第80話 OK。接敵するまで黙ってろ

 時間の頃合いを見て昼食を済ませた後、ライト達はアンデッド捜索を再開した。


 午前中は、空を飛ぶアンデッドとの遭遇の方が少なかったが、午後になってスモッグやらスカルバードのような空を飛ぶアンデッドとの遭遇が増えて来た。


「【斬撃スラッシュ】」


「【輝斬撃シャイニングスラッシュ】」


 ザックとアルバスの斬撃が、急降下中のスカルバードに命中した。


「単純」


「ザック、俺のことを単純だって言ってるんだよな? そうなんだな?」


「アルバス、ザックはどうやったら単純になれるか訊いてるんだよ」


「どっちもどっちじゃねえか!」


 ライトが通訳するが、アルバスにとっては自分の解釈でもライトの通訳でも自分が単純扱いされていることに変わりはない。


 怒りたくなるのも仕方のないことだろう。


「まあまあ。羨ましく思ってるだけで、アルバスを馬鹿にしてるつもりはないんだよ。ザック、そうだよね?」


「諾」


「ザック・・・、もうちょいちゃんと喋ってくれよ。頼むから、マジで」


「善処」


「うん、それは絶対やらないやつ」


 ザックとの話を強制的に切り上げ、アルバスは溜息をついた。


 そこに、アリサの声が響いた。


「前方から援軍! ロッテンフロッグ3体!」


「ヌメヌメは嫌~。【種爆弾シードボム】」


 ライト達の前に大きな花が咲くと、その花の中瓶部から種が前方に向かって射出された。


 その種がロッテンフロッグの着地の瞬間に命中し、腐っているロッテンフロッグの体が爆発の衝撃で飛び散った。


 ロッテンフロッグは、体が腐った大きな蛙の見た目をしているが、腐っているだけでなく表面をヌメヌメした粘液でコーティングしている。


 それにどうしても触りたくなかったようで、ロゼッタは過激な技を使ってでも自分達に近づけないようにしたらしい。


「【範囲浄化エリアクリーン】」


 ロゼッタだけで、ロッテンフロッグ3体を倒してしまったので、ライトはその場に散った肉片による汚れ等の後始末を済ませた。


 周囲に敵影がないことを確認してから、ライト達は辺りに散らばった魔石を回収した。


「午後はアンデッドが多いね」


「確かにな」


「多い」


「なんで急に増えたんだろうね?」


「アンジェラさ~ん、なんで~?」


 ロゼッタは考えても原因がわからなかったので、自分よりも賢く人生経験の豊富なアンジェラに質問した。


 ライト達も降参だったので、アンジェラの方を向いた。


「おそらくですが、ホルン山の上の方から強いアンデッドがこちらに向かって来てるのでしょう。それから逃げ出したアンデッド達と、私達は遭遇してるのだと思います。若様、瘴気の濃度はいかがですか?」


「言われてみれば、こっちに濃い瘴気の塊がゆっくりだけど向かって来てる」


「若様がそう感じるなら、私の推論はほぼ間違いないでしょう。さて、皆さん。自分達よりも強いアンデッドがいた時、どうすれば良いかわかりますね?」


「逃げる」


「撤退」


「逃げます」


「逃げる~」


 アルバス達は、全員が逃げることだと判断した。


 それは、間違いではない。


 しかし、この場では一般的ではない者が2人いる。


「アンジェラ、僕と2人で戦った場合はどう? 勝てるかな?」


「若様と私が組めば、大抵の強者でも屠れる自信があります」


 ライトの質問に対し、アンジェラはあっさりと答えた。


「そっか。じゃあ、倒しちゃおう」


「よろしいのですか? ここは、パーティーリーダーとしてパーティーメンバーの安全を最優先にするのが良いと愚考しますが」


「みんなには、僕の【聖半球ホーリードーム】の中にいてもらうよ。ついでに、【聖付与ホーリーエンチャント】も付けとけば、雑魚モブじゃ手が出せないから安全だよ」


「なるほど。それであれば、拠点に戻らせるよりも安全ですね。しかし、どうしてそこまで強者と戦おうとするのですか?」


「そりゃ、戦って倒せないなら引き返すけど、アンジェラは倒せるって言ったでしょ? だったら、倒せるチャンスを逃して余計な被害が発生するリスクを潰しておきたい」


「・・・承知しました。では、皆様、申し訳ございませんが、ここで待機して下さい。丁度連戦でしたから、休憩だと思って下さって結構です」


「「「「は(~)い」」」」


 正直、自分達がついて行けないことを情けなく思う気持ちはあるが、それでも今行けば足手纏いになる自覚があったので、アルバス達はおとなしくアンジェラの指示に従った。


 それから、ライトが4人に対して【聖付与ホーリーエンチャント】を発動した後、ある程度の広さで【聖半球ホーリードーム】を展開した。


 アルバス達の安全を確保した後、ライトとアンジェラは濃い瘴気がある場所へと進んでいった。


 アンジェラはライトに合わせて走ったが、ライトが思ったよりも速く走れるようになっていたので驚いた。


「若様、随分足が速くなりましたね」


「まあね。デスナイトやヴェータラ、ボールクラッカーと戦ってレベルアップしたからね」


 レベルアップにより、10歳のライトがそこまで足が速くなるものだろうかと疑問に思い、アンジェラはライトに訊ねてみた。


「若様のAGIは今、いくつですか? 私、結構走ってるつもりなんですが」


「前に見た時は2,400だったかな」


「・・・私と100しか違わないじゃないですか。レベルはいくつでしょうか?」


「35だよ」


「あぁ、まったく私の若様はどこまで規格外なんでしょうか」


「僕はアンジェラのものじゃないぞ?」


「失礼しました。私が若様の所有物でした」


「OK。接敵するまで黙ってろ」


「ありがとうございます!」


 こんな時でも、アンジェラはやはりアンジェラだった。


 ライトからの冷たい眼差しを受けようとも、それがむしろご褒美ですと言わんばかりに礼を言うのだから業が深い。


 そこに、上の方から逃げて来たらしきファントムが5体、ライトとアンジェラに向かってやって来た。


 ファントムとは、白い霊体のアンデッドで、物理攻撃は一切効かず、生者に幻覚を見せて弱らせる性質を持つ。


「邪魔! 【範囲昇天エリアターンアンデッド】」


 パァァァッ。


 ライトはアンジェラに相談することなく、あっさりとファントム5体を倒してみせた。


《ライトはLv36になりました》


 (やっとレベルアップか。長かったな)


 ボールクラッカーを倒して以降、ライトのレベルは全く上がらなかったので、随分久し振りに感じられた。


 普段の実技の授業では、雑魚中の雑魚に分類されるアンデッドとしか戦えない。


 このブートキャンプでも、パーティーをアルバス達と組んでいるため、ただでさえ少ない経験値が均等に分配されて全然レベルアップしなかったのだ。


 それでも、塵も積もれば山となるとらしく、ようやくライトはレベルアップした。


 魔石を早々に集めて上を目指すと、今度はゾンビの群れが山の斜面を駆け下りて来た。


 アンジェラにかかれば雑魚に等しいが、今は少しでも下山させないように急いでいるため、最も時間がかからない選択をした。


「若様、お願いします!」


「了解! 【範囲昇天エリアターンアンデッド】」


 パァァァッ。


 ライト、大活躍である。


 腐臭を纏うゾンビの群れを近づけることなく、あっさりと倒すのだから<法術>は強力である。


「【範囲浄化エリアクリーン】」


 周囲の空気と散らばった魔石を浄化すると、ライトとアンジェラは魔石の回収を急いだ。


「倒した魔石を自動で回収するスキルってないかな?」


「そんなピンポイントで役立つスキルは聞いたことがありません。私の<不可視手インビジブルハンド>をもってしても、手を動かすのに私の意思が必要ですから」


「そうだよね。うん、言ってみただけ」


 面倒な手順は簡略化したいと思うのは、人間ならば誰しも思うものだろう。


 例えそれが厳しくとも、口にしてしまうことは仕方のないことだし、口にするだけならタダなのだ。


 むしろ、そんな手段があったらラッキーと思ってすらいるので、言わないであったのに知らなかったなんてことにならないようにするのは重要なことである。


 魔石の回収を終え、更にホルン山を登っていくと、瘴気が目に見えて濃くなってきた。


「アンジェラ、そろそろ接敵するかな?」


「そうですね。そろそろだと思います」


「そっか。【聖付与ホーリーエンチャント】」


「ありがとうございます。若様のお力を借りられただけでも百人力です」


「大袈裟だよ」


「そうでもありませんよ。私、自分で言うのもどうかと思いますが、大抵の方は足手纏いにしかならないので、若様と戦えるのは助かります。安心して背中を預けられますから」


「やれやれ。このメイドは主を期待で押し潰す気かな?」


「何をおっしゃいますか。それはさておき、若様、おいでになったようですよ」


 アンジェラがそう言うと、ライトは濃い瘴気を撒き散らす元凶を視界に捕捉した。

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