第132話 アンジェラマジ有能

 ロッテンキマイラとの戦闘で疲れたライト達は、【疲労回復リフレッシュ】をかけて疲れを取りつつ休憩した。


 十分に休んでから、地上にいるアンジェラに合流するため動く訳だが、ライトは馬鹿正直に月見の塔を屋上から1階まで下りたくなかった。


 階段を使って下りるとなると、外に出られるまで時間がかかるからだ。


 では、どうするのか。


 簡単である。


「【【【・・・【【防御壁プロテクション】】・・・】】】」


 ライトが技名を唱えると、月見の塔の隣に大量の光の壁が地面に水平に出現し、それらが螺旋階段のように配置された。


 つまり、即席の非常階段を用意したのだ。


「面白~い!」


「あっ、コラ!」


 イルミは我慢できなくなったらしく、ライトが止める間もなく光の螺旋階段を駆け下りて行った。


「イルミは放っておいても大丈夫。ライト、行こ?」


「そうだね」


 ヒルダの言い分に納得し、ライトはヒルダに差し伸ばされた手を握って仲良くのんびりと光の螺旋階段を下りた。


 無事に地上まで降りると、ライトは全ての【防御壁プロテクション】を解除した。


「若様、ヒルダ様、お帰りなさいませ」


「アンジェラ、ただいま。イルミ姉ちゃんは?」


「眠いから寝ると仰って、蜥蜴車リザードカーの中で寝ております」


「自由か」


「お嬢様ですから。それよりもご報告があります」


「どうしたの?」


 イルミが自由なのはさておき、アンジェラが真剣な表情になったので、ライトは何かあったのだろうと訊ねた。


「暇を持て余したので、月見の塔の敷地にダーインクラブと同じ陣を刻みました。後は若様次第で月見の塔に結界を張れるかと存じます。この機会に月見の塔をダーイン公爵家で管理してはいかがでしょうか?」


「アンジェラマジ有能」


「ありがとうございます」


 蜥蜴車リザードカーの見張りをしていたアンジェラだが、ライト達を待つ時間を利用してダーインクラブの道と同様に溝を掘っていた。


 ダーインクラブであれば、人海戦術でもしなければ全然進まない作業だが、月見の塔程度の広さであればアンジェラ1人で対応できたらしい。


 口を開けば変態、態度を見ても変態だが有能なのは間違いない。


 アンジェラに言われて周囲を見渡すと、確かにダーインクラブに掘るように指示したのと同じ陣の縮小版が刻まれていたのをライトは理解した。


「アンデッドがまた寄り付く前に、作業を終わらせよう」


「周辺の警戒はお任せ下さい」


「頼んだ」


 アンジェラに指示を出したら、ライトはヒルダを伴って近くの溝まで移動した。


 そして、<道具箱アイテムボックス>からホーリーポットを取り出し、溝に聖水を流し込んだ。


 5分後、溝を聖水が満たしたので、ライトはホーリーポットを<道具箱アイテムボックス>で収納し、ライトは祈るように手を組んだ。


「【祈結界プレイバリア】」


 その瞬間、月見の塔の周囲の溝を満たす聖水が神聖な光を放ち、その光が月見の塔を包み込むように広がっていく。


 【祈結界プレイバリア】により、月見の塔をを覆うように半透明のドームが形成されると、蜥蜴車リザードカーからイルミが目を擦りながら出て来た。


「眩しいよ~。この光はなんなの~?」


「あっ、イルミ姉ちゃん、起きたんだ」


「ライト、何したの~?」


「月見の塔に結界を張ったんだよ」


「へぇ~。・・・って、えぇ!? また見逃した! ライト、起こしてよ!」


 ダーインクラブに結界を張った時、イルミはその場にいなかったせいで歴史的瞬間を見逃した。


 それを後で知ったイルミは、ライトに次やる時は必ず自分のいる所でやってくれと頼んだのだ。


 今回は自分がいる場所でやってはいたが、自分が寝ていたら意味がないとライトに抗議した訳である。


「そんなこと言われても、イルミ姉ちゃんって野営の見張りの交代でもない限り、寝てるところを起こすと機嫌悪くするじゃん」


「ぐぬぬ・・・」


 ライトから否定できない反論を受け、イルミは唸ることしかできなかった。


「とりあえず、ここでの目的は果たしたんだから帰ろうよ」


「お姉ちゃん不貞寝する」


「不貞寝するって宣言されても困るよ。帰りの蜥蜴車リザードカーでおやつあげるから、それで勘弁して」


「おやつ!? しょ、しょうがないなぁ。それで勘弁してあげるよ」


 (やはりチョロい)


 おやつであっさりと機嫌を直すものだから、ライトがイルミをチョロいと思うのも当然だろう。


 そこに、アンジェラがやって来た。


「若様、少しよろしいでしょうか」


「どうしたの?」


「月見の塔をダーイン公爵家の所有物だと主張するために、早急に動く必要がございます。私がここに残って見張りますので、若様には旦那様に話を通し、人を派遣してもらえないでしょうか?」


「良いの?」


「構いません。1人取り残されるのも、若様からの放置プレイだと思えばご褒美です」


「・・・そうか。じゃあ、せめてこれを置いて行くよ」


 アンジェラの発言に引きつつ、ライトは<道具箱アイテムボックス>から野営道具を一式取り出した。


 アンジェラを見張りに残し、ライト達は急いで蜥蜴車リザードカーを飛ばしてダーインクラブに向かった。


 イルミは車内で念願のおやつを満喫し、ライトはヒルダと御者席でイチャイチャしながら移動した。


 ダーインクラブに戻ってすぐに、ライトとヒルダは屋敷にいたパーシーの執務室に直行した。


 イルミはおやつを食べると眠気が増したらしく、そのまま車内でぐっすりと寝ているので放置だ。


「父様、緊急性の高い案件があります」


「緊急性の高い案件? どうしたんだ? 確か、今日は月見の塔に行ってたんだろう?」


「はい。月見の塔にいるアンデッドを全て駆除し、ダーインクラブと同じ結界で月見の塔を保護しました。現在、アンジェラが現地で見張っております」


「聞き間違いかな? 月見の塔のアンデッドを全部駆除したって?」


「事実です。屋上まで順番にアンデッドを倒して進み、月見の塔のぬしとなっていたロッテンキマイラを倒して参りました」


「ライトの言ってることは本当です。私とイルミも一緒に戦いました」


 ライトの発言に厚みを持たせようと、ヒルダも一言添えた。


 すると、パーシーはこめかみを軽く揉んでから口を開いた。


「とりあえず、人をやって月見の塔を正式にダーイン公爵家で管理しよう」


 それだけ言うと、パーシーは机の上にあったベルを鳴らし、セバスを呼んで状況を説明すると、月見の塔に至急人をやるようにと指示を出した。


 セバスは事の重大さを理解し、迅速に行動を開始した。


 そこまで終わると、パーシーは再びライトの方を向いた。


「それで、ライトは月見の塔の使い道を考えてるのかい?」


「勿論です」


「聞かせてくれ」


「聖水の製作工場にしましょう」


「聖水の? そんなことができるのかい?」


「できます。去年僕も参加した論文発表会ですが、父様はジェシカさんの発表した内容をご存じですか?」


「あぁ、ライトやヒルダちゃんが協力したあれだろ?」


「あの論文を作成する過程で、僕は聖水の作成方法を正確に知る機会がありました。なので、僕に依存しない聖水の作成に着手できます」


 そもそも、月見の塔とは名前からもわかる通り月を観測する役割の施設だった。


 つまり、月の光を集めるには丁度良い場所に建っているのだ。


 だったら、改装さえすれば聖水の作成にはピッタリな環境になるのは間違いない。


 その月見の塔も、アンデッドによって占拠されて今は正式な所有者がいない。


 所有者がいない建造物は、アンデッドを駆逐して取り戻した者に帰属する。


 今回で言えば、月見の塔はライト達に帰属する訳で、それをどうしようがライト達の勝手という訳だ。


「そうか。それならやらない手はないね。ライトとヒルダちゃんの子供が、<法術>を継承するとは限らないんだし、ライト頼みの聖水作成はダーイン公爵家を堕落させる。ライト、計画書を作ってほしい。そこまでやってくれたら、ライト達の春休みが明けても俺達で作業を進めるから」


「わかりました」


「それとライト」


「なんでしょうか?」


「ちゃんとヒルダちゃんを労ってあげるんだぞ? 月見の塔を取り戻すなんて無茶に付き合ってもらったんだから」


 ライトが強引に事をここまで動かしたのだから、ヒルダを労うのを忘れるなとパーシーが言うと、ライトではなくヒルダが応じた。


「大丈夫です。ライトが今日は添い寝OKって言ってくれましたから」


「・・・ライトが学生の内に俺は孫を見れるかもしれないね」


「もう、お義父様ってば。ライト、私は一向に構わないよ?」


「父様が促してどうするんですか。疲れたので失礼します」


 学生の内に子供ができたら、あれこれ事実が捻じ曲げられて良からぬ噂が出回りかねない。


 そう思ったライトは、そんな事態にさせはしないとパーシーにジト目を向けると、ヒルダと一緒にへ執務室を出た。


 その後、パーシーからGOサインが出たと判断したヒルダがライトに過度なスキンシップをするのは当然の帰結である。

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