第158話 ジャック、三下口調じゃなくても喋れるの!?

 ドゥラスロールハートで結界を張った翌日、ライト達はダーインクラブに移動した。


 いつまで続くかわからない休みなので、ライトとしては無駄に過ごすつもりはないのだ。


 ライトがダーインクラブの屋敷に帰ると、アンジェラが報告にやって来た。


「若様の指示通り、人を使って月見の塔とダーインクラブを結ぶ道の両脇に溝を掘っておきました。これでいつでも結界を張れます」


「ご苦労様。じゃあ、早速行こうか」


「かしこまりました」


「私も行く」


「お姉ちゃんはパス」


 ヒルダはライトと一緒にいたいから同行し、イルミは結界の展開を見るのは1回で十分だと思ったのか屋敷に残ることを選んだ。


 アンジェラが御者となり、蜥蜴車リザードカーで領地を守る城壁までライト達は移動した。


 アンジェラに人払いを命じ、衛兵が一時的に持ち場を離れると、ライトは<道具箱アイテムボックス>からホーリーポットを取り出した。


 そして、月見の塔へと続く溝に聖水を注ぎ込んだ。


 1時間後、道の両脇の溝を聖水が満たした。


「ライト、気になってたんだけど、ダーインクラブと月見の塔がそれぞれ結界で守られてるなら、そこに結界を繋げると全部が一体化するの?」


「その通りだよ。結界を出たり入ったりする必要がないんだ。月見の塔でできた聖水を、アンデッドの襲撃に悩まされることなくダーインクラブに運搬できるよ」


「何それすごい」


「でしょ? じゃあ、始めるよ。【祈結界プレイバリア】」


 その瞬間、月見の塔に続く道の両脇を流れる聖水が神聖な光を放ち、その光がトンネルのように広がっていき、やがてダーインクラブと月見の塔の結界と結合した。


「若様、お疲れ様です。お座りになりますか?」


「・・・アンジェラ、そう言いながら両手両足を地面についてるのはなんで?」


「無論、私が若様の椅子だからです」


「アンジェラの上に座る訳ないだろ。恥ずかしい」


「私は一向に構いません」


「僕が構うんだよ、このド変態!」


「ありがとうございます!」


「ライト、なんでこの変態が専属メイドなの?」


「ポンコツだったら即チェンジなんだけどなぁ・・・」


 ヒルダがライトにジト目を向けるが、ライトは困ったように笑った。


 アンジェラが有能でなければ、ライトだってどうしようもない変態を専属メイドとしてキープし続けることはない。


 そうしないのは、単にアンジェラが有能だからだ。


 それ以外に理由はない。


 無論、アンジェラもそれを重々理解しているので、ライトに専属メイドをチェンジしてほしいと言われぬように性癖を除いてパーフェクトに振舞っている。


「私達の子供ができた時、アンジェラは教育に悪いと思うの」


「否定できない・・・」


「問題ございません。私の狙いは若様だけです。若様の子供まで狙ったりしません。あっ、でも若様の子種にはとても興味がございます」


「黙れ変態」


「ありがとうございます!」


「ライト、この変態斬って良い?」


「ヒルダ、同じ気持ちだけど落ち着いて」


 ヒルダがイライラしてグラムに手を伸ばそうとすると、ライトは医療行為ハグによってヒルダの怒りを鎮めた。


 ひと悶着あったが、ダーインクラブと月見の塔を繋ぐ道の全てが一体となった結界は完成したので、ライト達は屋敷に戻った。


 ライト達が屋敷に帰ると、来客があったらしく見慣れない蜥蜴車リザードカーが停まっていた。


「おかえりなさいませ。ライト様、ヒルダ様。ライト様にお客様がお見えです」


「僕に? 誰が来てるの?」


「ジャック=サクソン様にございます」


「あぁ、ジャックか。すぐに行くよ」


 来客の正体はジャックだった。


 ジャックが自分を訪ねて来た時点で、ライトはある程度その理由について予想が付いた。


 ライトとヒルダが応接室に入ると、ジャックが立ち上がって頭を下げた。


「ライト君、ヒルダさん、お久しぶりっす!」


「久し振りだね、ジャック。ダーインクラブにサクソンマーケットの支店を出したいって話かな?」


「・・・その通りなんすけど、どう切り出そうか悩んでたのにバッサリ言うんすね」


 ライトに目的を当てられてジャックは苦笑いした。


「緊張してるジャックを見て、僕がニヤニヤするなんて悪趣味な展開の方が良かった?」


「そんなの絶対嫌っす! 面倒な駆け引きをしないで済むならそっちの方が良いに決まってるっす!」


 ライトと駆け引きをすれば、マチルダ=パイモンのようにプライドをボロ雑巾のようにされることは間違いない。


 それを十分に理解しているので、ジャックは首を高速で横に振った。


「じゃあ本題に入ろうか。サクソンマーケットのダーインクラブ支店を出したいってことなら、僕が父様にジャックを引き合わせても良い。でも、勝算はあるの? ダーインクラブにも食品を扱う地場の商店があるから、策がないと参入してもコストだけがかかるよ?」


「それについては大丈夫っす。オイラもちゃんと考えて来たっすよ」


 ライトに指摘されたことは、ジャックもしっかりと予想していた。


 それゆえ、ジャックはちゃんと事前準備をしてこの場にやって来た。


「どんな手を考えて来たの?」


「モナさんの八百屋を買収するっす」


「・・・なるほど。それなら大丈夫そうだね。よく調べてるじゃん」


「ライト、どういうこと?」


 ライトとジャックだけが通じ合っており、ヒルダだけはピンと来ていなかった。


 それが面白くなかったので、ヒルダはライトに説明を求めた。


「モナさんっていうのは八百屋を営む高齢の女性なんだ。モナさんの野菜の目利きは良いんだけど、子供がみんな守護者ガーディアンになったから跡取りがいないんだよ。モナさんの店をジャックが買収すれば、引退するまでモナさんはジャックと一緒に働けるし、事務面の負担もジャックがカバーしてくれるから楽ができる」


「その通りっす。モナさんには事前に話を通してるっすから、無理矢理の買収もしないっすよ」


「そこまで話はしてたんだ?」


「はいっす。ただ、勝手に買収して何食わぬ顔でサクソンマーケットが営業してるのは良くないっすから、今日の本題は領主様へのご挨拶っすね」


「そうなんだ。誰も不幸にならないんだね?」


「勿論っすよ。ライト君のお膝元で恨みを買うような商売ができる訳ないっすからね」


「ライト、遮ってごめんね。納得したよ」


「良かった。じゃあ、父様に会いに行こうか」


 ヒルダも状況が呑み込めたので、ライト達はパーシーの執務室へと移動した。


 ノックしてその中に入ると、パーシーはにこやかに3人を迎え入れた。


「君がジャック君か。ライトが世話になってるよ」


「とんでもないです! ライト君にお世話になってるのは私の方です! 賢者シリーズが大好評で、サクソンマーケットの業績は右肩上がりです!」


 (ジャック、三下口調じゃなくても喋れるの!?)


 いつもの口調ではなく、はっきりとですます調で話すジャックを見て、ライトはツッコみたい気持ちを必死に抑えた。


 ツッコミを優先させたせいで、ジャックの挨拶が失敗に終わるなんてことにはしたくないからである。


 そんなライトの気も知らず、パーシーはにこやかに応答する。


「それは良かった。今日君がここにやって来たのは、その話に関わることなのかな?」


「はい! 実は、この度サクソンマーケットはダーインクラブ支店を開くことになりました! モナさんの八百屋を買い取らせていただき、ダーインクラブに根差した食料品店を目指します!」


「へぇ。モナ婆さんの店をねぇ。モナ婆さんが良いって言うなら、良いんじゃないかな。目利きもしっかりしてるし」


「ありがとうございます!」


「元気があるのは良いことだ。それよりも、ライトとヒルダちゃんはどうしたんだい? 信じられないものを見た顔になってるけど」


「いえ、ジャックの話し方に違和感があったものですから」


 ライトがパーシーの問いに答えると、ヒルダもその隣で首を縦に振った。


「ふむ。ジャック君、無理せずに普通に喋ってごらん? 俺は敬意さえ感じられるなら、口調は気にしないから」


「・・・では、お言葉に甘えさせてもらうっす」


「あぁ、なるほど。2人があんな顔をする訳だ。そっちの方がずっと自然に見えるよ。これから先も無理にかしこまって話さなくて良いからね?」


「ご厚意感謝するっす!」


 (そうそう、これでこそジャックだよね)


 ライトの評価はどうかと思うが、それを否定できないのもまた事実なのである。

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