第156話 やっと笑ってくれたね、ヒルダ

 シスター・マリアが目を覚ますと、ライトが話しかけた。


「シスター・マリア、体調はどうですか?」


 ライトに訊ねられると、シスター・マリアは体を軽く動かしてから頷いた。


「・・・嘘みたいに快調です。目が覚めるまでの痛みや吐き気をまるで感じません。ダーイン君、貴方が治してくれたんですね」


「医者ですから。ここに来るまでのことですが、シスター・マリアはどこまで覚えてますか?」


「体感時間で1週間程前、世界樹治療院に入院していた私は模様のない仮面をつけた者に攫われ、バスタ山に連れて来られました。バスタ山だとわかったのは、獄卒が率いる囚人のパーティーがアンデッドを狩っている声が聞こえたからです」


 (ノーフェイスがシスター・マリアを拉致った。これは間違いなさそうだ)


 まだ見ぬ他の呪信旅団のメンバーの名前が出てくれば、セイントジョーカーは賊に侵入され過ぎである。


 そうではないとわかると、ライトは少しだけホッとした。


「囚われてる時、校長とは会ってませんよね?」


「会えませんでした。今朝気を失うまで、私はバスタ山の林にある隠れ家のような場所で、仮面の人物に拘束されたままずっと見張られてました」


「そこから先の記憶はありますか?」


「残念ながら、今朝急に気が遠くなり、目が覚めたらここにいたので何も覚えてません」


 シスター・マリアの発言から、これ以上引き出せる話はないと判断すると、ライトはシスター・アーマの方を向いた。


 すると、シスター・アーマはここから先を自分が話すと頷いた。


 大人として、シスター・マリアに非情な報告をライトにさせる訳にはいかないと思ったからだ。


「シスター・マリア、落ち着いて聞いて下さい」


「なんでしょうか?」


「シスター・アルトリアがお亡くなりになりました」


「・・・そうですか」


 シスター・アーマから自分の母親が死んだと聞き、一瞬だけ目を見開いたシスター・マリアは発狂したり叫んだりすることなく静かに事実を受け入れた。


「予想してたのですか?」


「仮面の人物が私を人質にした際、母に脅迫して協力を取り付けるようなことを言ってましたから、可能性の1つとして考えておりました」


「シスター・アルトリアですが、仮面の人物、いえ、ノーフェイスと呼ばれる者に口封じのために殺されました」


「ノーフェイス・・・」


 自分を攫った者が自分の母を殺したと聞き、シスター・マリアは唇を噛んだ。


 自分の無力さがよほど悔しかったらしく、唇の端には血が滲み出している。


 その後、特に話せる内容もなかったので、ライト達はバスタ監獄から蜥蜴車リザードカーを借りてセイントジョーカーへと帰還することになった。


 帰路の御者は、車の中でシスター・マリアと顔を合わせるのが気まずいライトが担い、それにヒルダが付き合った。


 夕方前にセイントジョーカーに到着すると、生徒会メンバーは報告のためにライトとヒルダだけが教会に行くことにして解散した。


 バスタ山での捜索がハードだったので、場慣れしていないクロエとアルバスが疲れていたからである。


 イルミはピンピンしていたが、報告に向いてないしその場にいても役に立つことはないから、2人と同じく先に解散することになった。


 教会に向かったのはライトとヒルダ、シスター・アーマとシスター・マリアの4人だ。


 4人は教会に着くや否や、教皇室へと案内された。


 教皇室にライト達が入ると、ローランドとヘレンが待っていた。


「おう、よく帰って来たな。さっきルースレス討伐の報告が上がって来たところだぜ」


「おかえりなさい。無事で良かったわ」


「叔父様、叔母様、ただいま戻りました。ルースレスは討伐されたんですね。良かったです」


「それなりの損害は出たがな。そんなことより、シスター・マリア、お前は無事だったか」


「恥ずかしながら生還いたしました」


「別に責めてねえ。生きてるだけありがてえことだろうが」


 シスター・マリアがネガティブな発言をするものだから、元から責める気のなかったローランドは何言ってんだこいつと言わんばかりの目をシスター・マリアに向けた。


 それから、ライトが中心にバスタ山での出来事を報告し、補足があればヒルダやシスター・アーマが口を挟んだ。


 全てを聞き終えると、ヘレンがローランドに提案した。


「ローランド、教会学校を臨時休校にしましょう。校長が亡くなり、セイントジョーカーも安全とは言い切れない以上、ご家族から子供達を預かってるのは好ましくないわ。一旦、教会学校の態勢を整えるまでの間、生徒達を実家に帰すべきだわ」


「そうだな。生徒が人質になるリスクがあるのなら、家族のいる場所にいてもらった方が良い」


「すぐに手配して来るわ。可能ならば、明日からでもそうできるように話を着けて来る」


「頼んだ」


「アーマ、ついて来て」


「わかりました」


 ヘレンとシスター・アーマは、教会学校の教師陣と話を着けるために教皇室から出て行った。


「んで、シスター・マリア、お前はどうするよ?」


「教師を辞め、守護者ガーディアンになろうと思います」


「復讐か?」


「私が未熟なせいで、母が死ぬ羽目になってしまいました。母を殺した者とけじめをつけなければ、私は教壇に立つ資格はありません」


「良いだろう。守護者ガーディアンとしての勘を取り戻せるよう、俺の方から手配してやる」


「ありがとうございます」


 シスター・マリアが教師を辞めることがサクッと決まった。


 それ自体にライトは驚きも反対もしなかった。


 というよりも、万が一シスター・マリアが教師として復帰すると言い出したら止めようとすら思っていた。


 はっきり言って、シスター・マリアが弱かったせいでシスター・アルトリアは脅迫されたのだから、そんな者に復職されても困るのだ。


 元々、シスター・アルトリアとシスター・マリアに対して好意的ではなかったとはいえ、ライトは学べることがあったからその教えを受けていた。


 しかし、呪信旅団に人質にされてシスター・アルトリアを操るための駒にされたのであれば、シスター・マリアはライトの中ではもはや弱者認定されている。


 元々シスター・マリアを好いている訳でもないから、ライトは彼女の意思に異を唱えなかったという訳だ。


 シスター・マリアが身の振り方を決めると、ライトとヒルダは教皇室を辞した。


 これ以上、教皇室にいる理由はない上、ライトとヒルダだって今日の捜索で疲れているからである。


 夕食を取る頃には、食堂では明日からしばらく休校になることで話題が持ち切りだった。


 夕食後、ライトとヒルダは2人の部屋に戻って交代でシャワーを浴びた。


 ライトがシャワーから出て、後はもう寝るだけとなると、ヒルダが自分のベッドにライトを招いた。


「ライト、約束覚えてるよね?」


「抱き枕だよね? 覚えてるよ」


 ヒルダがシスター・アルトリアに対してマジギレした時、落ち着いてくれたら今日は抱き枕になると口にしたことをライトは覚えていた。


 だから、ライトは自分のベッドではなくヒルダのベッドに向かった。


 ライトがヒルダのベッドに入ると、ヒルダはライトをギュッと抱き締めた。


「あのね、明日からドゥラスロールハートに来てもらえない?」


「どうして?」


「前にお願いした結界の準備なんだけど、もうすぐ終わるって連絡が来たの。だから、私がライトと一緒にダーインクラブに行く前に先に済ませておきたくて」


「わかった。一緒に行くよ」


 春休みにヒルダから頼まれ、ライトはドゥラスロールハートにダーインクラブと同じ結界を張る約束をしていた。


 その準備が整うならば、ライトもドゥラスロールハートに行くのを拒む理由はない。


 それに、呪信旅団がアンデッドも利用すると知ったから、ヒルダが一刻も早くドゥラスロールハートに結界を張ってほしいと思っていることをライトは理解している。


 将来的に義理の家族が住む領地なのだから、ライトにとっても他人事だと割り切れるようなものではないのだ。


「ありがとう」


「どういたしまして」


「ねえ、ライト」


「どうしたの?」


「私を未亡人にしないでね。今日、ノーフェイスと対峙した時、私はとっても怖かった。あの針、軌道をずらせばライトに当たってたんだよ?」


「僕には<状態異常無効>がある。毒は効かないよ」


「でも、毒じゃない不意打ちで死んじゃうかもしれないでしょ?」


「それはまあそうだけど・・・。じゃあ、こうしよう」


 ヒルダの不安を拭い去るため、ライトはアイディアを考え出した。


「どうするの?」


「僕の危なっかしいところはヒルダが気を付けて。ヒルダの危なっかしいところは僕が気を付ける。僕とヒルダが一緒なら、きっと誰にだって何にだって勝てるよ」


「・・・ウフフ。ライトってば、それじゃいつも通りだよ?」


 ライトが思いついたのはいつも通り振舞うことだった。


 結局のところ、ニブルヘイムが弱肉強食なのはまごうことなき事実だ。


 その世界で生き抜くため、ライトは今までも十分に注意していた。


 それならば、今まで通り気を引き締めれば大丈夫だとヒルダを安心させようとそう言ったのである。


「やっと笑ってくれたね、ヒルダ」


「え?」


「今日、シスター・アルトリアを見つけてから、ヒルダは全然笑ってくれなかったから。ヒルダには笑顔が似合ってる。僕の隣には、笑顔のヒルダがいてほしいんだ」


「・・・もう、ライトってば。ライトが傍にいてくれるだけで私は笑顔になれるんだから」


 この日、ライトとヒルダはそのまま抱き締めあったまま眠った。


 2人の寝顔がとても安らいだ表情だったのは言うまでもない。

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