第117話 強ければ勝ち、弱ければ負ける。それだけだ

 Cブロックに参加する生徒5人が、訓練施設の真ん中に集まった。


 もう試合が始まるというタイミングで、クロエは前2回と同じように訊いた。


「会長さん、ダーイン君、Cブロックでは誰が勝つと思う?」


「ライトには悪いけど、アスク=スミスかな」


「ステータスだけで言えば、ヒルダの言う通り。でも、アルバスは今日のために訓練を重ねてたから、型に嵌まればアルバスにワンチャンあると思う」


「初めて意見が割れたんじゃない?」


「僕の意見には、僕の希望的観測が含まれてますからね。順当に行けばアスク=スミスです」


「なるほど。パーティーが一緒なら、公平性を欠かない程度に応援したくなるよね」


「まあ、そんなところです」


 あくまでも声を潜めての会話ではあるが、その内容を知ればCブロックに参加する大半の生徒にとっては面白くないだろう。


 それゆえ、ライトはこれ以上話すことはなかった。


 このCブロックには、Aブロックの時と同じように、生徒会長選定に参加した生徒アスクが参戦する。


 そうだとすれば、順当に試合が進むとアスクの勝率は高い。


 アスクの体は、Cブロック参加者の中で最も大きく、戦槌ウォーハンマーを得物とする彼は金棒を持った鬼と表現するのが相応しいくらいだ。


 だとしても、ライトは同じパーティーに所属するアルバスが参加するならそちらを応援したいと思うのが人情だ。


 事実、アルバスはイルミ目当てではあるものの、学力テストを突破するだけの努力はして来たのだ。


 それだったら、Cブロックを勝ち上がってほしいとライトが思ったって良いのではないだろうか。


 さて、Cブロックの参加者全員の準備ができたので、イルミが開戦の合図を出した。


「Cブロック、試合開始!」


「先手必勝! 【怪力打撃パワーストライク】」


「がはっ!?」


「ぬぉっ!?」


 開始早々、アスクが戦槌ウォーハンマーを横にぶん回し、手近な生徒1人を殴り飛ばした。


 それにより、殴り飛ばされた先にいた生徒も巻き込んで、一気に2人脱落することになった。


 そんなアスクの強さに目を取られた生徒の背後にすばやく移動し、アルバスが大鎌の刃をその首筋に当てた。


「降参してくれる?」


「うっ、しまった。・・・降参だ」


 悪いのは注意を怠った方だ。


 だから、降参した生徒を未熟と思う者はいても、アルバスを卑怯だと主張する者はいない。


 もし、アルバスを卑怯だと訴える者がいたとしたら、戦場でも同じことが言えるのかと問われ、すぐに何も言えなくなることが容易に想像できる。


 降参した生徒が退場すると、アルバスとアスクだけが残った。


「よう、1年。俺に便乗して1人脱落させたようだが、少しは戦えんだろうな?」


「偉そうなことは戦場に出てから言えよ」


「上等だ。俺をただの鍛冶屋の跡取りだと思ったら大間違いだ!」


「強ければ勝ち、弱ければ負ける。それだけだ」


「減らず口を。その生意気な性根、叩き直してくれる!」


「御託は良いからかかって来いよ」


 挑発に乗ったアスクに対し、アルバスが指をクイッと動かして更に冷静さを奪う。


 すると、アスクはついに我慢できなくなり、戦槌ウォーハンマーを持って殴りかかった。


「ボケが! 【怪力乱打パワーラッシュ】」


「思ったよりも、大したこと、ないな」


「ああ゛ん?」


 アスクの大振りな【怪力乱打パワーラッシュ】を躱しながら、アルバスは挑発を継続した。


 体格で負けているアルバスは、アスクの隙を作るために挑発することに集中している。


 アルバスの武器は大鎌であり、アスクの戦槌ウォーハンマーと広義的には同じ括りの長重武器だ。


 だから、アルバスが大鎌で攻撃するには、かなり大きな隙をアスクが見せる必要がある。


 幸いなことに、アルバスはパーティーメンバーにアスクと同じ戦槌ウォーハンマーを使うアリサがいるから、アスク対策はばっちりだ。


 避けるだけであれば、アリサよりも振りが速いアスクの攻撃だってかわせるぐらいには仕上がっている。


「クソッ! 当たんねえ!」


「動かない鉄を叩くのと動く人を殴るのじゃ、どっちが難しいかなんて猿にでもわかんだろ?」


「ああ゛ん!? 戦鍛冶ウォースミス舐めんじゃねえぞゴラァ! 【震撼大槌ショックハンマー】」


 完全にブチギレ状態のアスクは、隙ができることをまるで考えていない上段からの振り下ろしを放った。


「かかった!」


 ニヤッと笑ったアルバスは、全速力でアスクの脇を通り抜け、振り下ろすモーションを止められないアスクの背後に回った。


 そして、アルバスはアスクの背後からその膝裏を膝カックンした。


「ぬぁっ!?」


 上段からの振り下ろしが終わったタイミングで、体を前傾姿勢から戻そうとした瞬間に膝カックンを受けたアスクは、バランスを崩したかのように見えた。


 だが、アルバスの予想を裏切り、アスクは膝カックンに耐えてみせた。


「マジかよ」


「オラァッ! 【怪力打撃パワーストライク】」


「ぐっ!?」


 反転する際の遠心力を上乗せし、アスクの戦槌ウォーハンマーがアルバスの側面に入った。


 咄嗟に、大鎌をアスクの戦槌ウォーハンマーと自分の体の間にねじ込んだおかげで、アルバスはクリーンヒットを避けることができた。


 しかし、金属同士のぶつかる重厚な音と同時に、アルバスの両腕には戦槌ウォーハンマーで殴られた衝撃による痺れが生じていた。


 これではまともに大鎌を握れない。


 アルバスはピンチを迎えた。


 (ヤバい、これじゃ大鎌なんて振れねえぞ。どうする?)


 両腕がまともに使えない状態で戦える程、アスクは甘い相手ではない。


 それを十分に理解しているから、アルバスはバックステップで十分に距離を取りながら、これからどうやって戦うか必死に頭を回転させた。


 (こんなところで負けたら、イルミさんと一緒にいられる時間が無くなるぞ。まだ戦えるだろ、俺!)


 一目惚れしたイルミと一緒にいられる時間を作るため、アルバスは自分を奮い立たせる。


 その時、アルバスは少し前の実技の授業中にライトに質問した内容を思い出した。


 それは、対人戦において自分よりも体が大きく、STRが自分のVITを超えているであろう相手との戦い方だった。


 (確か、1点集中で崩すか、相手の力を利用するんだったな)


 ライトのアドバイスを頭に思い浮かべると、アルバスはそれを今の戦いにどうすれば当て嵌められるか考えた。


「オラッ、さっきまでの威勢はどうした!?」


「まぐれ当たりを偉そうに」


「ぶっ潰す!」


 アスクが戦槌ウォーハンマーを振り上げた瞬間、アルバスは閃いた。


 その閃きをすぐに行動に移すと、アスクは慌てた。


「危ねえな!」


 アルバスが取ったこと行動とは、大鎌をアスクの顔に向かって投げつけるというものだった。


 しっかりと握って戦えないならば、アスクの攻撃を邪魔にするために全力は無理でも投げつけた方がマシだからだ。


 だが、それによってアスクの体の軸がぶれた。


 そのブレを見て、アルバスはアスクの脚目掛けてスライディングした。


「うぉっ!?」


 脚をスライディングされたことで、アスクの体は前のめりに倒れかけた。


 あと一押しで転ぶのは明らかだ。


 それがわかっているからこそ、アルバスは素早く立ち上がり、倒れかけているアスクの背中に攻撃を加えた。


「【回転蹴スピンキック】」


「うがっ!?」


 完全にバランスを崩し、アスクは俯せに倒れた。


 すると、アルバスはジャンプして倒れているアスクの重心を踏みつけた。


「ぐはっ!?」


「降参する?」


「ぐぐぐ・・・」


「無駄な抵抗は止めとけ。こっちは<格闘術>が使えんだ。重心を抑えられてる時点で、あんたは起き上がれねえよ」


「・・・降参だ」


 アルバスが<格闘術>を使えると知り、無防備に背中を晒して倒れている現状を覆すことはできないと判断し、アスクは降参を宣言した。


「そこまで! 勝者、G1-1のアルバス=ドゥネイル!」


 イルミはアスクの降参宣言を聞くと、すぐにアルバスの勝利を告げた。


「嘘っ、ダーイン君の言う通りになった」


「どうやら、アルバスは僕のあげたヒントを思い出せたみたいですね。とりあえず、治療に行ってきます」


 驚くクロエを放置して、ライトはアルバスとアスク、倒れている2人の生徒を回復することにした。


「【【【【回復ヒール】】】】」


 <多重詠唱マルチキャスト>で一気に治療を済ませると、ライトはアルバスの方を向いた。


「ライト、模擬戦もなんとか突破してやったぞ」


「うん、見てた」


「なんだよ、もうちょっと喜んでくれたって良いだろ?」


「僕がアルバスのCブロック突破を喜ぶと、アルバスを贔屓したと思われるからね。アルバスが面接を突破したら、まとめて喜ぶことにするよ」


「そりゃそうか。悪い。んじゃ、月曜日までお預けか」


「どうだろうね。でも、とりあえず明日はゆっくり休むこと。万全の状態で面接に臨んで」


「わかった」


 内心、アルバスが勝ったことを喜んではいるが、贔屓にしているように他人から見られないように、ライトは自分を律した振る舞いを見せた。


 残るは来週月曜日に行われる面接だけだ。


 メア、トニー、アルバスの中から、次年度の生徒会庶務が決まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る