第59話 デメリットをポジティブに捉えた・・・だと・・・

 ボールクラッカーから噴き出す赤いオーラは<狂化バーサーク>の発動に間違いなかった。


 自分の恨みを晴らす障害となったライトを殺すため、ボールクラッカーは自ら狂うことも厭わなかった。


 先程は弾かれていただけの<呪爪カースネイル>が【聖半球ホーリードーム】を弾かれつつも確実に削られ始めた。


「させないよ! 【輝拳乱打シャイニングラッシュ】」


「ライトに手を出さないでよ! 【輝狼爪シャイニングクロー】」


「邪魔だぁぁぁぁぁっ!」


 放置するには鬱陶しくなったのか、ボールクラッカーは紫色に変色した腕でイルミとヒルダを振り払った。


「ぐっ!?」


「きゃっ!?」


 <毒触ポイズンタッチ>を発動した状態でのボールクラッカーの攻撃なのだから、それに触れてしまったイルミとヒルダは毒状態になった。


 だが、その痛みはすぐに消えることになる。


 何故ならばいつでも回復できるようにライトが控えているのだから。


「【範囲治癒エリアキュア】【範囲回復エリアヒール】」


「ありがとう、ライト!」


「助かったわ、ライト!」


 抜群の反応支援により、状態異常からの復活とHPが回復してイルミとヒルダは再び戦闘に戻った。


 そうしないと、今の回復でヘイトを上乗せしてしまったライトが集中攻撃を受けてしまうからだ。


「こっちを見ろ! 【聖拳ホーリーフィスト】」


「ひぃっ!?」


 イルミの渾身の一撃を受け、ボールクラッカーが恐慌状態になってバランスが崩れた。


 ヴェータライトの効果がこのタイミングで発揮されたのだ。


 その隙を逃すヒルダではない。


「そこ! 【聖十字刃ホーリークロスブレード】」


「がぁぁぁっ!」


 ヒルダからの攻撃を背中に受け、ボールクラッカーはその場に俯せになるように倒れた。


「イルミ姉ちゃん、ヒルダ、捕縛するから追撃よろしく! 【聖戒ホーリープリセプト】」


 ライトが技名を唱えると、光の鎖がボールクラッカーの足元から出現して両腕両脚を動かせないように地面に縛り付けた。


「潰れろ! 【聖拳ホーリーフィスト】」


 ボールクラッカーに馬乗りになるようにジャンプし、着地と同時にイルミがその後頭部に向かって光り輝く拳を振り下ろした。


 その衝撃が強かったせいで脳が揺らされてしまい、ボールクラッカーは沈黙したまま動かなくなった。


 イルミがそこから退くと、今度はヒルダの番である。


「食い散らかしてあげる! 【輝狼噛シャイニングバイト】」


 輝く剣先をボールクラッカーに向けると、ヒルダは刺突を連続で飛ばした。


 それらの刺突がボールクラッカーの頭部に噛みつくような狼の顔を形成して命中した。


 (これぐらい弱れば後は僕が対処できるね)


「イルミ姉ちゃん、ヒルダ、後は僕がやる! 【昇天ターンアンデッド】」


「男は、嫌・・・」


 パァァァッ。


 ボールクラッカーは昇天させられるギリギリのタイミングで<狂化バーサーク>が解けたらしい。


 最後まで男に対する嫌悪感を口にしながら、ボールクラッカーはライトの技によって消滅した。


 ボールクラッカーがドロップして現れたのは浄化された魔石だった。


《ライトはLv31になりました》


《ライトはLv32になりました》


《ライトはLv33になりました》


《ライトはLv34になりました》


《ライトはLv35になりました》


《ライトの称号に”ネームドスレイヤー”が加わりました》


 ボールクラッカーを倒した証拠に、ライトの耳には自分のレベルアップと新たな称号の獲得を告げるヘルの声が届いた。


「ライトォォォォォッ!」


「【範囲浄化エリアクリーン】」


 【聖半球ホーリードーム】を解除したライトにイルミが抱き着こうとするものだから、とりあえずその場の全員の体に付着した瘴気や汚れを落とした。


 そして、ライトは技が発動し終わるのと同時にイルミに力いっぱい抱き締められた。


「お姉ちゃん達やったよ! ”ネームドスレイヤー”になったよ!」


「・・・わかってるから落ち着こうか」


 馬鹿力で抱き着かれてしまえば、ライトの全身が現在進行形でミシミシと悲鳴を立てている。


 イルミを落ち着かせていると、ライトはヒルダがこの状態を止めに入らないのが珍しいと思い、ヒルダの方を向いた。


 すると、ヒルダの握る剣が赤く染まっており、ヒルダはそれをじっと見ていた。


 イルミをどうにか引き剥がすと、ライトはヒルダに近づきながらヒルダの剣に<鑑定>を発動した。


 (やっぱり呪武器カースウエポンになってる。エクスキューショナーか。怖い名前だね)


 ヒルダが手にした赤い剣はエクスキューショナーという呪武器カースウエポンだった。


 昨晩、見張りをしていた時にヒルダと話していた呪武器カースウエポン出現の条件を満たしていたため、ライトはヒルダの仮説が正しいのだろうと判断した。


 ボールクラッカーのレベルは40であり、最低条件のLv30を超えている。


 ゾンビであれば数が少なくはないが、ボールクラッカーはゾンビの亜種であり、少数派であることは間違いない。


 そして、ライトが参戦したことでライトとアルバス、ザックを殺すというボールクラッカーの狙いを完全に打ち砕いた。


 その結果、無銘だったヒルダの剣がエクスキューショナーに変化したのである。


 鑑定結果によると、このエクスキューショナーもまたクセのある呪武器カースウエポンだった。


「その剣、エクスキューショナーって言うんだって」


「そうなんだ。なんとなくだけど、この剣がライト以外を斬れって囁いてる気がするの」


「ヒルダ、気持ちを強く持って。エクスキューショナーはSTRの数値が1.5倍になる代わりに自分が執着するものへの独占欲が強まって、使用者の精神が不安定になると殺人衝動を引き起こすんだ」


「私が執着するもの? じゃあ、ライトはずっと一緒にいてくれるんだよね? 私を不安定にさせないんだもんね?」


「デメリットをポジティブに捉えた・・・だと・・・」


 まさか、ヒルダがエクスキューショナーのデメリットを利用し、ライトと一緒にいる時間を長くするとは予想外だった。


 危険な呪武器カースウエポンであり、ダーインスレイヴのようにヒルダの専用武器にはなっていないのだから、手放すという選択肢はあった。


 それにもかかわらず、手放す考えを一瞬で放棄して自分の都合の良いように呪武器カースウエポンを利用するあたり、ヒルダにはエクスキューショナーの使い手になれる素質があると言えよう。


「ライト~、ギュッとして~」


「あっ、はい」


 言外にそうしないと不安定になるとアピールされれば、ライトはヒルダの言う通りに動くしかない。


 まだ救いがあるのはライトとヒルダが婚約関係にあることだ。


 これがもし、ヒルダがライトを一方的に好きでストーカーだったとしたら、世にも恐ろしいヤンデレストーカーの誕生待ったなしである。


 ライトに抱き締めてもらってヒルダがおとなしくなってから、イルミは教会学校に戻ることを宣言した。


 時間は昼前になっており、今からセイントジョーカーに戻れば定刻よりも少し早いぐらいの時間で帰還できるからだ。


 そもそも、ローランド率いる守護者ガーディアン達の大規模遠征での取りこぼしが月見の塔に2体もいた時点で異常なのだ。


 ライトがいなかったら下手をすれば全滅していた訳で、普通に考えたら呪武器カースウエポンが遠征見学で2つも手に入る方がおかしい。


 月見の塔の外に出て昼食を取ってから、ライト達はセイントジョーカーに向かって蜥蜴車ランドリザードを走らせた。


 エクスキューショナーのデメリットもあるので、1年生の蜥蜴車ランドリザードの御者はヒルダが担当して当然御者台にはライトも座った。


 幸い、帰路に問題と言える問題は起こらず、ライト達は夕方になってからセイントジョーカーの教会学校に帰還した。


 教会学校ではシスター・エクシアとシスター・マリアがライト達を待っていた。


 無事に帰って来たライト達を見て、2人はホッとした様子だった。


 しかし、そんな空気をぶち壊したのがイルミである。


「シスター・エクシア見て! ヴェータライト! 私の呪武器カースウエポンだよ! ヴェータラを倒したら手に入ったの!」


「・・・(パタッ)」


「・・・ダーインさん、シスター・エクシアを気絶させるような発言は控えて下さい」


「アハハ、ごめんなさい」


 イルミが齎した情報を受け止め切れず、シスター・エクシアが無言で気絶するのを見て、シスター・マリアは頭が痛いと言わんばかりに額に手をやった。


「それで、ヴェータラを倒したのはダーインさん、ドゥラスロールさん、ダーイン君の3人でですか?」


「うん。それは昨日のことで、今日はボールクラッカーってゾンビ亜種のネームドアンデッドを倒したよ。そうしたら、ヒルダもエクスキューショナーって呪武器カースウエポンを手に入れたの」


「・・・いけませんね。胃薬の時間です」


「シスター・マリア、薬に逃げるのは良くありませんよ?」


 医者としての判断から、ライトは現実逃避しようとしたシスター・マリアを引き留めた。


 その後、シスター・マリアはシスター・エクシアが気絶してしまったせいで、自分1人でライト達の濃密な体験談を聞く羽目になった。


 シスター・マリアが眉間に皴を寄せたのを見て、ライトが内心ざまあみろと思ったのは秘密である。

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