ブートキャンプ編

第73話 絶望した。我が家の恥部を晒さなきゃいけない未来に絶望した

 8月に入り、ライトは少し落ち込んでいた。


 何故なら、教会学校には夏休みがないと授業のスケジュールを確認して改めて思い知ったからである。


 ヘルハイル教皇国の制度しか知らない者にとっては、長期休暇が年末年始と春休みしかない学校生活に違和感を抱くことはないだろう。


 しかし、ライトには転生前の日本人としての記憶がある。


 それゆえ、夏休みがないという事実はライトにとって落ち込む理由になり得た。


 だが、ちょっと待ってほしい。


 ライトが前世で死んだのは、社会人の社畜だった頃だ。


 つまり、元々大した休みなんてない生活だった。


 そう考えてみれば、年末年始だけではなく、春休みまである教会学校の生活だって悪くないのではないだろうか。


 日本の学生としての生活を基準にするから、休みが少ないと感じてしまう訳であって、社畜暮らしをしていた頃と比べれば十分な休みがあると言えよう。


 それはさておき、8月1週目の木曜日、今日の実技の授業はG1-1内の模擬戦だった。


 正午が近づき、連絡事項の伝達が済めば昼休みという段階で、シスター・マリアはG1-1の生徒達に声をかけた。


「はい、そこまでです。こちらを注目して下さい」


 1対1の模擬戦を止め、ライト達はシスター・マリアの方を向いた。


 ライトからの視線を感じると、シスター・マリアは不自然だと思われないように視線を逸らした。


 どうも、授業参観の後にアンジェラによる肉体言語O・HA・NA・SHIがあったせいで、触らぬライトに祟りなしという判断になったらしい。


 ライトに関われば、自分の性格上ライトに不快感を与えてしまうとわかっているので、ライトと距離を取っているのだ。


「さて、このクラスは遠征見学の際、プロの守護者ガーディアンが戦うようなアンデッドと遭遇したことで、実技の授業でも近場のアンデッドと戦うようになりました。しかし、それだけでは今後の遠征見学で自分の身を守る力が身につきません。それゆえ、来週の木金土の3日間で二泊三日のブートキャンプを行います」


 シスター・マリアの口から、ブートキャンプという言葉を聞き、ライトの脳裏に黒人のタンクトップを着た隊長が終わった後にグローリーと叫ぶビデオを思い出した。


 もちろん、そんなものをアンデッドが蔓延るニブルヘイムでやるはずがない。


 ライトはともかくとして、他のG1-1の生徒にとってブートキャンプという言葉は聞きなれない単語だった。


 だから、アズライトがすぐに手を挙げた。


「シスター・マリア、質問よろしいでしょうか?」


「はい、ウォーロック君」


「ブートキャンプとはなんですか?」


「良い質問ですね。これは、私から校長に提案して採用された行事なので、今年が初めてです。私と協力者が引率し、皆さんをそこそこの強さのアンデッドの集団を相手にしても倒せるよう泊まり込みで鍛え上げます」


「協力者って誰ですか?」


偏執狂モノマニアアンジェラ=ヴィゾフニルです」


 (アンジェラ・・・だと・・・)


 シスター・マリアがアンジェラのフルネームを口にしたことで、ライトは驚きを隠せなかった。


 何故ブートキャンプにアンジェラが協力するのか、さっぱり理由がわからなかったからだ。


 アンジェラが参加する理由を知りたくなって、ライトも手を挙げた。


「ダーイン君、質問ですか?」


「はい。何故アンジェラがブートキャンプに参加するのでしょうか?」


「私がオルトリンデパーティーの面倒を見る間、ダーインパーティーの面倒を見る者がいないからです。皆さんのご家族宛てに、ブートキャンプ開催の手紙をお送りした所、アンジェラから二流、三流の守護者ガーディアンを雇ったら覚えとけと連絡脅迫がありました。だったら、アンジェラがやれば良いと言ったら、任せろとのことでした」


「・・・そうですか」


「実力は申し分ないですし、アンジェラがいればダーインパーティーも鍛えられるでしょう。なので、アンジェラの参加について校長に許可を求めたところ、ぜひ協力してもらえと言われました」


 校長までGOサインを出していると知れば、ライトもここで断ることはできなかった。


 アンジェラが暴走しないように、ブートキャンプの二泊三日は警戒しなければならなくなり、ライトは現時点で憂鬱になって来た。


 アンジェラがブートキャンプの引率になった理由だが、ライトに二流、三流の守護者ガーディアンの教育を受けさせないこと以外にもある。


 まず、アンジェラがライトと会いたかった。


 これが、どの理由よりも多くの割合を占めているのは間違いない。


 次に、ライトの貞操を守るためだ。


 ライトはヒルダと婚約している。


 外泊することで、万が一ロゼッタやアリサがライトの寝込みを襲うなんてことがないようにするには、自分がべったりと張り付く必要がある。


 というよりも、それを建前としてライトと一緒に寝ることを目論んでいたりする。


 そして、ライトのパーティーメンバーを育ててライトの負担を減らすためだ。


 アルバスとザック、ロゼッタ、アリサを鍛え上げることで、ライトの安全性が増すならば、アンジェラが協力しないはずがないのである。


 勿論、ライトがこれらの理由を知らないので、ただ面倒事になりそうだという感想を抱くだけだった。


「さて、質問が出揃ったようなので、その他の連絡事項です。来週は火曜日と金曜日の授業が入れ替わります。では、実技の授業はこれまでです。解散して下さい」


 シスター・マリアはそれだけ言うと、グラウンドから職員室に向かって移動してしまった。


 ライトがどんよりした雰囲気を発していると、アルバスがライトの肩を叩いた。


「ライト、その、なんだ。どんまい」


「絶望した。我が家の恥部を晒さなきゃいけない未来に絶望した」


「お、おう・・・」


 かつて、ここまでライトがどんよりしたことがあっただろうか。


 そんなことを思いながら、アルバスはライトをどうにか食堂に連れて行った。


 食堂に到着し、それぞれが好きなものを頼み、空いているテーブルを見つけて椅子に座った。


「ライト、どんよりしてた割に食欲はあるんだな」


「いや、自棄食いだよ」


「も、もう決まっちまってるんだし、気持ちを切り替えようぜ?」


 切り替えろと言われ、どうにか気分を変えようと、ライトはアンジェラ以外のことを話すことにした。


「そうだね。じゃあ、この前ヒルダが気づいたんだけど、呪武器カースウエポンの取得条件ってなんだと思う?」


「おっ、良いね、そういうの。俺、そういうワクワクする話好きだぜ」


「同意」


 アルバスとザックは、男なら呪武器カースウエポンに憧れないはずがないという思考だったらしく、ライトの話題転換に乗っかった。


「私も気になる。鍛冶屋の娘として」


 アリサも興味があったらしい。


「う~ん、じゃあ私も考える~」


 その場に流されて、ロゼッタも呪武器カースウエポンの取得条件を考えることにした。


 しかし、アンデッドとの戦闘経験が不足しているアルバス達は、すぐに行き詰ってしまった。


「ライト、ヒントくれ」


「難問」


「情報が足りないよ」


「わかんな~い」


「ヒントねぇ。遠征見学の時に現れたヴェータラとボールクラッカーは、どんなアンデッドでどんな風に倒したって話したっけ?」


 ヴェータラ戦、ボールクラッカー戦について、アルバス達は1年生で唯一参戦したライトに後日詰め寄って話を聞いた。


 その内容を思い出せば、呪武器カースウエポンの取得条件を導き出せるかもしれないと判断し、ライトはそう言ってみた。


 すると、アルバスが早速思いついた。


「どっちもLv30超えだ」


「1つはそれだね」


「マジか。ライト、残りの条件はいくつだ?」


「今のところ2つかな。まだ、ヴェータラとボールクラッカー、それとこのペインロザリオをドロップしたデスナイトに当て嵌まる条件ってだけだし」


 それだけ聞くと、ザックが閃いた。


「珍種」


「正解。見つかる数が少ないアンデッドってのも、取得条件の1つだと思う」


「あと1つ~」


「なんだろう、何が足りないんだろう?」


 アリサとロゼッタは、最後の条件は自分が当てようと必死に考えている。


 考え込むこと3分、アリサが口を開いた。


「ライト君が倒した」


「僕が倒したのも事実だけど、そこじゃないかな」


「わかった~! ライ君がアンデッドを封殺したことだ~!」


「正解。多分、僕に限った話じゃないだろうけど、アンデッドに思い通りに戦わせず、フラストレーションを溜めさせた状態で倒すのが最後の条件だよ。まあ、あくまで仮説だけどね」


 こんな話をしている間に、ライトはアンジェラがブートキャンプの引率でやって来ることで抱いていた憂鬱な気持ちを解消していた。

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