第74話 フリですね、わかります

 8月2週目の木曜日の早朝、G1-1全員+アンジェラが教会学校前に集合していた。


「では、アンジェラ、ダーイン班を頼みます」


「任せなさい。若様とそのご学友の安全は、私が保証しましょう」


 言葉少なに別れを告げ、ライトのパーティーとエルザのパーティーを乗せた蜥蜴車リザードカーは別々の場所を目指して走り始めた。


 アンジェラ率いるライトのパーティーは、エルザのパーティーが遠征見学で行ったドゥリンガル山脈へと向かう。


 シスター・マリア率いるエルザのパーティーは、生徒会がデスナイトを倒したカルマ大墳墓へと向かう。


 ブートキャンプ開催地は、それぞれのパーティーが行ったことのない場所に設定された。


 これは、以前行ったことがある場所に行くことで、ライト達が油断しないようにするためだ。


 つまり、初心忘るべからずということである。


 ドゥリンガル山脈に向かう蜥蜴車リザードカーの御者台には、御者のアンジェラの隣にライトが座っている。


 これは、アンジェラがライトに御者としての技能を身に着けてもらうための措置だ。


 決して、ライトと二人きりになれる時間を作る口実ではない。


 嘘である。


 御者の技能を教えるついでに、二人きりの個別レクチャーの時間を堪能する気満々だ。


「若様、私の膝の間にお座り下さい。一緒にやってみましょう」


「僕がアンジェラの膝の間に座る必要ある?」


「何をおっしゃいますか。隣にいては、若様が操縦できなくなった時にこの蜥蜴車リザードカーが最悪転倒します。そうならないようにするためには、私も手綱を一緒に握る必要があるのです」


「そのセリフ、鼻の下を伸ばさずに言えたら信じたんだけどなぁ」


 下心しか感じられない表情を浮かべながら、自分が手綱を握るのは保険だと言われても、ライトは頷くに頷けなかった。


 それもそのはずで、変態ショタコンの膝の間に座るなんて、今のライトにとっては自ら地雷原に裸で突入するようなものだからだ。


 しかし、御者の技能を身に着けたい気持ちもあるため、ライトは悩ましく思った。


 御者として蜥蜴車リザードカーを運転できるようになることは、遠征しない方が少ない守護者ガーディアンにとっては求められている。


 そう考えると、鼻の下を伸ばす変態アンジェラの膝の内側に座ることさえ我慢すれば、御者の技能を身に着ける良い機会であることは間違いない。


 結局、ライトは渋々アンジェラの膝の内側に座り、アンジェラと一緒に手綱を握ることにした。


「ねえ、アンジェラ。わざと?」


「あててんのよ、です。『メイドと主のいけない恋愛』という本で読みましたので、試しております」


「おいコラ変態。僕のいない間になんてもん読んでるんだ」


「あぁ、若様に蔑まれるのも久し振りですねぇ。下着を換えないといけなくなるまで秒読みです」


「絶対にやめてくれよ。フリじゃないからな? 密着してるからって変なことすんなよ?」


「フリですね、わかります」


「わかってないから。何一つわかってないから」


 自分に都合の良い解釈をするアンジェラに対し、ライトは静かにイライラを募らせていた。


 愛情表現というか、仕えるライトに対しての忠義を示す方法が間違っているが、ライトはどうにか我慢した。


 自分が不在の間、ダーインクラブの治療院の管理を任せていたので、それに対する褒美だと割り切ることにしたのである。


「ところで、このブートキャンプでは何をするつもりなの?」


「若様のご学友の方々には、若様の足を引っ張らない程度に強くなってもらいます」


「・・・無茶なことはしないよね?」


「私は若様が無事でいられるようにするためならば、どんなことでもやり抜く所存です」


 (あっ、これ駄目なやつだ)


 自分の経験上、アンジェラのブレーキが利かなくなった時は、効果があるのは間違いないがただひたすらにキツいことを知っているので、ライトは心の中でアルバス達に合掌した。


「じゃあ、僕は何をやるの?」


「若様には、私のように後天的にスキルを会得していただきます」


「ついに、<剣術>を会得できる?」


 攻撃に役立つスキルは会得していなかったため、ライトはついに攻撃系スキルを会得できるかもしれないと声のトーンが明るくなった。


「どうでしょうか。若様が会得できるスキルを、私が持ってるとは限りません。若様は私のステータス、<鑑定>で確認したことありますか?」


「あるけど阻害された。<隠蔽>とか<偽装>とか持ってるんでしょ?」


「その通りです。本来であれば、謎のある女という魅了を持ったままでいたかったのですが、若様には全てを捧げた身ですし、そろそろ情報を解禁しましょう。<鑑定>をお使い下さい。その間は、私が蜥蜴車リザードカーの操縦をしますから」


「アンジェラに謎があっても魅力とは思ってないけど、とりあえず操縦よろしく」


 今までの間、ライトは気になっても知り得なかったアンジェラのステータスを覗く許可を貰えた。


 だから、すぐに<鑑定>を発動した。



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名前:アンジェラ=ヴィゾフニル 種族:人間

年齢:28 性別:女 Lv:60

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HP:1,500/1,500

MP:2,000/2,000

STR:3,000

VIT:3,000(+500)

DEX:3,000

AGI:3,500

INT:2,200

LUK:1,500

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称号:賢者専属メイド

   戦場の覇者

   ネームドスレイヤー

   筋金入りの変態

二つ名:偏執狂モノマニア

職業:暗殺者アサシン

スキル:<超回復><偽装><呪反射>

    <器用貧乏><不可視手インビジブルハンド

装備:スーパーメイド服

   仕込みナイフ×30

   仕込みトンファー

備考:満足

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 (どうしよう、ツッコミどころしかないんだけど)


 ライト、ツッコミの処理が追い付かず。


 まず、Lv60という値が異常だ。


 パーシーやエリザベスよりもレベルが高い。


 次に称号だが、どれもサラッと流せないものばかりである。


 ”賢者専属メイド”というのは、自他ともに認めるライト専属メイドであるからわからなくもないが、それが称号になっていることにライトは驚きを隠せなかった。


 ”戦場の覇者”だが、何度も戦場を埋め尽くすアンデッドを1人で殲滅すると会得できる。


 ということは、アンジェラがダーイン公爵家に仕える前に、それを成し遂げたということに他ならない。


 それに加え、”ネームドスレイヤー”も当然会得していた。


 自分よりもステータスの能力値が低くとも、勝つことができない理由はここにあったとライトは悟った。


 ”筋金入りの変態”であることは、とっくの昔に知っていることだったが、まさかステータスにすら反映するとは思っていなかったので、別の意味で驚かされた。


 そして、アンジェラの職業はまさかの暗殺者アサシンだった。


 悪人や犯罪者以外を殺すと、称号欄に”咎人とがびと”の文字が記載されるため、少なくとも善良な人間は殺していないだろう。


 ただ、暗殺者アサシンらしいと言えるのは、ぱっと見が手ぶらだというのに、ステータスにはナイフとトンファーを仕込んでいることだ。


 スーパーメイド服というネーミングセンスは気になるが、普通のメイド服にVITを500も上昇させる効果はないので名前に違わぬ性能だ。


 最後にスキルだが、ライトの予想通り<偽装>はあった。


 だが、それ以外については<超回復>を除いて初めて見るスキルばかりだった。


 <呪反射>は、毒や麻痺毒、睡眠薬を直接受けると効いてしまうが、アンデッドの呪いや瘴気による状態異常を無効化して反射する。


 <器用貧乏>は、DEXの数値によってはスキルの会得まではいかないが、限りなくそれに近い技術を模倣できる。


 ただし、どのスキルもあくまで模倣なので、同等の実力の持ち主がスキルを持っていれば勝つことは限りなく難しいし、そもそも技術の会得に時間とセンスを要する。


 <不可視手インビジブルハンド>は、使用者にしか見えない手をMPが持つ限り操作できる。


 ただし、強度は使用者のINTに依存するため、INTの数値が低いと簡単に消し飛ばされてしまう。


 ライトがアンジェラのステータスを見終えた頃になると、アンジェラが話しかけた。


「もし可能ならば、若様には<器用貧乏>を会得してもらいたいところですね」


「ということは、DEXを高めるのが僕のやることかな?」


「その通りです。精神的負荷をかけた状態で細かい作業をすることになりますから、覚悟して下さいね」


「お手柔らかに頼む」


 この世界は人類にとって優しくない。


 それに、ライトはユグドラシルを守り切れなかったら、ダーインスレイヴへの誓約違反で命を落とすことになっている。


 だから、そうならないように<器用貧乏>を会得して強くなろうと覚悟を決めた。

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