第105話 これが本物の蹴りだ。しっかり味わえ

 【回転斬スピンスラッシュ】により、グラッジが後ろに体を大きく仰け反らせると、ローランドはそのチャンスを見逃さなかった。


「【巨体貫ペネトレイト】」


「ぐぁっ!?」


 ローランドが放ったのは刺突だ。


 だが、ただの刺突と思ってはいけない。


 大剣ティルフィングを素早くグラッジの腹目掛けて刺せば、普通の剣の刺突なんて比べ物にならないダメージを与えられるのは当然だ。


 腹に小さい穴を開けるのと大きい穴を開けるのでは、感じる痛みも段違いだろう。


 しかし、忘れてはいけないのが、グラッジが生物ではなくアンデッドだということだ。


 生物ならば、その痛みに耐えられないかもしれないが、アンデッドなら痛覚も麻痺している。


 先程グラッジが声を漏らしたのは、一撃喰らった後に追撃されたことで、完全に自分の攻撃する流れが途切れてしまったからだ。


 グラッジは後ろに大きく跳躍することで、無理矢理ティルフィングを体から引き抜くことに成功した。


 それでも、グラッジの腹部にはティルフィングが開けた穴が残っている。


 再生するスキルもないので、グラッジは今すぐに体を治す術がない。


「赦さぬ」


「ゲッ、マジかよ」


 グラッジが地面に手を置いて<腐食>を発動すると、グラッジとローランドの立つ地面がグジュグジュに腐り始め、小さい不毛な沼へと変わった。


 ローランドはバックステップでは逃げ切れないと判断し、グラッジに背を向けて走り出した。


 すると、グラッジはニヤッと不気味に笑い、自らの大剣を沼に刺し込み、見るからに体に悪そうな液体をローランドに飛ばした。


「チッ」


 真っ直ぐ逃げていては、背後から迫りくる液体を浴びてしまうと悟ると、ローランドは左を向いてダイブした。


 ローランドが本来進んでいたであろう場所に、沼の液体が降りかかってジュワァっと音を立てて融けた。


 どうにか避けたローランドだが、俯せで倒れてしまったせいで、距離を詰めたグラッジの蹴りを脇腹に思い切り受けてしまった。


「オラァ!」


「がはっ!?」


 サッカーボールのようにとまではいかないが、ローランドの体は倒れた場所から3回転分ぐらい動かされた。


 それでも、グラッジが大剣を振り下ろすよりは早くその場から立ち上がり、ティルフィングを振り上げることに成功した。


 鈍い音がその場に響き、ローランドとグラッジはそれぞれ仰け反った状態になった。


 ところが、グラッジはニヤッと笑った。


「ヤバッ!? 【回転斬スピンスラッシュ】」


「クソが。避けやがって」


 <毒合成>により、頭上から毒液が降り注いできたところで、ローランドは【回転斬スピンスラッシュ】の回転を利用して横に回避した。


 あと少し遅ければ、頭から毒液を被っていたのは間違いない。


 避けるついでに、<毒合成>に気を取られたグラッジの大剣を弾き飛ばしたものだから、グラッジは悪態をついた。


「ふぅ。危なかったぜ」


「そのまま死んどけ」


「やなこった」


「”平伏せ”」


「ぐはっ!」


 グラッジの<呪言カーススペル>により、ローランドはその場にドサッと強制的に俯せにされた。


 至近距離での<呪言カーススペル>だったせいで、ローランドの防御が間に合わなかったのだ。


「もう一発」


「ぐぅっ!?」


「オラァッ!」


「がはっ!?」


「ハッハーッ!」


「ぐぁっ!?」


 ローランドが立ち上がれないのを良いことに、グラッジがローランドのあちこちを一方的に蹴りまくる。


 どうやら、大剣を拾って突き刺せばすぐに死んでしまうと理解しているようで、すぐには殺さず恨みを晴らしてくれると甚振ることにしたらしい。


「貴族!」


「がぁっ!?」


「一方的に蹴るの!」


「ぐぅっ!?」


「超気持ち良い!」


 ドォン!


「がはっ!?」


 思い切り力を溜め、グラッジは水泳の金メダリストのようなセリフと共にローランドを蹴り飛ばした。


 ローランドの手はティルフィングを離し、その体は何度か回転して俯せから仰向けになった。


 レベルが高いおかげで、度重なる攻撃を受けてもローランドのHPはまだ3割ほど残っていた。


 逆に言えば、もう3割しかないとも言える。


 だが、ちょっと待ってほしい。


 ネームドアンデッドとはいえ、タキシムに一方的にやられるような男が教皇になれるだろうか。


 当然、そんなはずはない。


 その証拠に、ローランドは<呪言カーススペル>の影響を振り切って立ち上がった。


「まだ立てたか、貴族め」


「ペッ。てめえの蹴りなんざ効かねえよ。あれなら蚊が止まった方がよっぽどいてえっての」


 口内の血を吐き捨て、ローランドはグラッジを挑発した。


「あ゛あん?」


 今まで散々蹴られていたくせに、なんで強気なんだと言わんばかりにグラッジはブチ切れていた。


 グラッジの煽り耐性が低いらしい。


 だが、ローランドから只者とは思えない気迫を感じ、大剣を取りに行った。


「おいおい、大剣がなきゃ攻撃できねえのかよ。ビビってんのか?」


「ビビってねえよ! 【重斬撃ヘビースラッシュ】」


 グラッジの大振りの振り下ろしから放たれた斬撃だが、ローランドは体を半身にして避け、そのままグラッジと距離を詰めると大きく跳躍した。


「これが本物の蹴りだ。しっかり味わえ」


「あ゛?」


「【隕石蹴メテオキック】」


「がぺっ!?」


 ローランドが放ったのは、大きく跳躍して落下エネルギーも蹴りの威力に加算したドロップキックだ。


 ローランドの体は大きく、スピードに乗った状態からの【隕石蹴メテオキック】はグラッジの顔面に命中し、グラッジの体を大きく後ろに吹き飛ばすには十分だった。


 ローランドの保有スキルは、<重剣術>と<格闘術>、<頑丈>である。


 まさに、戦うためだけのスキル構成と言えよう。


 ただし、このスキル構成には1つ注釈がある。


 それは、ローランドが先天的に会得していたのは<格闘術>の方だったということだ。


 <重剣術>を会得したのは、シスター・サテラに鍛えてもらっていた頃である。


 肉弾戦だけではシスター・サテラから一本取ることが難しかったので、死に物狂いで会得したのだ。


 つまり、元々ローランドが得意とするのは大剣を使った攻撃ではなく、肉弾戦だったということになる。


 ちなみに、ローランドの二つ名は金剛ダイヤモンドだったりする。


 その由来は、どんなに攻撃されても立ち上がる不屈の精神と鍛え抜かれた体、それによって放たれる拳や蹴りの凄まじさである。


 大剣は教皇になってから本格的に使うようになったので、言わばおまけだ。


 教皇の象徴としてのティルフィングだって、普段はほとんど使わない。


 普段使っている別の大剣にしても、殴る蹴るの戦いと野蛮に見えるとヘレンに指摘されて自制のために使っているだけだ。


 勿論、呪武器カースウエポンたるティルフィングを使わないと倒せないアンデッドもいるので、大剣も十分使えるからそれで問題ないのだが。


 そんなローランドにとって、一方的に蹴られたのは我慢ならなかったらしく、グラッジの顔面に【隕石蹴メテオキック】が決まってスッとした表情だった。


 そして、ローランドは仰向けで倒れているグラッジの両足を掴むと、ジャイアントスイングをやってのけた。


「ハハッ、どうした? こんなもんかよ、おい」


「貴族・・・」


 肉弾戦になった方が強いローランドに対し、グラッジは悪態をつくことすらままならなかった。


 そんなグラッジを見て、ローランドは今畳みかけずしていつやると行動に移った。


「【踏槌スタンプ】【踏槌スタンプ】【踏槌スタンプ】」


 倒れているグラッジの上に、ローランドが容赦なくジャンプして踏みつけるのを繰り返すと、グラッジの骨が折れる音が技の数だけ鳴った。


 骨が折れれば動きが鈍るのは当然で、グラッジは起き上がろうとしてもなかなか起き上がれなかった。


 そんなグラッジに対し、ローランドは地面に落ちていたティルフィングを拾い、グラッジの首を目掛けて振り下ろした。


「【重斬撃ヘビースラッシュ】」


「憎い・・・」


 首を切断された瞬間、恨みの言葉を遺してグラッジの体は消滅した。


《ローランドはLv75になりました》


「おぉ、久し振りのレベルアップじゃねえか」


 ヘルの声が聞こえ、ローランドは自分がグラッジに勝利してレベルアップしたことを知った。


 それから、ローランドは周囲に敵影がないことを確認するとその場に座り込んだ。


「ふぅ、グラッジのソロは流石にキツいものがあるぜ。体の骨があちこち折れてんな、畜生」


 グラッジの前では強がっていたが、ローランドはかなり重症だった。


 少し休み、を回収すると、ローランドは怠い体に鞭を打って蜥蜴車リザードカーまで戻り、それを東門へと走らせた。

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