンポポのことだ。
それに加えて、ライトは<
ホーリーポットがあるということは、聖水が使用されることに他ならない。
それに加え、この場で取り出したクレセントハーブは、ロゼッタに誕生日プレゼントとして貰ってエネルギーポットに植え、それを聖水で育てたものだ。
しかし、アンジェラが最も気になったのは深緑色の葉であった。
「若様、その葉はなんでしょうか?」
「
「このラインナップから、一体どんな薬を作るんですか?」
「できてからのお楽しみだよ。それと、上手くいった場合はアンジェラにレシピを託して作ってもらうつもりだからしっかり見て覚えて」
「かしこまりました」
ヘルハイル教皇国において、レシピというのは貴重な財産だ。
特許も制度として確立していないので、レシピを独占するだけでひと財産築くことだってできる。
そんなレシピを実演込みで教えてもらえるのだから、アンジェラはライトに信用されているのだと感じて嬉しく感じた。
アンジェラは変態だ。
まごうことなき変態である。
それでも有能であり、ライトにとって不利益が発生するようなことは一切しない。
だからこそ、ライトはそんなアンジェラを信じてレシピを託す訳だ。
ライトが最初に取り掛かった作業は、エクスクローバーの葉とゼルダンデライオンの花、クレセントハーブのみじん切りだった。
その手際と言えば、アンジェラ仕込みの無駄に洗練された無駄のない動きなのは言うまでもない。
機械でも使ったのではないかと思うぐらい細かく切った後、今度はワイルドビーンズを擂鉢の中に入れて細かく擂り潰した。
そこまで終えると、ライトは清潔な布の上にみじん切りしたものと粉々にしたワイルドビーンズを乗せて漏れないように縛った。
続いて、ホーリーポットから空き樽に聖水を七分目まで注ぐと、布で縛った混合物を投入して最後に世界樹の葉を聖水が見えなくなるぐらい浮かべて蓋を閉じた。
「後はこれを2時間寝かせれば完成だ」
「若様、手順は覚えましたが、私の知るどの薬とも違いました。若様を疑うつもりなど毛頭ありませんが、作り方とワンセットで完成形もこの目で確かめておきたく存じます。何ができるのか、先に教えていただけないでしょうか?」
「う~ん、わかった。アンジェラに作ってもらうかもしれないんだし、見本も先に見てもらおうか」
アンジェラの言い分もわからなくもないので、ライトは<
「これはまた、なんとも奇妙な色の液体ですね。臭いも強烈です」
「それな。僕もそう思う」
ライトが取り出した薬の正体はユグドラ汁だ。
ライトが物心ついてすぐ、ルクスリアによってトレーニング後に欠かさず飲まされて泣きたくなったあのユグドラ汁なのだ。
冷えていればまだ飲めなくはないが、ルクスリアによって提供されたそれは完全に温くなったM〇NSTERの味だったので、元々エナジードリンクを苦手としていたライトにとっては思い出したくない代物である。
だが、それでもライトはユグドラ汁を作ることにした。
それは呪信教団なんて危険な組織があるせいだ。
ネームドアンデッドや
そこに、人類であるにもかかわらず、
何が襲い掛かって来ても対処できるように、ライトはパワーアップの手段としてユグドラ汁を作ることにしたという訳だ。
ちなみに、今回はライトだけが飲むつもりではない。
ライトが親しくしており、戦える者には配るつもりである。
これは、決してライトだけが辛い思いをしたくないからそうするのではなく、あくまでライトが身近な者の実力を底上げしたいからだ。
ユグドラ汁の成分が、体に無害どころか体に良いことはその身をもって知っている。
飲まなくても良いならば、ライトはユグドラ汁なんて作りたくなかった。
ユグドラ汁の作成方法は、<鑑定>が教えてくれた。
レシピ通りに作れば、オリジナルと変わった味にはならないだろう。
それがわかっているからこそ、ライトはユグドラ汁ができるまでの残り時間が憂鬱だった。
とりあえず、外に出しておくと臭うので、ライトは見本のユグドラ汁を<
ユグドラ汁ができるまでの間、ライトは聖水を作成したりユグドラ汁が完成した後のことを考えてメモに残したりした。
そして、正午になる少し前、ライトが作ったユグドラ汁が完成した。
樽の蓋を開け、世界樹の葉と布にくるまれた混合物を回収すると、樽の中身は見本で見たよりも明るく透き通った蛍光色になっていた。
「なんかさっきと違くない?」
「違いますね。こちらの方が明るいですし、先程のものよりも良い香りがします」
(おかしいな。レシピ通りにやったのに)
料理を始めたばかりの者が言いそうなセリフである。
ルクスリアが作ったユグドラ汁と、自分が作ったそれの違いは何か考えた時、パッと思いつくのはクレセントハーブだった。
ライトはクレセントハーブを自分で育てた。
しかも、エネルギーポットに植えて、聖水まで与えるという贅を尽くした育て方で。
これこそが、ルクスリアの作ったユグドラ汁とライトの作ったものの決定的な違いだろう。
憶測を重ねても仕方がないと思い、ライトは<鑑定>を目の前のユグドラ汁に使ってみた。
(ルー婆の詰めが甘かっただけか・・・)
ライトの目には、最高品質のユグドラ汁という結果が表示された。
その説明文には、普通に作ればスッとする味わいになると記されていた。
温くなったM〇NSTERの味の原因は、素材のクレセントハーブの質が良くなかったからだと発覚し、ライトは右腕に嵌まるダーインスレイヴにジト目を向けた。
ルクスリアが成仏した時、ダーインスレイヴの宝玉に吸収されたのを見て、実はルクスリアがこの腕輪の中で今もライトのことを見守っているのではないかと思ったからである。
もしも見守っているのならば、過去に飲まされたユグドラ汁について物申したくなるライトの気持ちは至極当然と言えよう。
だが、ライトは知らない。
ルクスリアがユグドラ汁を完成させた当時は、エネルギーポットが存在しなかったと言うことを。
ルクスリアが全て悪いという訳ではなく、技術力が現代と比べて劣っていたことがユグドラ汁を不味くしていたのだから時代が悪いのだ。
<鑑定>の結果が気になったので、ライトは試しに味見をしてみた。
すると、ハーブティーに近い味わいだった。
「アンジェラ、上手くいったみたい。今度からは作成を任せるよ」
「かしこまりました。必ずや若様の期待に応えてみせましょう」
「よろしくね」
アンジェラならば、きっとユグドラ汁を同じ品質で作れるだろうと信じ、ライトは作ったユグドラ汁を<
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